全 情 報

ID番号 08078
事件名 地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 日本ガイダント仙台営業所事件
争点
事案概要 本件は、医薬品、医薬部外品及び医療用具の製造、輸出入等を営む株式会社Yに勤務するXが営業職係長から営業事務職への配転命令を受けて賃金額が半減したところ、同配転が無効である旨主張して仮処分を申し立てたケースで、Xの賃金を従前の約半分とすることについて客観的合理性があるとはいえない等として、Xの申し立てが認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法3章
体系項目 労働契約(民事) / 基準法違反の労働契約の効力
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 2002年11月14日
裁判所名 仙台地
裁判形式 決定
事件番号 平成14年 (ヨ) 160 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例842号56頁/労経速報1836号16頁
審級関係
評釈論文 山川隆一・ジュリスト1250号230~232頁2003年8月1日/山本圭子・労働判例849号6~13頁2003年8月1日/緒方桂子・法律時報76巻3号101~104頁2004年3月/千葉晃平・季刊労働者の権利250号69~71頁2003年7月/名古道功・労働法律旬報1570号42~45頁2004年2月25日
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 本件配転命令は、債権者の職務内容を営業職から営業事務職に変更するという配転の側面を有するとともに、債務者においては職務内容によって給与等級に格差を設けているところ(前記前提事実1(3))、債権者が営業職のうちの高位の給与等級であるP3に属していたことから、営業事務職に配転されることによって営業事務職の給与等級であるP1となった結果、賃金の決定基準である等級についての降格(昇格の反対措置にあたる。以下この意味で「降格」という。)という側面をも有している。
 配転命令の側面についてみると、使用者は、労働者と労働契約を締結したことの効果として、労働者をいかなる職種に付かせるかを決定する権限(人事権)を有していると解されるから、人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にわたるものでない限り、使用者の裁量の範囲内のものとして、その効力が否定されるものではないと解される。
〔労働契約-基準法違反の労働契約の効力〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 他方、賃金の決定基準である給与等級の降格の側面についてみると、賃金は労働契約における最も重要な労働条件であるから、単なる配転の場合とは異なって使用者の経営上の裁量判断に属する事項とはいえず、降格の客観的合理性を厳格に問うべきものと解される。
 労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては、給与等級の降格があっても、諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないか又は減少幅が微々たる場合と、給与等級の降格によって、基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取り扱うことは相当ではない。従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰責性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。そして、本件において降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級P1の営業事務職への配転自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきである(本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し、配転命令の側面については別途判断すべきものと解した場合、業務内容を営業事務職のまま、給与について営業職相当の給与等級P3の賃金支給を認める結果となり得るから相当でない。)。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
 以上の疎明された事実、殊に債務者による債権者に対する執拗ともいうべき退職勧奨からすれば、債務者としては債権者を何とか退職に持ち込みたかったところ(疎明資料(〈証拠略〉)によれば、Aは、債務者から営業成績が悪いことを理由に退職勧奨を受け、平成14年2月、債務者を退職していることの疎明がある。)、債権者が退職に応じないために本件配転命令を発することとなった経緯が明らかであり、本件配転命令以後の債権者の営業事務職としての就業実態が営業事務職の名に値しない状態であるといわざるを得ないことも併せ考慮すれば、債務者において債権者を営業事務職として稼働させる業務上の必要性を見いだすことはできず、また、債権者に再起の可能性を与えるためともいえず、むしろ、債権者の給与等級をP3からP1に下げることを目的としたものと判断せざるを得ないところである。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 以上検討してきた債権者の営業実績とそれについての債権者の帰責性、降格の動機及び目的、債務者側の業務上の必要性、降格の運用状況等を総合すると、債権者の賃金を従前の約半分とすることについて客観的合理性があるとはいえないから、本件配転命令に基づく債権者の降格は無効というべきである。そして、本件において降格が無効である以上、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級P1の営業事務職への配転自体も無効となり、争点(1)についての当事者の主張について検討するまでもなく、本件配転命令全体を無効というべきである。