全 情 報

ID番号 08080
事件名 地位確認等請求各控訴事件
いわゆる事件名 日本ヒルトンホテル(本訴)事件
争点
事案概要 ホテルを経営するYに配膳人として就労していたXらが、Yから一方的に労働条件の引き下げを提示されたことに対し、労働条件の不利益変更について争う権利を留保しつつ、Yの示した労働条件のもとに就労する意思を表明したが解雇されたとして、同解雇の効力を争ったところ、原審は、XらとYの間の労働契約は日々雇用契約であったとした上で、Yが契約の更新を拒絶したことは雇止めに当たるとし、本件労働条件の変更には経営上の必要性が認められるなど合理性はあるが、それらの事情はXらの労働条件の切り下げを正当化する理由とはなりえても、直ちに雇止めを正当化するに足る合理的理由であるとは認め難いとし、Xらに対する雇止めは許されないと判断したことに対して、双方が控訴した事案で、高等裁判所は、本件労働条件変更は、会社の危機的状況にあって、会社の経費削減の方法として行われたもので、会社の危機的状況を乗り切るにはやむを得ないものと認め、またXらの異議留保付き承諾の意思表示は、立法上の手当もなされていない現状においては許されないとした上で、本件雇止めには社会通念上相当と認められる合理的な理由が認められるとし、一審の判断を否定し、Yの控訴を認容した事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
解雇(民事) / 変更解約告知・労働条件の変更
裁判年月日 2002年11月26日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成14年 (ネ) 2160 
裁判結果 一審原告ら控訴棄却、一審被告控訴認容(上告)
出典 労働判例843号20頁/労経速報1829号3頁
審級関係 一審/07929/東京地/平14. 3.11/平成11年(ワ)29076号
評釈論文 井上幸夫、小林譲二・季刊労働者の権利250号45~62頁2003年7月/菊池高志・法律時報75巻8号93~96頁2003年7月/小宮文人・法学セミナー49巻6号120頁2004年6月/石田眞、島田陽一、根本到・労働法律旬報1565号4~21頁2003年12月10日
判決理由 〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 当裁判所も、一審原告らと一審被告の間の日々雇用の関係が長期間継続していたからといって、一審原告らと一審被告の間の雇用契約が期間の定めのない契約に転化したとか、一審原告らと一審被告の間に期間の定めのない雇用契約を締結したのと実質的に異ならない関係が生じたということはできないものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」の第3の3記載のとおりであるから、これを引用する。〔中略〕
 平成11年5月11日以降、一審被告が一審原告らとの間の雇用契約の存在を否定し、一審原告らの就労を拒否したことは、期間の定めのある雇用契約を更新しなかった雇止めに該当するというべきである(以下「本件雇止め」という。)(ママ)〔中略〕
 前提となる事実の1(2)及び(4)で認定した事実、証拠(〈証拠略〉、一審原告X1)及び弁論の全趣旨によれば、一審原告らと一審被告の間の雇用関係について、〔1〕一審原告らは、本件雇止めまでいずれも約14年間という長期間にわたり一審被告との間の日々雇用の関係を継続してきたこと、〔2〕一審被告も、平成3年11月1日に本件資格規定を定めるなど配膳人の中に常用的日々雇用労働者が存在することを認めるとともに、一審原告X1及び同X2を常勤者(A1)に、一審原告X3を準常勤者(A2)に、一審原告X4を一般(A3)にそれぞれ指定したこと、〔3〕一審原告らは、遅くとも平成8年以降は週5日勤務を継続していたこと(ただし、一審原告X4の月間勤務日数は前提となる事実の1、(2)、オ記載のとおり)、〔4〕一審被告と組合は、一審原告ら組合員の勤務条件に関して、時給額(交通費を含む)や勤務条件に関する交渉を定期的に行い、常用的日々雇用労働者について他の配膳人より高い基準での合意をしてきたこと、〔5〕本件雇止め当時、一審原告らにおいて、Y社における勤務条件と同程度ないしそれ以上の条件で、他のホテルにスチュワードとして勤務することは困難であったこと等の事情が認められるのであり、これらの事情を総合すると、常用的日々雇用労働者に該当する一審原告らと一審被告の間の雇用関係においては、雇用関係のある程度の継続が期待されていたものであり、一審原告らにおけるこの期待は法的保護に値し、このような一審原告らの雇止めについては、解雇に関する法理が類推され、社会通念上相当と認められる合理的な理由がなければ雇止めは許されないと解するのが相当である。〔中略〕
