全 情 報

ID番号 07886
事件名 慰謝料請求事件(12081号)、反訴請求事件(16791号)
いわゆる事件名 電子メール・プライバシー事件
争点
事案概要  株式会社AのB事業場で営業部長Eの直属アシスタントをしていたX1は、当時のB事業部長であったYから、仕事や上司の話などに絡ませて飲食の誘いなどを内容とする電子メール(勧誘メール)が送られたため、Yを批判する内容の電子メールを夫であるX2に対して送信しようとしたが、操作を誤りY宛に送信してしまったところ(誤送信メール)、これを読んだYは、X1のメールの使用を監視し始め(社内において各社員のメールアドレスは公開されるとともにパスワードも各人の氏名がそのまま用いられておりアクセスが容易であった)、X1のパスワード変更により監視できなくなっても、社内のIT部にX1とその同僚CのメールをY宛に自動送信するよう依願し、この方法によりX1のメールを監視し続けていたところ、これら一連の行為のなかでYはX1・X2が自分をセクシュアル・ハラスメント行為で告発しようとしている動きなどを知り、勧誘メールは個人的な付き合いを意図したものでなく、誤送信メールも見なかったことにしたいと考えている旨のメールを送るなどの対応をとったところ(当時、B事業場でメールの私的使用の禁止等のガイドラインの周知、徹底、私的メールの閲覧の可能性等の社員への告知という事実はない)、〔1〕X1・X2がYに対し、許可なくX1とその同僚Cのメールを閲読した行為等が不法行為に該当するとして、損害賠償の支払を請求したのに対し、〔2〕YがX1・X2に対し、社内外の者にこれに関わる内容のメールを送信したこと等は名誉毀損に該当するとして損害賠償の支払を請求したケースで、〔1〕については、会社のサーバーを利用したメールでは保護されるプライバシーの範囲は私的電話の場合と比べて制限されるとしつつ、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較考量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが相当であるとしたうえで、Yによる監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、X1・X2が法的保護に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないというべきであるとして、請求が棄却、〔2〕についても請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 社員のプライバシー権
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働者の損害賠償義務
裁判年月日 2001年12月3日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 12081 
平成12年 (ワ) 16791 
裁判結果 棄却(12081号)、棄却(16791号)(確定)
出典 労働判例826号76頁/労経速報1814号3頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 永野仁美・ジュリスト1243号153~156頁2003年4月15日/砂押以久子・労働判例827号29~39頁2002年8月1日/小畑史子・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕46~47頁/真嶋理恵子・NBL734号6~7頁2002年4月1日/藤内和公・法律時報75巻5号100~103頁2003年5月
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 結局、本件において取り調べた全証拠によっても、原告X1が、被告からセクシャルハラスメント行為を受けて精神的な苦痛を感じていたという事実についての証明がないことに帰着するから、被告のセクシャルハラスメント行為を理由とする原告の請求には理由がない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-社員のプライバシー権〕
 A社では、会社の職務の遂行のため、従業員各人に電子メールのドメインネームとパスワードを割り当てており、このアドレスは社内で公開され、パスワードは各人の氏名をそのまま用いていたこと、実際に社内における従業員相互の連絡手段として電子メールシステムが多用され、必要な場合にはCC(カーボンコピー)と呼ばれる同時に複数の従業員に対して同一内容の電子メールを発信する方法なども用いられていたことが認められる。
 このような情況のもとで、従業員が社内ネットワークシステムを用いて電子メールを私的に使用する場合に期待し得るプライバシーの保護の範囲は、通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであり、職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、あるいは、責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合あるいは社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合など、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが相当である。〔中略〕
 これを前記の基準に照らして検討すると、被告の地位及び監視の必要性については、一応これを認めることができる。もっとも、本件においては、セクシャルハラスメント行為の疑惑を受けているのが被告本人であることから、事後の評価としては、被告による監視行為は必ずしも適当ではなく、第三者によるのが妥当であったとはいえよう。しかしながら、被告がB事業部の最高責任者であったことは確かであり、かつ、他に適当な者があったと認めるに足りる証拠もないから、被告による監視であることの一時(ママ)をもって社会通念上相当でないと断じることはできない。また、被告が当初、独自に自己の端末から原告X1及びCの電子メールを閲読したその方法は相当とはいえないが、3月6日以降は、担当部署に依頼して監視を続けており、全く個人的に監視行為を続けたわけでもない。
 これに対し、原告らによる社内ネットワークを用いた電子メールの私的使用の程度は、前記イの限度を超えているといわざるを得ず、被告による電子メールの監視という事態を招いたことについての原告X1側の責任、結果として監視された電子メールの内容及び既に判示した本件における全ての事実経過を総合考慮すると、被告による監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、原告らが法的保護(損害賠償)に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 そもそも、本件のような紛争になれば、会社内の相当程度の範囲に噂が広がるのは避けがたいことである。また、このような結果に対して名誉毀損の不法行為の成立を認めることは、一般論として、この種の問題(セクシャルハラスメント問題)の調査に対する過大な萎縮効果を招来するおそれがあるから慎重でなければならず、特に、セクシャルハラスメント行為を受けたと主張する者が、社内の同僚や、総務部の者に対してその旨を告げることが名誉毀損行為となるのは、明確な加害意図のもとに故意に虚偽の事実を捏造し、かつ、当該担当部署に通常の方法で申告するだけでなく、それ以外の不特定多数の者に広く了知されるような方法で殊更に告知されたような場合に限定されるべきである。
 (イ)本件においては、前記認定のとおり、原告らが、明確な加害意図のもとに故意に虚偽の事実を捏造したと認めるに足りる証拠はない。また、被告提出の(証拠略)を前提としても、原告らが、A社内において、ことさらな風説流布行為を行ったとまでは認められない。さらに、被告自身が、3月6日という早い時点から、C、D、さらには工場の従業員らに対してまで、忘年会での抱きつき行為を見たかどうかの聴き取りをしているところ、被告のこのような行為から社内に噂が広がることも十分考えられるから、原告らの行為によって会社の他の部署に広まったと断定することはできない。