全 情 報

ID番号 07990
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 日本体健事件
争点
事案概要  スイミングスクールの経営等を目的とする会社Yに正社員として採用され水泳のインストラクターとして勤務していたXが、女性に抱きつき強制わいせつ容疑で現行犯逮捕されたことから、その間、休職とされたが、その後、被害者との間で示談が成立し不起訴処分とされて釈放され、Yには退職願を提出したが、Yの総務部長Aからは賞罰委員会で懲戒解雇が決定し、退職願はそのまま受け取れないが上申書を出せば再考の余地があるなど、退職金を辞退する旨を申し入れるようにとの趣旨の発言をされたことから、Yに対し上申書を提出し、再度自主退社を申し入れたところ、Aから退職金を辞退する旨の明確な文面に訂正した方がよい旨言われ、そのように文面を訂正してYに提出し、その後Yから退職を受理する旨の通知を受けとったが、Yに対し、退職に際し退職金を放棄する旨の書面を作成したが、それが仮に退職金請求権を放棄する意思表示に当たるとしても、それは〔1〕Yの欺罔・強迫に基づくもので取り消されるべきものであるか、〔2〕錯誤を原因とするもので無効であると主張して、退職金の支払を請求したケースで、〔1〕AらがXに対し本件退職金の放棄を促した行為が違法であるとはいえず、それによりXが本件退職金を放棄するか否かに関する自由な意思形成を妨げられたとはいえず、〔2〕Xは懲戒解雇されることを避けるため放棄の意思表示をしたのであって、その点について、Xには何らの錯誤はないというべきであり、放棄の意思表示が要素の錯誤に該当するというXの主張は理由がないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
労働基準法89条3号の2
民法95条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金債権の放棄
裁判年月日 2002年7月12日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 10651 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1822号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職金債権の放棄〕
 証拠(略)によれば、〔1〕原告の母は、原告に接見できた同月一四日に被告に赴き、A部長に対し、謝罪をするとともに再就職の障害にならないよう懲戒解雇処分でなく依願退職扱いにしてもらえるよう懇願したが、被告側の了承を得られなかったために、同月二〇日には、原告とともに被告を訪れ、被害者との間で示談が成立し、不起訴処分となったことを報告するとともに謝罪をし、再度依願退職にしてもらえるよう懇願したが、B社長から依然懲戒解雇処分とする意向が表明されたので、原告の母において、さらに退職金を放棄するので依願退職にしてもらいたい旨申し出ていること、〔2〕上申書の作成を示唆したA部長が、原告に対し、その文中に退職金を辞退する旨の文言を入れるよう促したのも、原告の母の前記申出を受けたものにすぎないし、同部長は、原告に対し、同時に、前記上申書には、原告が被告に対して今まで貢献してきた点など原告に有利な事情をも記載するように示唆していることからすれば、A部長が原告に対して上申書の提出を促したことに何らの違法な点は認められないこと、〔3〕A部長の前記示唆を受けた原告においては、本件非行の弁護人であった原告訴訟代理人に相談することが可能であったにもかかわらず、当時退職金の確保よりも再就職の障害となる懲戒解雇処分を受けないことを最優先に考えていたのと、新たに相談料等を負担したくなかったこともあって、原告訴訟代理人に相談することなく、前記示唆を受けた翌日である同月二二日に被告に対し本件放棄の意思表示を記載した上申書を提出していること、がいずれも認められる。
 エ 以上の事実によれば、A部長らが原告に対し本件退職金の放棄を促した行為が違法であるとはいえないし、それにより原告が本件退職金を放棄するか否かに関する自由な意思形成を妨げられたともいえない。〔中略〕
 原告の側においても、あくまでも、再就職の障害となる懲戒解雇を避けるために、被告から原告を懲戒解雇する意向を表明される前から同人の母が自発的に依願退職にしてもらうよう被告に懇願し、同月二〇日に被告から懲戒解雇にする意向が表明された際には、やはり原告の母において自発的に退職金放棄を申し出ているのであり、A部長がそれを受けて原告に対して上申書に退職金辞退の文言を入れるよう促すと、原告は原告訴訟代理人に相談することもなく本件放棄の意思表示を記載した上申書を被告に提出しているのである。
 そして証拠(略)によれば、原告から前記上申書が提出されたことを受けて、被告は同月二三日に第二回賞罰委員会を開催し、原告の反省が真摯なものであることを考慮して出勤停止処分とすることも考え得るとの答申を出し、それにより原告が依願退職することが可能となったため、前記第二の1(7)で述べたとおり、原告は希望どおり被告を依願退職することができ、そのため、被告を退職した理由を問題にされることなく、現在は再就職できていることが認められる。
 そうすると、原告は、被告から懲戒解雇されることを避けるために本件放棄の意思表示をしたのであって、その点について、原告には何らの錯誤はないというべきであるから、本件放棄の意思表示が要素の錯誤に該当するという原告の主張も理由がない。