全 情 報

ID番号 07771
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 江戸川会計事務所事件
争点 奨励金を受給するために便宜上作成した就業規則の効力、退職金請求権を放棄する合意の有無、賞与請求権の有無が争われた事案。
事案概要 (1) 会計事務所Yの経理を48年にわたり一手に引き受けていた経理担当Xは、Yの二代目から横領したとの嫌疑を掛けられ、両者で話し合った結果、Xは平成10年12月末日で依願退職することとなったことから、Xは、ⅰ)自分の退職金、ⅱ)Yに雇われていて平成9年3月に死亡した夫の退職金の相続分、ⅲ)12月分給与と賞与などを支払うよう求めたが、Yは、ⅰ)高年齢者多数雇用給付金の支給要件を満たすため退職金規程を含む就業規則を届け出ていたに過ぎず法的な効力がない、ⅱ)夫の退職金の相続分は、横領分と相殺することで合意しているとして支払わなかったことから、Xはその支払いなどを求めて提訴したもの。
(2) 東京地裁は、就業規則が便宜的なものとして作成されたものであっても、また、実際にはこの規則とは異なる方法で算出されていても、退職金に関する定めが無効であるとはいえず、また、自らの退職金や夫の退職金を放棄する旨の合意があったとしても、労基法24①により、全額払いすべきものであり、損害賠償権と対当額で相殺することは許されないとした。さらに、毎年7月と12月に賞与の名目で現金を受け取っていたとしても、支給基準もなく、金額もその時々によって異なっていたことから任意的恩恵的給付であって、支給基準はYの裁量によることから、賞与請求権を認めなかった。  
参照法条 労働基準法89条本文
労働基準法89条1項3号の2
労働基準法93条
民法96条1項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事) / 就業規則と労働契約
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 賃金債権の放棄
賃金(民事) / 退職金 / 死亡退職金賃金
(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 賞与請求権
裁判年月日 2001年6月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 13112 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例816号75頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則と労働契約〕
 本件就業規則等は、Yが外部の法人から高年齢者多数雇用奨励金の給付を受ける目的で作成したものであることが認められるが、どのような動機から本件就業規則等を作成したものであっても、Yが自らの意思で、Yとその所員との間の労働契約関係に関するものであるとしてこれを作成し、労働基準監督署に対して提出したものである以上は、それがYの全所員との関係で全く法律的な意味を有しない形式上だけのものであることが明確にされ、かつ、実際にこれに基づく労働条件の実施がされていないといった特段の事情が認められない限り、その内容はYとその所員との間の労働契約の内容として効力を有するものと認められる。なお、証拠(〈証拠略〉、X本人尋問の結果)によれば、本件就業規則等の存在についてはX、K及びCといったYの従業員において認識していたことが認められるから、このことに照らしてもYの他の従業員においても認識し、あるいは知ろうと思えば知り得たものであることが推認できる。〔中略〕
〔就業規則-就業規則と労働契約〕
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 本件就業規則等が何らの効力を有しない形式だけのもので、Yと所員との間の労働契約の内容とはならないとの認識が、Xら所員との関係において明確であったとまでは認められず、それが労働契約の内容とはならない無効のものであることをXにおいて認識していたものであるということも認めるに足りないのであって、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。確かに、証拠(〈証拠略〉)によれば、Yは、本件就業規則等が作成された後に退職した所員に対し、これに基づく退職金の支給をしておらず、Y代表者との間で本件就業規則等から算出しうる退職金額とは異なる具体的な合意をして退職金の支給をしていることが認められるが、こうした取り扱いがされていたことから直ちにYの所員との関係で本件就業規則等の退職金に関する定めが何らの法律的な効力を有しないもので、そのことをYの所員において認識していたものであるとは認められない。そうすると、結局、退職金に関する実際の取り扱いが本件就業規則等に定める内容と食い違ったからといって、そのことから直ちにその退職金に関して定める部分が無効であるということもできない。
 以上のとおりであるから、結局、本件就業規則等はXとの関係で法律的な効力を有するものと言わざるを得ないもので、本件就業規則等においてはYの所員に対する退職金の支給条件が明確に規定されているのであるから、YはXに対してそれに基づく退職金の支払義務を負担するものと認められる。〔中略〕
〔賃金-賃金の支払い原則-賃金債権の放棄〕
 Y代表者は、これらの合理的な資料に基づく裏付けのないY及びAにおけるXの支出金合計約660万円は、Xが横領したものであると考えるようになり、その責任をとってXを退職させるとともに、YのKに対する死亡退職金460万5000円をXのY及びAに対する横領による損害に充てさせることで、その支払請求権を放棄させようと考えた。〔中略〕
〔賃金-賃金の支払い原則-賃金債権の放棄〕
〔賃金-退職金-死亡退職金〕
 こうした状況の中で、結局、Xは、Y代表者に対し、同人による刑事告訴や懲戒解雇処分を避けるために、やむなく、〔1〕Xは平成10年12月末日をもってYを依願退職すること(Xを懲戒解雇処分としない。)、〔2〕Yが支払うべきKの死亡退職金460万5000円について、その支払を請求しないこと、〔3〕Y及びAは、Xに対し、損害賠償請求をしないこと、で合意した。〔中略〕
 (二) 以上の認定事実関係によれば、XとY代表者との間で、本件退職金不払合意のうち、YがXらKの相続人に対して支払うべき同人の死亡退職金460万5000円について、これを支給しないとの合意がされたことが認められる。〔中略〕
 Yは、XがY及びAの現金を横領した旨を主張するが、仮にXがYに対して何らかの事由に基づいて損害賠償義務を負ったとしても、XがYに対して有する退職金債権は労働基準法24条1項本文の規定により原則としてYにおいて全額払いをすべきものと認められるから、Yの一方的意思表示によりこれら債務とXに対して有する損害賠償債権とを対当額で相殺することは許されないものである。〔中略〕
 Xが、Yに対し、Xが請求しうるべきKの死亡退職金を放棄することを内容とする合意をする意思表示は、Y代表者の強迫行為に基づくものと言わざるを得ないものであり、Xは、本件訴訟における平成12年6月26日付け準備書面に基づいて同意思表示を取り消す旨の意思表示をし、同意思表示は遅くとも同月27日の第7回弁論準備手続においてYに到達したことは本件訴訟記録上明らかであると認められるから、結局、Xは、Yに対し、Kの死亡退職金の支払を求める権利を失わないものと言うべきである。
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
3 争点(三)(賞与の支払義務)について
Yの給与規定第3条(〈証拠略〉)には、給与として「賞与」名目で臨時賃金を支払う場合があることを規定しているが、その支給基準についての定めはなく、また、証拠(〈証拠略〉及びX本人尋問の結果)によれば、XらYの所員は、Yから賞与の名目で毎年7月及び12月の2回にわたって現金を受け取っていたが、金額はそのときどきによって異なっており、Yの業績によって金額が決定されていたことが認められる。そうすると、Yがその所員に対して支給していた賞与は、Yによる任意的恩恵的給付としてされていたものと言うべきであるから、結局のところ、Xは、Yから平成10年12月に受け取るべき賞与の支給を受けていなかったとしても、同月にXに対して支給されるはずの賞与額を適宜に定めて、その金額を賞与として請求することはできないと言わざるを得ない。