全 情 報

ID番号 07784
事件名 労働契約上の地位保全仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 ネスレ日本(論旨解雇・仮処分)事件
争点
事案概要  世界最大の食品メーカーネスレの日本法人である株式会社Yの従業員で、労働組合支部に所属する組合員であったX1及びX2が、平成五年一〇月にX1らによる課長代理Aに対する暴行事件、平成六年にX2によるAへの暴行傷害事件が発生し、その後平成一一年末には両事件とも不起訴処分となっていたにもかかわらず、平成一三年四月に、Xらが就業規則所定の懲戒解雇事由該当行為を繰り返したことを理由に、退職届の提出の勧告及び未提出の場合には懲戒解雇する旨の意思表示がなされたところ、Xらは退職届を提出しなかったことにより、懲戒解雇とされたため、本件諭旨解雇処分は当該処分のなされた時期に照らし、証拠が散逸し労働者側が不利益を被る恐れが生じた後になされたものであり、信義則違反、権利濫用により無効であると主張して、労働契約上の地位保全及び賃金の仮払を申立たケースで、Xらには就業規則所定の懲戒解雇事由が一応認められるとしたうえで、暴行傷害事件の発生から約七年半が経過した上、当該不起訴処分をYが知った時期から更に一年以上を経過した後にあえて、Xらに対し、従業員としての地位の喪失と同時に退職金の全部又は一部を支給しないとする本件懲戒解雇処分をすることは、懲戒処分の目的と事案に応じた社会通念上相当な期間を経過した後にされたもので、これに合理的な理由があるとはいえず、その懲戒権行使の時期についての裁量の範囲を越えるものとして社会通念上相当として是認することができず、その懲戒処分の適否を検討するまでもなく、権利を濫用するもので無効であるとして、賃金仮払の申立ての一部が認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 2001年7月23日
裁判所名 水戸地龍ケ崎支
裁判形式 決定
事件番号 平成13年 (ヨ) 14 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例813号32頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 使用者が就業規則に懲戒規定を設けるのは、企業秩序に違反した従業員に一種の制裁罰を科することにより広く企業秩序を維持確保するためであるから、使用者が、懲戒事由に該当する行為をして企業秩序に違反した従業員に対し、懲戒処分をするか否かについては、使用者の自由な裁量に委ねられているといえる。
 ところで、使用者が懲戒処分をする時期については、使用者としては、懲戒処分をするについては、懲戒事由該当行為の事実の確認、裏付け証拠の収集確保、当該行為が企業秩序に及ぼす侵害の内容と程度、従業員の反省の有無及び程度等の諸般の事情を総合して検討した上、懲戒処分の要否及び処分の種類の選択を判断して決定することになるから、その検討と判断決定のために事案に応じた相応の時間を要することになる一方で、懲戒処分の目的が企業秩序維持確保にあり、企業秩序に生じた侵害は時間の経過により事件についての関係者の印象や記憶も薄れて風化するなどして自然に回復していくことからすると、当該目的を実効あるものとするのにふさわしい時期においてすることが合理的といえ、特段の事情のない限り、懲戒事由該当行為が発生した後、企業秩序に生じた侵害が風化せずに残存し未だ企業秩序が回復したとはいえない時期にすることが必要ないし相当といえる。また、従業員としても、懲戒事由該当行為の後、相当な期間が経過をすると、その状況に応じた生活状況が築かれるとともに、懲戒処分がされないのではないかとの必ずしも不合理とはいえない期待も抱くようになるほか、関係証拠の散逸や証拠価値の劣化により反論や反証することが困難となる事態が生じたりもするから、相当な期間が経過した後に懲戒処分がされると、予期せぬ不利益を被る事態も生じかねず、殊に懲戒処分が解雇により従業員としての地位を喪失させるのと同時に退職金の全部又は一部を支給しないという重大な内容のものであるときは、当該不利益も重大なものとなりかねないのであって、このような事態を回避するために、懲戒処分は懲戒事由該当行為の後、長期間を経過しない相当な期間内にされる必要があるといえる。
 以上を総合すると、従業員に対して懲戒権を行使する時期についての使用者の裁量については自ずから限界があるというべきであり、使用者の懲戒権は、懲戒事由に該当する行為が生じた時期から、懲戒処分をする目的と事案に応じた社会通念上相当な期間内に行使されることが必要かつ相当であり、この期間を経過した後にされた懲戒処分は、これに合理的な理由がない限り、その裁量の範囲を越(ママ)えるものとして社会通念上相当として是認することはできず、権利を濫用するものとして無効になるというべきである。〔中略〕
 債務者において、前記のとおり本件各懲戒処分をするまでに約7年半の長期間を経過した事情の一つには、被害者であるAが同暴行傷害事件直後に所轄の警察署に被害届を提出するなどした刑事事件の帰趨を見守っていたことがあり、債権者両名がAに対する暴行行為自体を否認していた状況においては、捜査の進展状況を検討して相応の期間待つことも理由がないこととはいえず、捜査等において年月を経過したことについては債務者の責めに帰すべきものではない。しかし、債務者の就業規則には、暴行等を懲戒解雇事由として懲戒処分をするについて起訴有罪を要件としてはいない上、警察の捜査が進展しないことは債務者としてもAを通じて知っていたのであり、このような状況下において、前記のような長期間を経たことを首肯できる事情は見当たらず、また、債権者X1及びAは同暴行傷害事件について不起訴処分とされ(なお、債権者X2も平成6年2月10日発生のAに対する暴行事件について不起訴処分とされた。)、本件各懲戒処分は、これを債務者が知ったと見られる時期から更に1年以上を経過した後にされたのであって、このことについても首肯できる事情は見当たらない。
 以上を総合すると、主要な対象である暴行傷害事件の発生から約7年半が経過した上、債権者X1及びAが同事件について不起訴処分とされ、これを債務者が知った時期から更に1年以上を経過した後にもあえて、債務者において、債権者両名に対し、解雇により従業員としての地位を喪失させるのと同時に退職金の全部又は一部を支給しないという重大な結果をもたらす本件各懲戒処分をすることは、懲戒処分をする目的と事案に応じた社会通念上相当な期間を経過した後にされたもので、これに合理的な理由があるとはいえず、その懲戒権行使の時期についての裁量の範囲を越(ママ)えるものとして社会通念上相当として是認することはできないから、その懲戒処分の選択の適否を検討するまでもなく、権利を濫用するものとして無効というべきである。