全 情 報

ID番号 08091
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 労働大学(本訴)事件
争点
事案概要 労働運動の強化、並びに勤労者大衆に科学的社会主義思想の教育とその普及を図るために労働者教育事業を行うことを目的とする団体であるYの従業員X1、X2、X3は、Yにより、Yの就業規則26条4号の「事業を廃止・縮小するなど、やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当するとして、解雇する意思表示を受けたところ、Xらは、本件解雇は整理解雇の要件を満たしておらず、無効であるとして、その効力を争い、それぞれ労働契約上の地位確認及び賃金の支払いを請求したケースで、整理解雇の要件につき、〔1〕人員削減の必要性に関して、近い将来存続が危ぶまれるような状況に陥る可能性が高かったとし、また〔2〕解雇回避努力義務の履行に関して、様々な方法で経費削減を行い、希望退職者の募集するなど一応の努力をしたとして認めたが、〔3〕被解雇者選定の合理性に関して判決は、Xらの不適格性に対し、他の職員との比較でどのようであったか判然としない、そして当該人選基準は、抽象的で評価者の主観に左右されやすいものであり、客観的合理性を担保する方法で評価が行われた形跡がないこと、またYが、本件解雇当時、それと異なる人選基準を適用するかのような説明を行った等から、本件について、「適格性の有無」で人員選定の合理性を基礎付けることはできないとし、Xらに対する本件解雇は、著しく不合理であり、社会的に相当とはいえず解雇権の濫用として無効とし、Xらの請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法18条の2
労働基準法89条3号
民法1条3項
体系項目 解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の要件
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇基準・被解雇者選定の合理性
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 2002年12月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 16139 
裁判結果 一部認容、一部却下(控訴)
出典 労働判例846号49頁
審級関係
評釈論文 奥野寿・ジュリスト1272号160~163頁2004年7月15日
判決理由 〔解雇-整理解雇-整理解雇の要件〕
 本件解雇は、被告の就業規則26条4号の「止むを得ない事業上の都合」を理由とするものであるところ、この事由による解雇は、使用者の側における事業上の都合を理由とするものであり、解雇される労働者の責めに帰することができないのに、一方的に収入を得る手段を奪われるものであって、労働者に重大な不利益をもたらすものである。したがって、一応は前記の解雇事由に該当する場合であっても、解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できないときは、解雇は権利の濫用として無効になると解すべきであり、これは、使用者において人員削減の必要性があったかどうか、解雇を回避するための努力を尽くしたかどうか、解雇対象者の選定が妥当であったかどうか、解雇手続が相当であったかどうか等の観点から具体的事情を検討し、これらを総合考慮して判断するのが相当である。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の必要性〕
 被告は、昭和55年以降、経営の根幹をなす「A」と「B」の売上げの減少により赤字経営が続いたため、平成2年7月以降、財政再建を目的に事務局職員の賃金の減額、人員の削減、経費の削減などを実施した。しかし、依然として「A」と「B」の発行部数の減少が続いたため、平成8年度には約1313万円、平成9年度には約2897万円もの多額の赤字を発生し、本件解雇の直近の会計年度である平成10年度にも、赤字幅は減少したものの、約1253万円の赤字を計上した。労働運動を取り巻く環境は厳しい状況が続いており、平成11年以降もこれが好転しないことは容易に予測できた。このような状況下で、これら出版物の発行部数の大幅な増加を期待することはできず、被告が全国で安定的に活動を行うことは困難となった。被告の第9回総会の監査報告(ママ)おいても、財政悪化が続くと被告の存続が危ぶまれることが指摘されていた。
 そうすると、被告は、現に倒産の危機にあったとはいえないが、従前のまま経営を続けると、近い将来存続が危ぶまれるような状況に陥る可能性が高かったといわざるを得ない。当時の社会情勢からみると、もはや売上げの増加を図ることは困難であったから、被告としては、経営再建を実現するためには、まず経費を削減する方策を講じることが必要な状況にあったということができる。人員削減は、この経費削減のための1つの方策であるから、被告には何らかの人員削減の必要性があったと認められる。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 前記の認定事実によれば、被告は、様々な方法で経費削減を実施したほか、平成11年3月、事務局職員を対象に希望退職者を募集したが、希望退職に応じた職員はいなかった。被告が希望退職者を募集した際に提示した退職金は180万円にすぎなかったから、この条件で希望退職に応じる者が現れることは期待し難いが、被告の経営状況に照らすと、被告がこれ以上高額の退職金を提示することは困難といわざるを得ない。そうすると、被告は、原告らの解雇を回避するために一応の努力をしたということができる。
〔解雇-整理解雇-整理解雇基準・被解雇者選定の合理性〕
 「適格性の有無」という人選基準は極めて抽象的であるから、これのみでは評価者の主観に左右され客観性を担保できないだけでなく、場合によっては恣意的な選定が行われるおそれがある。このような基準を適用する場合、評価の対象期間、項目、方法などの具体的な運用基準を設定したうえで、できるだけ客観的に評価すべきである。
 しかし、被告が「適格性の有無」という人選基準について具体的な運用基準を設定したうえで各職員の適格性の有無を検討したことの主張立証はない。被告が原告らの不適格性として主張するのは、原告らの勤務態度に関する個別の出来事であり、これが他の職員との比較でどのようであったかも判然としない。〔中略〕
 被告が本件解雇の際に「適格性の有無」という人選基準を明示しなかったことについて合理的理由を見いだすことはできない。被告は、本件訴訟まで「適格性の有無」という人選基準を主張しなかったのは、円満な解決が不可能となるような全面的非難を避けるべきと考えていたからであると主張するが、既に裁判(仮処分)手続で本件解雇の効力が争われていたから、このような事情が人選基準を明示しない合理的理由になるとは言い難い。
 (ウ) このように、「適格性の有無」という人選基準は抽象的であり評価者の主観により左右されやすいものであるところ、客観的合理性を担保する方法で評価が行われた形跡がないこと、被告がこのような人選基準の存在を本件訴訟前に説明しなかったことに合理的理由が見いだせないだけでなく、被告が本件解雇当時これとは異なる人選基準を適用するかのような説明をしていたことからすると、「適格性の有無」という人選基準によって人選の合理性を基礎づけることはできない。
〔解雇-解雇権の濫用〕
 本件解雇当時の被告の経営状況に照らすと、何らかの人員削減の必要性が認められ、被告は解雇を回避するための一応の努力をしたと評価することができるが、合理的な人選基準により原告ら3名を解雇対象者として選定したとは認められない。原告らに対する本件解雇は、いずれも著しく不合理であり、社会的に相当とはいえないから、解雇権の濫用として無効というべきである。