全 情 報

ID番号 07766
事件名 給料請求事件
いわゆる事件名 JR西日本(広島支社)事件第一審判決
争点
事案概要  JR西日本Yの従業員Xら二名が、Yでは労基法三二条の二に基づく一カ月単位の変形労働時間制が採用され、就業規則には毎月二五日までに翌月の勤務指定を行うとするほか、業務上の必要がある場合は指定した勤務を変更するとの規定が置かれていたところ、右就業規則の規定に基づき、乗務員の事故予防のための現場訓練への参加や年次休暇取得などによる乗務員の欠員を理由に、いったん地上勤務に指定されていた勤務を乗務員勤務への勤務変更が命じられるとともに、勤務変更後の勤務時間のうち変更前の勤務時間を超過する部分についても、勤務変更後も週当たりの労働時間が四〇時間以内であれば賃金を支給しなくてよいとして、割増賃金が支払われなかったことから、一旦特定された労働時間は変更が認められず、勤務変更後の変更前の勤務時間を超過する部分は時間外労働であるとして、割増賃金の支払を請求したケースで、公共性を有する事業を目的とする一定の事業場においては、勤務指定前に予見することが不可能なやむを得ない事由が発生した場合につき、使用者が勤務指定を行った後もこれを変更しうるとする変更条項を定め、これを使用者の裁量に一定程度委ねたとしても、当該就業規則等の定めが法の要求する「特定」の要件を充たさないものとして無効ということはできないとしたうえで、本件就業規則は、勤務変更が予測可能な程度に変更事由を具体的に定めていないことから、特定の要件を満たさず無効であるとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法32条の2
労働基準法37条
体系項目 労働時間(民事) / 変形労働時間 / 一カ月以内の変形労働時間
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
裁判年月日 2001年5月30日
裁判所名 広島地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 1339 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 タイムズ1071号180頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働時間-変形労働時間-一カ月以内の変形労働時間〕
 変形労働時間制とは、当該事業場における事業の性質から、連続操業や長時間勤務のための交替制労働を行う等、労基法三二条の定める法定労働時間とは異なる労働時間の不均等配分を行う必要のある場合に対応すべく、法が、総労働時間を一定期間にわたって平均して、同条の規制に適合するよう所定労働時間を設定することを認めた制度である。
 そして、被告の採用する同条三二条の二に基づく一か月単位の変形労働時間制においては、一方で当該事業の性質からくる労働力の不均等配分の必要性を充たすとともに、他方でこれにより規則正しい日常生活が乱されて健康を害したり、余暇時間や私生活の設計を困難にさせたりする労働者の生活上の不利益を最小限にとどめるよう配慮すべく、各勤務日の勤務時間については変形期間開始前にあらかじめ「特定」することで、労使の両利益のバランスを図ることを要求しているのである。
 イ そこで、上記のような、同条に基づく一か月単位の変形労働時間制がその要件として労働時間の「特定」を要求した趣旨に鑑みると、同条の「特定」の要件を満たすためには、労働者の労働時間を早期に明らかにし、勤務の不均等配分が労働者の生活にいかなる影響を及ぼすかを明示して、労働者が労働時間外における生活設計をたてられるように配慮することが必要不可欠であり、そのためには、各日及び週における労働時間をできる限り具体的に特定することが必要であると解するのが相当である。
 そして、変形期間を平均して、一週間当たりの労働時間が同法三二条の定める一週四〇時間の法定労働時間を超えないことという同法三二条の二の要件からは、他の日及び週の労働時間をどれだけ減らして超過時間分を吸収するかを示す必要があるため、法定労働時間を超過する勤務時間のみならず、変形期間内の各日及び週の所定労働時間を全て特定する必要があり、さらに、常時一〇人以上を使用する事業場においては、始業・終業時刻を就業規則において定めることを義務づけられていることから(同法八九条一号)、結局、かかる事業場においては、就業規則において変形期間内の毎労働日の労働時間を、始業時刻、終業時刻とともに定めなければならないと解するのが相当である。〔中略〕
