全 情 報

ID番号 07787
事件名 地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 日本大学(定年)事件
争点
事案概要  大学Yの法学部の専任教授Xが、Yの法学部職員に適用される就業規則では、教職員の定年年齢を六五歳と定められていたが、教員に限り、理事会の議を経て七〇歳まで延長することができる旨の規定があり、法学部では、少なくとも昭和五四年以降二〇年以上の間、専任教授本人が任意に退職を希望しない限り、教授会が定年延長の内申を行い、理事会はこれを尊重して、承認するという取扱いが反復継続していたところ(昭和五六年以降、理事会が法学部教授の内申を否決した例はなく、定年延長された九九名中七三名が満七〇歳で定年退職し、残りは平成一三年現在在籍している)、法学部教授会において、Xを含む七人の専任教授について定年延長が議決されたものの、理事会において、Xの定年延長を認めない旨の決定がなされたことから、当該決定は無効であるとして、大学Yの法学部教授である地位を仮に定めること及び賃金の仮払いを申立てたケースで、法学部と理事会の間では、専任教授の定年制について、本人が任意に退職を希望しない限り、満六五歳前に教授会が定年延長の内申を理事会に対して行い、理事会がこれを承認し、満七〇歳で定年退職となる取り扱いが事実たる慣習として労働契約の内容を構成し、法的拘束力を有していたと認めるのが相当であり、理事会の定年延長を否決する議決は解雇の意思表示に相当というべきであるところ、本件議決は、法学部教授としての適格性を有しているにもかかわらず、高度の経営上の必要性もないのに、理事会が法学部教授会の自主性を尊重することなく、Yの大学経営にXが批判的であること等を理由としてなされたものであるといわざるを得ず、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用により無効であるとして、賃金相当額の仮払についての申立てが一部認容された事例。
参照法条 民法92条
労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働慣行・労使慣行
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 2001年7月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成13年 (ヨ) 21038 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例818号46頁
審級関係
評釈論文 小西康之・ジュリスト1227号175~178頁2002年7月15日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働慣行・労使慣行〕
 労使間で慣例として行われている労働条件等に関する取扱いである労使慣行は、それが事実たる慣習として、労働契約の内容を構成するものとなっている場合に限り、就業規則に反するかどうかを問わず、法的拘束力を有するものというべきである。そして、労使慣行が事実たる慣習となっているというためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において、長期間反復継続して行われており、労使双方が明示的に当該慣行によることを排除、排斥しておらず、当該慣行が労使双方(特に使用者側においては、当該労働条件の内容を決定し得る権限を有する者あるいはその取扱いについて一定の裁量権を有する者)の規範意識に支えられていることを要すると解するのが相当である。
 イ 前記(1)イ及びウのとおり、法学部と理事会の間では、専任教授の定年制について、少なくとも昭和54年以降本件議決前まで20年以上の間、専任教授本人が任意に退職を希望しない限り、満65歳を迎える前に法学部教授会が定年延長の内申を理事会に対して行い、理事会がこれを承認し、満70歳で定年退職となるという取扱いが反復継続されてきた(昭和56年4月以降、理事会が法学部教授会の内申を否決した例はなく、定年延長を承認された99名中73名が満70歳で定年退職し、平成13年2月現在で26名が在籍している。)ことが認められる。そして、Aらは教授として採用される段階で、当時の法学部長らから満70歳が定年である趣旨の説明を受けていることが認められ、このような法学部の取扱いを理事会も明確に否定したことはなかった(債務者が定年制度の運用を検討していたことがあるとしても、これまでの取扱いを明確に否定したことは疎明されていない。)。そして、前記(1)オのとおり、債権者を含む法学部教授らは、任意に中途退職しない限り満70歳まで定年が延長されるということは慣例として確立し、承認手続は形式的なものであるという意識を有していたことが認められる一方、前記(1)ウのとおり、法学部長の採用予定者に対する説明については、法学部長も理事として理事会の構成員になっていることからすると、理事会としても法学部での教授の採用の実態を了知し、これを容認していたというべきであるし、前記(1)エ(イ)のとおり、理事会において、定年延長の承認がこれまで特に議論されることなく行われてきたこと及び定年延長の可否について理事会に権限があることについて明確に意識されてこなかったという認識が複数の理事から示されているし、また、前記(1)カのとおり、理事会において、債権者の定年延長を承認しないことは労働問題が起こるとの抵抗感や定年延長の慣例が文系学部に定着しているという認識が理事から示されたりしている(定年延長は本来は特例として扱うべきものではなかったかとの別の理事の意見も示されているが、これはむしろ特例として扱ってこなかったことを示すものである。)ことが認められるから、債務者にも、法学部を含む文系学部の専任教授の定年制について、専任教授本人が任意に退職を希望しない限り、満65歳を迎える前に教授会が定年延長の内申を理事会に対して行い、理事会がこれを承認し、満70歳で定年退職となるという取扱いに従うべきであるとの認識(規範意識)が存在していたと認めるのが相当である。〔中略〕
 法学部と理事会の間では、専任教授の定年制について、専任教授本人が任意に退職を希望しない限り、満65歳を迎える前に法学部教授会が定年延長の内申を理事会に対して行い、理事会がこれを承認し、満70歳で定年退職となるという取扱いが、事実たる慣習として、労働契約の内容を構成し、法的拘束力を有していたと認めるのが相当である。〔中略〕
〔解雇-解雇権の濫用〕
 法学部と理事会の間では、専任教授の定年制について、専任教授本人が任意に退職を希望しない限り、満65歳を迎える前に法学部教授会が定年延長の内申を理事会に対して行い、理事会がこれを承認し、満70歳で定年退職となるという取扱いが事実たる慣習となって労働契約の内容となっていたのであるから、理事会の定年延長を否決する議決は解雇の意思表示に相当するものというべきであるところ、定年延長を否決することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。