全 情 報

ID番号 08007
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 エスエイピー・ジャパン事件
争点
事案概要  Y1社でマーケティング本部長の地位にあったX1及びラインマネージャーの地位にあったX2が、X1らによる不正経理問題が発覚し、事情聴取が行われる前に、それぞれ退職届を提出し出社しなかったが、その後、Y1からX1らが水増請求等の不正な経理処理を行い、会社に損害を与えたとして、就業規則に基づき懲戒解雇されたことから、【1】Y1に対して右懲戒解雇の意思表示の無効確認、また退職届提出時点で有給休暇が未消化であり、退職月の賃金のうちの有給休暇に相当する部分が未払いであったとしてその未払賃金の支払を、またX2はY1から重大な背信行為があることを理由に退職金の支払を拒否されたことからその支払を、またY1及び同元代表取締役Y2に対し、【2】(〔1〕)Y1らはX1らについて不正な経理処理があったとして退職を認めない態度をとりまた雇用保険上の離職票等を交付しなかったこと、(〔2〕)Y2はミーティングでX1が不正行為を行った旨を公言し、(〔3〕)Y1は懲戒解雇通知日に従業員一一〇〇人全員にX1らを懲戒解雇した旨の社内メールを送信したことなどにつき、共同の不法行為による損害賠償の支払及び名誉信用失墜行為の差止め、謝罪広告を求めた(なおY1らは、後にX1らが請求を拡張したX1・X2両名の慰謝料の一部等につき変更要件がないとして却下を申し立てた)ケース。; 【1】本件において、X1らはいずれもY1を既に退職しており、X1ら・Y1間の雇用契約に基づく権利又は法律関係というものは本訴で請求されているものを除き基本的に終了しているから、X1らの懲戒解雇無効確認の訴えには確認の利益がなく不適法であるとして却下されたが、未払賃金請求については有給休暇取得の意思表示をしたことが認められるX2についてのみその請求の一部(平均賃金に基づく額のみ)が認容され、さらにX2の退職金請求についても未だ権利濫用となるとは認められないとして請求が一部認容され、【2】については、X1らがホテルの料金を水増請求し、預かり金を作出した行為は、Y1に多額の不必要な支出を生じさせ、取引先であるホテルの担当者に不適正な書類の発行等を求めることによりY1の信用を害するものであり懲戒解雇事由が存在するが、X1らはいずれも就業規則の規定によればY1を有効に退職しており、本件懲戒解雇の意思表示はいずれも無効であり、X1らが有効に退職したにもかかわらず退職手続を怠った右(〔1〕)の行為は違法であり、また(〔2〕)(〔3〕)についてもXらの不正行為につきY1幹部も預かり金の存在を認識しながら黙認していた可能性があることやIT業界では取引先に預かり金をつくっておくこと自体は珍しいことではないことから、X1らを懲戒解雇したうえで、それを広く社員に通知する必要はなかったのであり、これも違法であるとして、慰謝料請求の一部が認容されたが、名誉信用毀損行為の禁止及び謝罪広告に関する請求については棄却された事例。
参照法条 民法709条
労働基準法2章
労働基準法89条9号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒解雇・懲戒免職処分の意思表示の方法
裁判年月日 2002年9月3日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 12347 
裁判結果 一部認容、一部却下、一部棄却(控訴)
出典 労働判例839号32頁
審級関係
評釈論文 神吉知郁子・ジュリスト1260号251~254頁2004年1月1日
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 上記(ア)及び(イ)の行為は、被告会社に多額の不必要な支出をさせ((ウ)の行為は当初から被告会社の負担が半額で足りたものを、全額支出させたとは認められないから直ちに被告会社に不必要な支出をさせたとはいえない。)、かつ、(ア)ないし(ウ)の行為は、取引先であるホテルの担当者に不適正な書類の発行等を求めることにより被告会社の信用を害するものであるから、就業規則64条6号「故意で会社に重大な損害を与える行為」に該当する。なお、被告会社が後日ホテルから預り金を回収したことは損害を回復したにすぎず、ホテルが被告会社からの預り金の名目で保有していても、被告会社の経理部門が把握せず、原告らの判断で自由に使用できる状況に置いたことにより被告会社に損害が発生したということができる。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒解雇・懲戒免職処分の意思表示の方法〕
 被告会社の就業規則は自己都合退職の場合、一か月前に所定の退職届を所属長に提出し、退職の日まで指示された仕事をすべきこと(45条)、退職の場合指定された日までに業務の引継をしその結果を報告すること(46条)を定めているが、同時に退職願を提出して14日間が過ぎたときはその日を退職の日として社員ではなくなる旨(44条)も定めており(〈証拠略〉)、44条が原則規程で、45,46条の違反は退職の効力に影響しないと解するのが相当である。したがって、原告X1は平成11年2月26日、原告X2は同月27日限り、いずれも被告会社を有効に退職した。また、懲戒解雇時には既に原告らの辞職の効力が発生し、原告らに懲戒解雇事由が存しても、もはや懲戒解雇することはできないから、同懲戒解雇の意思表示はいずれも無効である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 (2)のとおり原告らには懲戒解雇事由が存するが、もはや懲戒解雇することはできず、被告らはそれにもかかわらず原告らを懲戒解雇をしたとして、それに関する事実を公表するなどしたものであるから、原則として違法というべきである。
 しかし、その場合でも従業員に重大な秩序違反行為があり、そのことが社内に広く知られており、当該従業員を懲戒解雇しなければ企業秩序がどうしても保持できないという場合には、辞職の効力発生後に懲戒解雇するなどしたことを直ちに違法とはいえないこともありうる。〔中略〕
 そこで検討するに、原告らの懲戒解雇事由はそれ自体としては非常に重大な行為であり、また、原告らが事情聴取に応じなかったために事案の正確な把握に支障を来したことはあろうが、Aがイベント担当のマネージャ(ママ)であり、上記(1)(ウ)のイベント担当者でもありホテルとの交渉も担当したこと、Bは預り金を利用してホテルに宿泊し、ガイドラインによらない精算をしたこと(〈証拠略〉)、Cはホテルから送付された書類の内容から本件預り金作出の経緯を承知していたこと(〈証拠略〉)、からすると、原告らはマーケティング本部内では本件預り金の存在を隠してはおらず、Bは預り金作出への関与の有無、程度はともかくその存在及び経緯を承知していると推認されること、このような状況からするとDらマーケティング本部担当バイスプレジデントも預り金の存在を認識しながら黙認していた可能性があること、IT業界では、取引先に預り金を作っておくこと自体は珍しいことではないこと(〈証拠略〉)、被告会社では営業部においても取引先に費用を前払いしてプールすることがあったこと(〈証拠略〉)、原告らも業務と無関係に使用する意図で預り金を作出し使用したとまでは認められないことからすると、原告らの辞職の効力発生後に社内の綱紀粛正を図るだけでは足りず、原告らを懲戒解雇した上、そのことを広く社員に通知しなければならない必要があったとまでは認められず、したがって、争いのない加害行為(イ)は違法である。同(ウ)はその発言内容が正確な事実であるとはいえず、同様に違法である。
 従って、これらの行為は原告らに対する不法行為を構成し、被告らには原告らの精神的苦痛に対する慰謝料その他の損害賠償を連帯して支払うべき義務がある。