 他方で、交通機関の運営等の公共性を有する事業を目的とする一定の事業場においては、当該事業がその利用者の生活に重大な影響を与えるため、災害や事故の発生等の緊急事態、労働者の年休取得や病欠等による要員不足等により、事業の運営が滞りかねない事態が発生した場合には、これらの事態に迅速に対応して事業を円滑に遂行すべく、労働者に対しあらかじめ指定した勤務を変更して勤務させる必要性が非常に高いといえるから、利用者への悪影響を最小限にとどめるために職務上やむを得ない事情が存する場合には、労働者が勤務変更に応じざるを得ない事態が想定しうる。
 エ この点、同法には、同法三二条の二に基づく一か月単位の変形労働時間制における勤務変更についての規定が一切存在しないが、同条が「特定」を要するとした趣旨及び一定の事業場における高度な勤務変更の必要性に照らすと、同法が一か月単位の変形労働時間制について勤務変更の許否に関する定めを置いていないのは、使用者が任意に勤務変更をなすことが許されないとの意味を有するに止まり、勤務指定前には予見することが不可能であったやむを得ない事由の発生した場合についてまで、勤務変更を可能とする規定を就業規則等で定めることを一切禁じた趣旨に出たものとまではいえないと解すべきである。
 オ したがって、公共性を有する事業を目的とする一定の事業場においては、同条に基づく一か月単位の変形労働時間制に関して、勤務指定前に予見することが不可能なやむを得ない事由が発生した場合につき、使用者が勤務指定を行った後もこれを変更しうるとする変更条項を就業規則等で定め、これを使用者の裁量に一定程度まで委ねたとしても、直ちに当該就業規則等の定めが同条の要求する「特定」の要件を充たさないとして違法となるものではないと解するのが相当である。
 カ ただし、勤務変更が、勤務時間の延長、休養時間の短縮及びそれに伴う生活設計の変更等により労働者の生活利益に対して少なからぬ影響を与えることが多いのは確かであるから、使用者は、勤務変更をなし得る旨の変更条項を就業規則で定めるに際し、同条が「特定」を要求した趣旨を没却せぬよう、当該変更規定において、勤務変更が勤務指定前に予見できなかった業務の必要上やむを得ない事由に基づく場合のみに限定して認められる例外的措置であることを明示すべきであり、のみならず、労働者の生活利益に対する十分な配慮の必要性からすれば、労働者から見てどのような場合に勤務変更が行われるかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めることが必要であるというべきであって、使用者が任意に勤務変更しうると解釈しうるような条項では、同条の要求する「特定」の要件を充たさないものとして無効であるというべきである。〔中略〕
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 本件においては、勤務変更前の勤務指定により「特定」された勤務時間が「正規の勤務時間」(被告賃金規程一一四条一項)となり、勤務変更によって変更前の勤務時間より変更後の勤務時間が長くなった部分については「正規の勤務時間外」(同項)の時間外労働に該当し、超過勤務手当の支給対象となる。
 この点、変形労働時間制の下では、一週四〇時間又は一日八時間を超えた所定労働時間が定められた週又は日については、その所定時間を超えた労働時間のみが時間外労働の時間となり、他方、一週四〇時間又は一日八時間以下の所定労働時間が定められた週又は日については、法定労働時間である一週四〇時間又は一日八時間を超えて労働時間が延長されてはじめて時間外労働が生じるが、一週又は一日当たりの労働時間延長がそれら法定労働時間の枠内であっても、単位期間の法定労働時間の総枠を超えるときは、超えた労働時間は時間外労働となるものと解される(昭和六三年基発一号)。そして、被告は、同規則五九条二項が「勤務の指定にあたっては、一箇月間の労働時間が次表の労働時間数を超えない範囲内とする。」とした上で、次表として週四〇時間の労働時間を一か月の日数で計算し直した時間を労働時間数として規定していることから、この時間内の勤務指定である限り時間外労働とはならないと主張する。
 しかしながら、勤務時間の「特定」後に無効な勤務変更に基づいて勤務した勤務時間が、「特定」された勤務時間を超過した時間の労働について、被告賃金規程一一四条一項の「正規の勤務時間外」の勤務に該当することは明らかであるから、労基法三二条二との関係では一週又は一日の法定労働時間以内であるため本来は時間外労働にあたらない労働であっても、「特定」された勤務時間外の勤務である以上は、被告賃金規程一一四条一項により、超過勤務手当の支給対象となるというべきである。