全 情 報

ID番号 08041
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 大晃機械工業事件
争点
事案概要 漁業及び水産物の製造、売買等を目的とする株式会社Y1に入社し、Y1所有の船舶に甲板手として乗船していた訴外Aが船のソイルタンクの修理中に硫化水素中毒によって死亡した事故につき、Aの遺族であるXらは、〔1〕Y1社に対して事故等に対する危険を回避する義務を怠った過失があり、〔2〕ソイルタンクを製造したY2社に対して、その取扱い方法等について安全指導を行う義務を怠った過失があるとして、損害賠償を請求したケースで、〔1〕についてはY1の過失が認められ、損害賠償請求が肯定されたが、〔2〕については安全指導に不十分な点があったとすることはできないとしてY2の損害賠償責任が否定された事例。
参照法条 民法709条
船員安全衛生規則50条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2001年4月23日
裁判所名 山口地下関支
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 20 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1767号125頁
審級関係
評釈論文 小畑史子・賃金と社会保障1359号32~36頁2003年12月10日/中園浩一郎・平成14年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1125〕288~289頁
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 (一) 被告Y1が我が国有数の水産会社であり、多数の漁船を所有して遠洋漁業を営んでいることは公知である。また、右遠洋漁業における海上労働は、長期間船舶内に「居住」しつつ行われる乗務労働で、一旦、当該船舶が出港してからは、他から隔絶した環境のもと、当該船舶限りで自己完結的にこれが運航される関係上、当該船舶を所有して営業を行うものは、既にその事実自体からして、当該船舶の乗組員の生命、身体の安全を保障すべき法律上の地位にあることは自明であり、船員労働安全衛生規則もかかる見地から船長に総括管理をさせつつ、各部の安全担当者の選任(なお、B一等航海士が本件船舶甲板部の安全担当者であることは、同人もその証人尋問において自認している。)を命じて船舶の安全、衛生に関する業務を行わせていると考えられる。
 したがって、被告Y1は、右保障者的地位に照らし、船員労働安全衛生規則を遵守することは勿論、その企業活動の一環として、あらかじめ所有船舶やその設備の構造、機能、予想される危険等の把握にも努め、研修その他の教育活動等を通じて安全対策を組織的に徹底し、当該船舶の乗組員につき、その生命、身体の安全を害すべき事故の発生を未然に防止すべき法律上の義務があるというべきである。しかして、右義務は、雇用関係の有無にかかわらず、船舶所有者と乗組員との間に当該関係があること自体に基づいて発生する一般的義務であるから、故意又は過失により船舶所有者がこれに違反して違法に乗組員に損害を与えた場合は、不法行為に基づき、右損害を賠償する責任があることになる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件ソイルタンクが汚水(し尿)処理装置であり、同タンク内が嫌気的環境に陥った際、嫌気性バクテリアの活動により硫化水素を発生するおそれがあること、本件ソイルタンク室は、かかる本件ソイルタンクを備え付けた専用の部屋で、換気も十分でなく、かつ、ハッチから覗き見るほかは、室内を見通すことができない構造となっていたため、万一、同タンクから硫化水素が漏出したときは、極めて危険な状態が現出することなどの前記認定の諸事実を総合考慮すると、客観的にみて、本件ソイルタンク室が右船員労働安全衛生規則五〇条にいう「人体に有害な気体が発散するおそれのある場所」に該当することは明らかである。したがって、船舶所有者である被告Y1としては、本件船舶の船長の総括管理のもと、甲板部安全担当者であるB一等航海士をして同規則五〇条各号所定の措置、少なくとも、その二号、五号の措置を講じるべき義務があったというべきである。
 しかるに、B一等航海士は、亡Aに対し、船員労働安全衛生規則五〇条及び酸素欠乏症等防止規則二五条の二に照らしても危険というべき作業を命じるに当たり、右船員労働安全衛生規則五〇条二号、五号所定の換気や保護具の使用、看視員の配置等必要、適切な措置を講じなかったのであるから、この点において、同一等航海士には、安全担当者としてとるべき措置をとらなかった違法があったことは明らかである。〔中略〕
 なお、被告Y1は、前記船員労働安全衛生規則は、いわゆる行政法規であり、その違反が直ちに不法行為における違法性を基礎づけるものではない旨主張するけれども、なるほど、一般論としてはそうであるとしても、前記のとおり、同規則が海上労働に特有の労働条件を考慮して定められたと考えられ、単にいわゆる一般的取締規定というにとどまらず、私法上の具体的労働条件整備義務をも念頭に置いていると解されること、そのうちでも同規則五〇条は、人の生命の安全に直接に関わるものであって、その遵守が特に強く要請されるものであることに鑑みると、本件においては、同条、特に、その二号、五号の不遵守が同時に民法上の不法行為の違法性をも基礎づけるというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件事故発生の機序は、〔中略〕要するに、平成五年一月、本件ソイルタンクのバルブ取換え工事に起因してフランジ継ぎ手と消毒室排出弁との接合部分からの水漏れと空気の吸い込みが起こり、これにより排出ポンプが十全に機能せず、同タンク内に大量の汚泥水が滞留する事態となったこと、そして、嫌気的環境のもと、嫌気性バクテリアによる右汚泥水中の含硫黄有機物等の分解等により、同タンク内に硫化水素が発生し、本件事故に至ったこと、以上のとおりの因果系列をたどったものと認められる。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 問題は、右硫化水素発生の予見可能性の点にあるが、これにつき、B一等航海士は、その証人尋問において、本件ソイルタンクから硫化水素が発生するおそれがあることは勿論、硫化水素との気体の名称すら知らなかった旨を証言する。しかしながら、〔中略〕仮に、右証言が事実であるとすれば、B一等航海士は、硫化水素発生の危険性につきあまりに無知に過ぎ、一般的、客観的に要求されるべき安全担当者としての適格性にもとるというほかはない。そうであれば、前記(一)で説示した趣旨において組織的に安全対策を徹底すべき被告Y1としては、同一等航海士にも十分な教育活動等を施す必要があったというべく、被告Y1は、硫化水素発生の危険性につき、本件船舶の安全担当者たるB一等航海士に十分な安全教育を施さなかった点において組織上の落ち度があり、ひいて、右教育を受けたとすれば、同一等航海士としても、嫌気性バクテリアによる右大量の汚泥水中の含硫黄有機物等の分解等によって硫化水素が発生することは容易に予見できたというべきである。
 したがって、本件事故は、被告Y1の組織としての落ち度がB一等航海士の無知ないし安全担当者としての不適格性をもたらしたものであって、これらがあいまって被告Y1の過失を構成するというべきである。
 (四) 以上のとおりであり、被告Y1は、本件事故について、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 亡Aは、本件事故前、B一等航海士に対し、これからバルブの取替え作業を実施する旨報告し、B一等航海士から、「何かあったら報告するように。」と指示を受けていたところ、本件ソイルタンク室に降り、排出ポンプを手動で回して汚水排出作業をしたものの、実際には汚水が排出されておらず、バルブ取替えのためフランジ継ぎ手を取り外した瞬間、真っ黒な汚水が噴出するという異常事態が発生したにもかかわらず、この事態を軽視し、B一等航海士に報告をすることもないまま、漫然とバルブ取替え作業を継続しようとして本件事故に遭遇したのであるから、本件事故の発生については、亡Aにも若干の過失があったことは否定できない。しかして、右事情、就中、B一等航海士の指示が極めて抽象的なものにとどまっていることに加えて、本件ソイルタンクから硫化水素ガスが発生する可能性があることの一般的知見の程度等を考慮すると、亡Aの過失割合は、一割とするのが相当である。