全 情 報

ID番号 07899
事件名 労働契約上の地位確認等請求事件
いわゆる事件名 山宗事件
争点
事案概要  プラスチック素材の製造販売等を行う株式会社Y1に雇用され同事業を行う同じグループ内の会社であるY2の沼津営業所に出向して営業主任として勤務していたXが、営業成績不良を理由にY1の小牧配送センターへ転勤命令を受けたが、これを拒否したところ、本件転勤命令の拒否を理由に諭旨解雇する旨の通知を受け、指定期日までに退職願を提出しなかったために、Y1から解雇されたことから、Y1に対し、本件転勤命令は無効であり本件懲戒解雇は無効であるとして、Y2の沼津営業所に勤務する地位にあることの確認を請求するとともにY2に対して賃金、賞与の支払を請求したケースで、就業規則の規定からは、Y1は個別的同意なしにXの勤務場所を決定し、転勤を命じて労務の提供を求める権限及びXの職務を決定し、又は職務変更を命じて営業職以外の職種への従事を求める権限を有すると解するのが相当であるとしたうえで、営業不振の赤字部署である沼津営業所の業態改善を目的として、同営業所所属の従業員一名を移動させ、新規事業である小牧プラスチック切断工事専属とする転勤命令をすることは、Y1・Y2にとって、労働力の適正配置、業務の能率増進等企業の合理的運営に寄与するものといえ、本件転勤命令は業務上の必要に基づくなど合理的なものであり、同転勤命令が、他の不当な動機、目的をもってなされたと認めることはできず、又労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めることもできないとして、本件転勤命令は、転勤命令権の濫用と評価できず有効ではあるが、Xは、その発令状況から、転勤後の自らの地位、待遇に強い不安を抱くのも無理からぬ状態に置かれたうえ、Y1は、Xからの再三の説明要求にもかかわらず、同転勤命令につきむしろ専ら誤解を招く方法で説明したのであって(転勤後の処遇等は実際には大きな変動はないのに大幅ダウンになるなどと述べたり、配送センターでXが受け入れられない可能性があるなど述べたりしていた)、Xには同転勤命令を拒否してもやむを得ない事情があったとし、Y1が諭旨解雇したことはXにとって極めて苛酷、かつ不合理なものというべきであり、その諭旨解雇には理由がなく、同解雇の意思表示は、社会通念上相当なものとして是認できないことから、右諭旨解雇に従い一定期間内に退職届を提出しないことに基づいてなされた本件懲戒処分は解雇権の濫用として無効になると解するのが相当として、賃金請求については一部認容(将来分の賃金等の請求は却下されたほか各手当の請求の一部が棄却)、地位確認請求についてはY1との間で労働契約関係に基づく地位を有するとの範囲においてのみ理由があるとして請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条9号
民法1条3項
民法536条2項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 無効な解雇と賃金請求権
配転・出向・転籍・派遣 / 配転・出向・転籍・派遣と争訟
裁判年月日 2001年12月26日
裁判所名 静岡地沼津支
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 62 
裁判結果 一部認容、一部却下、一部棄却(確定)
出典 労働判例836号132頁
審級関係
評釈論文 神吉知郁子・ジュリスト1257号125~128頁2003年12月1日/福地絵子・季刊労働者の権利245号44~47頁2002年7月
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 前認定のとおり、〔1〕被告Y1会社の就業規則15条1項には、同被告は業務上の都合により従業員に転勤、職場変更を命ずることができる旨の定めがあり、現に3度にわたり原告が被告らの営業所間を転勤したことがあること、〔2〕両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を限定する旨の合意はなされなかったこと、〔3〕被告らにおける従業員の資格区分は、平成7年3月21日施行の就業規則で初めて規定されたものであり、原告については、労働契約成立当初から営業担当総合職としての職種特定の明示ないし黙示の合意が成立していたとまで認めることはできないこと、以上の事情の下においては、被告Y1会社は、個別的同意なしに原告の勤務場所を決定し、転勤を命じて労務の提供を求める権限及び原告の職務を決定し、または職種変更を命じて営業職以外の職種への従事を求める権限を有すると解するのが相当である。〔中略〕
