全 情 報

ID番号 07782
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 月島サマリア病院事件
争点
事案概要  Yが経営する病院で看護婦として勤務していたX(A病院に看護婦として雇用され勤務していたが、YがAの経営権を承継したことに伴い従業員の地位もそのまま引継がれた)は、自己都合によりYを退職し、それに先立って、同病院で透析治療を受けつつ、コック職及び検査室での書類整理等に従事していたXの夫BがYから解雇されていたところ(解雇された後退職金の支払を受けないまま死亡)、約二年程前に競争病院の進出等による経営状況悪化のなかで改正された新しい給与規程(退職金の算定基礎となる基本給が一〇〇%から八〇%に減額されるとともに、勤続年数ごとの支給比率も削減された。なお、退職金制度はYが経営承継後にはじめて導入された)に基づいて退職金が支払われることになったが、Xの退職金の額は変更前の約五三%になることから、XがYに対し、新就業規則は合理性がないとして変更前の就業規則に基づいて計算した退職金からXが受け取った退職一時金の差額及び夫Bの退職金のうちXの相続分の支払を請求したケース(そのほか、退職金算定における勤続年数は経営承継前に病院に雇用された日か本件就業規則の施行日かどうか、Bは給与規定で退職金支給対象除外となっている嘱託、パート、臨時雇用に該当するかどうか等が争われている)で、本件就業規則の不利益変更は、不利益が大きいが代償措置を講じた事実が認められず、また変更時の経営状態は倒産の危機に瀕しているとまではいえないことなどから合理性を有するものであったとはいえないとして、Xの退職金の分につき請求が一部認容された事例(勤続年数は経営承継前に病院に雇用された日とされ、Bの退職金については、支給対象除外に該当するとして請求が棄却されている)。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法93条
労働基準法89条1項3号の2
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 退職金
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 2001年7月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 5375 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例816号63頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 イ 昭和58年12月12日本件就業規則が施行される前、本件病院において、本件退職年金規程以外には、退職金支給に関する規程等は存在しなかったから、同日以前の勤続期間を通算して退職金額を算出するというのであれば、本件就業規則においてその旨の特段の規定がされているなどの事情が必要が(ママ)あるというべきである。原告は、本件就業規則附則3項(「この規則施行前に採用された者については、この規則によって採用されたものとみなす。」)がこれに当たる旨主張するが、この文言からは、同項が一義的に、同日より前の勤続期間を通算する旨定めたものであると認めることは困難であるといわざるを得ない。
 一方、前記認定のとおり、被告は、昭和58年4月5日から本件病院の経営を承継し、原告を雇用していたのであるから、被告の主張によれば、本件就業規則を制定するに当たり、退職金額算定に関し、この約8か月間の勤続期間は一切考慮されないこととされたということになる。しかし、このような事態は、当事者、殊に労働者側の合理的な意思に反するものであるといわざるを得ない。本件就業規則附則3項も、被告が経営を承継した後の勤続期間について通算するという趣旨の限りでは、そのように解釈することが可能である。
 したがって、原告の本件勤続年数の始期は、少なくとも昭和58年4月5日までさかのぼることができると解するのが相当である。
 ウ 次に、原告の本件勤続年数の始期について昭和58年4月5日より前にさかのぼることが可能かについて検討するに、経営者が交代した以上、退職金額の算定に係る勤続期間が引き継がれる旨の特段の規定等がない限り、従業員としての地位が引き継がれたことのみをもって、旧経営者当時の期間がこれに含まれると解することはできない。本件就業規則附則3項がそのような特段の規定に当たるとまでいえないことは、前記のとおりである。
 しかし、被告が昭和58年4月5日より前の期間を勤続年数として通算して退職金額を算定していたことが認められれば、被告が、経営承継以前の勤続期間をも退職金額の算定に当たり通算するとの認識にあったことが推認され、このような場合は、前記特段の規定の存在する場合と同視できるということができる。〔中略〕
 C及びDの勤続年数に係る前記認定によれば、前記のとおり、被告が、経営承継以前の勤続期間をも退職金額の算定に当たり通算するとの認識にあったことが推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
 よって、原告の本件勤続年数の始期について、昭和54年8月6日であると認めるのが相当である。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 本件就業規則の変更後の退職金算定方法によれば、変更前のそれに比べ、退職金額が一律に20パーセント減じられることになる上、支給比率についてもおおむね削減されている。上記のとおり原告について算出してみれば、変更後の退職金額は変更前のそれの約53パーセントとなる。
 以上からして、本件就業規則の変更は、原告ら従業員にとって不利益であり、その不利益性が相当程度大きいことは明らかである。〔中略〕
 一般に、就業規則の作成及び変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解されるが、前記のとおり、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。ここでいう当該条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金という労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
 本件においても、退職金の減少という不利益を原告らに受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるかどうかを検討する必要がある。そして、この合理性の判断要素として本件においてあらわれている事情としては、本件就業規則の変更による不利益性の程度のほか、被告の経営状態等、代償措置の有無、従業員の側の対応が挙げられる。〔中略〕
 前記(イ)ないし(エ)の事情に、前記イを総合すれば、本件就業規則の変更については、その不利益性は相当程度大きいところ、被告がこれに対する代償措置を講じた事実が認められず、かつ、従業員の対応等によって変更の合理性が基礎付けられるものではないと解される下で、本件就業規則の変更当時の被告の経営状態が、必ずしも芳しくなかったとはいえ、倒産の危機に瀕しているとまではいえないのであって、他に本件就業規則の変更の効力が原告に及ぶことを根拠付ける主張、立証のない本件においては、(ア)の説示に照らし、この変更が合理的なものであると解することはできないものといわざるを得ない。
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 被告は、(1)平成8年に原告が賃上げ等を要求して退職届を出すなど被告に対する背信的な行為をしたこと、(2)原告が退職直前に事務引継ぎをせずに突然一方的に出勤しなくなったことを挙げて、本件給与規程32条1項に基づき、原告に係る退職金を減額する旨主張する。
 しかし、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、(1)については、結局被告が原告の要求を受け入れ、原告を慰留したため、原告は退職するに至らなかったこと、(2)については、被告は出勤しなくなった後の原告との間の法律関係を明確化する特段の措置を講じず、かえって、原告の本件企業年金保険契約に係る支払について、被告が原告の退職日を平成11年4月15日とする請求書を大同生命に対して提出していることが認められる。このことと、退職金減額の意思表示は、原告が被告を退職した平成11年4月15日から2年余経過した平成13年5月11日付け被告準備書面において初めて明確にされたのであって、被告が(1)及び(2)の事情を真実退職金減額の事由ととらえているかについて疑問の余地なしとしないことを併せ考えると、本件給与規程32条1項に基づき被告に退職金減額について裁量権が認められていると解するとしても、被告がその裁量権を行使することについて相当の理由があるとまで認めるには至らないというほかはない。
 被告の前記主張は採用できず、原告に係る退職金の減額は許されないというべきである。