 一審原告らと一審被告の間の雇用関係が簡易な採用手続で開始された日々雇用の関係であること、ある日時における勤務は、一審原告らが一審被告から強制されるものではなく、一審原告らが希望し一審被告が採用して初めて決定するものであること、一審原告らは配膳人からスチュワード正社員になる道を選択せず、配膳人であることを望んだこと等の一審原告らと一審被告の間の雇用関係の実態に照らすと、本件雇止めの効力を判断する基準は、期間の定めのない雇用契約を締結している労働者について解雇の効力を判断する基準と同一ではなく、そこには自ずから合理的な差異があるというべきである。〔中略〕
〔解雇-変更解約告知・労働条件の変更〕
 一審原告らと一審被告は日々個別の雇用契約を締結している関係にあったのであるから、本件労働条件変更に合理的理由の認められる限り、変更後の条件による一審被告の雇用契約更新の申込みは有効である。
 そして、これに対する一審原告らの本件異議留保付き承諾の回答は、一審被告の変更後の条件による雇用契約更新の申込みに基づく一審被告と一審原告らの間の合意は成立していないとして後日争うことを明確に示すものであり、一審被告の申込みを拒絶したものといわざるを得ない。
 なお、一審原告らは、本件異議留保付き承諾の意思表示は、単純な拒絶の意思表示ではなく、本件労働条件変更について裁判所等でその法的効力について争う権利を留保し、最終的には裁判所による法的判断の確定に従うが、裁判所によって労働条件の変更が認められることを条件として就労義務を承諾するものであり、このような条件付き承諾の意思表示は、借地借家法32条によっても認められているように、有効と解すべきであると主張する。
 しかし、借地借家法32条は、賃料増減額請求について当事者間に協議が調わないときは、仮の賃料として相当額を支払い又はこれを受領することを認め、終局裁判が確定した場合には、正当とされた賃料との不足額又は超過額に年1割の損害金を付加して相手方に支払うことで双方の利害の調整を図ったものであり、立法により特に認められた制度である。これを本件のような日々雇用契約における労働条件変更の申込と承諾の場合に類推して、本件異議留保付き承諾の意思表示により雇用契約の更新を認めることは、そのような意思表示を受けた相手方の地位を不安定にするものであり、終局裁判の確定時における当事者双方の利害の調整を図るための立法上の手当てもされていない現状においては許されないと解すべきである。〔中略〕
〔解雇-変更解約告知・労働条件の変更〕
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 一審原告らと一審被告の間の雇用関係の実態に即して判断すると、本件労働条件変更は、大幅な赤字を抱え、ホテル建物の賃貸人から賃料不払を理由とする明渡請求を受けるという会社の危機的状況にあって、会社の経費削減の方法として行われたもので、その労働条件変更の程度も、同様に不況にあえぐ他のホテルにおいても実施されている程度のものであって、会社の危機的状況を乗り切るには止むを得ないものと認められ、したがって、本件労働条件変更に合理的理由があること、一審被告は本件雇止めに至るまでに約半年前から組合と交渉を開始し、一審原告らに対して繰り返し本件労働条件変更の合理的理由を説明したこと、一審被告は正社員の組合に対しても人件費削減のため賞与の引下げ等を提案し、同組合もこれに同意していること、一審原告らは正社員になると身分は安定するものの勤務時間が拘束されることなどから正社員となることを希望せず、あえて日々雇用関係という身分に甘んじてきたこと(これは正社員ないし長期間の雇用契約を希望しながらも採用されないため、月単位ないし1年単位の雇用契約を長期にわたって更新している場合と根本的に異なる。)、そのような雇用形態にある一審原告らの本件異議留保付き承諾の回答は、一審被告の変更後の条件による雇用契約更新の申込みを拒絶したものといわざるを得ないこと、それにもかか(ママ)らず、そのような意思表示をしている一審原告らの雇用継続の期待権を保護するため一審被告に対し一審原告らとの日々雇用契約の締結を義務付けるのは、今後も継続的に会社経営の合理化や経費削減を図ってゆかなければならない一審被告にとって酷であること等との事情によれば、本件雇止めには社会通念上相当と認められる合理的な理由が認められるというべきである。
 したがって、本件雇止めは有効であると認められる。