 使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所、職種を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これも濫用することの許されないことはいうまでもない。しかし、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。しかも、上記の業務上の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化等企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。〔中略〕
 原告に対する本件転勤命令は、業務上の必要に応じてなされた合理的なものであると認めるのが相当であり、同転勤命令が、他の不当な動機、目的を持ってなされたと認めることはできないし、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めることもできない。したがって、本件転勤命令は、これをもって転勤命令権の濫用と評価することはできず、有効なものであるというべきである。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 本件転勤命令が、業務上の必要に応じた合理的なものであるとしても、原告は、その発令状況から、転勤後の自らの地位、待遇に強い不安を抱くのも無理からぬ状態におかれた上、被告Y1会社は、原告からの再三の説明要求にもかかわらず、同転勤命令の合理性につき真摯に説明を行わず、むしろ専ら誤解を招く方法で説明したのであって、同転勤命令を拒否してもやむを得ない事情にあったと評価し得る。したがって、被告Y1会社が、原告が同転勤命令に従わず、小牧配送センターに出勤しなかったことをもって、業務上の命令に違反したとして、就業規則79条〔5〕に基づく懲戒処分として、同規則78条〔5〕を選択、適用し、諭旨解雇としたことは原告にとってきわめて苛酷、かつ不合理なものというべきであり、その諭旨解雇には理由がなく、同解雇の意思表示は、社会通念上相当なものとして是認することはできない。
 よって、同諭旨解雇にしたがい一定期間内に退職届を提出しないことに基づいてされた本件懲戒解雇による解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になると解するのが相当である。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権の発生-無効な解雇と賃金請求権〕
 本件懲戒解雇は無効であるから、原告は、民法536条2項に基づき、上記(2)ア記載の基本給(各年度に応じたもの)及びイ記載の家族手当(中略)、前記1(4)記載の住宅手当(中略)、職能給(中略)の賃金請求権を有し、同各金員に対する各月の賃金支払期日(同各月25日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金請求権を有する。なお、原告は、上記各金員のほか、業務手当(中略)、皆勤手当(中略)に相当する金員の支払を求めているが、いずれも現実に業務に従事してはじめて請求権が発生するというべきであるから、その部分は失当である。〔中略〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転・出向・転籍・派遣と争訟〕
 上記認定のとおり、原告は、当初被告Y1会社に採用され、後に被告Y2会社に出向した者であるが、被告両会社が独立の法人格を有し、賃金等の支払が被告Y2会社からなされていたとしても、被告両会社間の労働条件に差異がなく、人的、資本的な結びつきが強い上、出向元である被告Y1会社が被告Y2会社への出向、出向後の勤務場所の指定、被告Y1会社への復帰の決定等の人事権を掌握していることが窺えるから、原告の平成4年8月の被告Y2会社への出向は、転籍ではなく、被告Y1会社内部の配置換えないし転勤命令と同一とみるのが相当である。すると、原告は、被告Y2会社への出向後においても、被告Y1会社との間で労働契約上の地位を有していると認められ、前説示のとおり、本件懲戒解雇が無効である以上、現在においても同様である。
 しかしながら、前説示のとおり、本件転勤命令は、業務上の必要に応じてなされた合理的な業務命令であるから、本件懲戒解雇が無効であるとしても、平成11年2月21日以降は被告Y1会社の小牧配送センターに勤務する地位にあったのであって、原職である被告Y2会社沼津営業所で勤務する地位にはないことが明らかである。
 よって、原告の地位確認請求は、被告Y1会社との間で労働契約関係に基づく地位を有するとの範囲においてのみ理由があり、その余は理由がない。