全 情 報

ID番号 08001
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 全日本検数協会(賃金減額)事件
争点
事案概要  検数業務を業とする公益社団法人Yの神戸支部に勤務する従業員Xら(神戸支部組合の組合員)が、Yでは阪神淡路大震災等の影響を受けて経営が悪化していたところ、従前の労働協約の改定・破棄、就業規則の変更が繰り返し行われた後、一〇事業場の一つである神戸支部の従業員についてのみ基準内賃金を五〇%カットする(四一歳未満の者は三〇%)旨の就業規則の変更が行われ、これによりXらの賃金が減額されたことから(本件賃金カット)、Yに対し、賃金カット前の賃金額との差額賃金の支払を請求したケースで、本件賃金カットを定めた本件就業規則変更は、四一歳以上の神戸支部従業員であるXらのみに対して、専ら大きな不利益のみを与えるものといわざるを得ないうえ、その内容や十分な代償措置等(希望者をAに転籍させた上で、同社から神戸支部へ派遣させ、神戸支部の検数業務に従事させるという転籍斡旋制度の提案をしているが、賃金減額率は二〇~四〇%にとどまるが派遣社員として働くことになってしまう)がなされているかといったこと等を検討しても、その変更に同意しないXらに対し、その不利益を受忍させることを許容するに足りる高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは認められず、Xらには右就業規則の変更の効力を及ぼすことができないとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法89条2号
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2002年8月23日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 868 
平成14年 (ワ) 773 
裁判結果 一部認容、一部却下(確定)
出典 労働判例836号65頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3560号54~55頁2002年11月1日/羽柴修・季刊労働者の権利249号78~84頁2003年4月/増田正幸・労働法律旬報1546号11~14頁2003年2月25日
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。そして、上記にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。そして、上記の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。〔中略〕
 原告らは、いずれも41歳以上で、かつ、平均年齢は52歳であり、子女が高校生や大学生であったり、住宅ローンを抱えていることが予想される世代であるにもかかわらず、基準内賃金の50パーセントを3年間にもわたってカットされることになれば、早晩、家計に破綻をきたすことは明らかというべきであり、現に、原告らの月額賃金額は、本件賃金カットにより、最も多い者でも18万8160円にすぎず、最も少ない者では15万6300円にまで減少しており、原告らの中には、子女の学費の支払や住宅ローンの支払に窮したり、生命保険や財形貯蓄を解約して生活費を捻出したり、親と同居してその援助を受けてようやく生活している者もあることも、前記認定のとおりであり、原告らが本件賃金カットによって被る不利益はあまりに大きく、50パーセントの賃金カット率及び調整手当による港湾産別協定の最低賃金の確保が、原告らの生活実態を考慮した合理性を有するものとはにわかには認めがたい。また、神戸支部職員組合は本件賃金カットと同様のカット率について同意しているとの事実も、その不利益の大きさに照らすと、その合理性を裏付けるものとはにわかには認めがたい。
 しかも、神戸支部の赤字が突出しているのは事実としても、前記認定のとおり、その赤字の原因としては、阪神・淡路大震災という客観的外部的要因の影響が大きいことからすれば、それによる不利益を神戸支部の従業員のみに負担させるのは酷である。また、被告が、その経営改善策として、各支部毎の独立採算的運営を重視しているとはいっても、本来的には全国規模の単一の事業体であることからすれば、前記のような客観的外部的要因の影響が大きい神戸支部の赤字への対応については、被告を挙げての取り組みがむしろ必要と考えられ、他の支部においても相応の負担をするといった運営が考慮されて然るべきである。支部独立採算的運営による神戸支部独力による赤字の解消を図るために必要なカット率に緩和措置を行ったというだけで、50パーセントもの本件賃金カットを合理的であるとする被告の主張は、この点からもにわかに採用しがたい。〔中略〕
 本件賃金カットを定めた本件就業規則変更は、41歳以上の神戸支部従業員である原告らのみに対して、専ら大きな不利益のみを与えるものと言わざるを得ないうえ、その内容や十分な代償措置等がなされているかといったこと等を検討しても、その変更に同意しない原告らに対し、その不利益を法的に受忍させることを許容するに足りる高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは認められない。したがって、本件就業規則変更は、原告らにその効力を及ぼすことができないというべきである。