全 情 報

ID番号 08135
事件名 損害賠償請求各控訴事件
いわゆる事件名 川崎市水道局(いじめ自殺)事件
争点
事案概要 Y1の市水道局の工事用水課公務係に配属されたAは、その後約1ヵ月を経過すると、同課課長Y2、同課事務係長Y3、同係主査Y4から職場におけるAの存在を否定するかのような発言やときには果物ナイフを客室内で突きつけられるなどのいじめや嫌がらせを受けた(約6ヵ月にわたるいじめがあったと認定)ため休みがちになり、医療機関で治療等を受けていたが、その後、配属から約二年後にY3ら3人への怨みの気持ちを忘れない旨の遺書を残して自殺したことから、Aの両親である遺族Xらが、上記いじめがAを自殺に追いやったと主張して、〔1〕任用主体であるY1に対して、国家賠償法または民法715条に基づき、〔2〕当該行為者であるY3ら3名に対して、民法709条、719条に基づき、損害賠償の支払を請求したケースの控訴審(Xら、Y1が控訴)で、Aはいじめを受けたことにより心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には事実上の因果関係があるとした上で、〔1〕については、市は具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命、身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における事故を防止すべき注意義務があると解されるとし、Y1の公務員が故意または過失によって安全配慮保持義務に違背し、その結果職員に損害を加えた時は、国家賠償法1条1項の規定に基づきY1はその損害を賠償すべきであるとした上で、Y1は右注意義務違反により国家賠償法上の責任を負うべきとされて、Xらの請求が一部認容(但し、Xらの損害額につき七割の過失相殺が行われた)され、〔2〕については、その職務を行うについてAに加害行為を行った場合には公務員個人はその責めを負わないとして、Y2らの責任が否定された原審の判断が維持され(判旨付加部分で、精神分裂病の発症・自殺といじめとの事実的因果関係を認め、本人の素因について過失相殺規定の類推適用により賠償額の調整を図るべきと説示されている)、Xら、Y1双方の控訴が棄却された事例。
参照法条 国家賠償法1条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2003年3月25日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成14年 (ネ) 4033 
裁判結果 各棄却(確定)
出典 労働判例849号87頁
審級関係 一審/07983/横浜地川崎支/平14. 6.27/平成10年(ワ)275号
評釈論文 根本孔衛・労働法学研究会報54巻16号1~38頁2003年8月10日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 当裁判所も、第1審原告らの請求は原審が認容した限度で理由があり、その余の請求は理由がないので棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正し付加するほか、原判決の理由説示(「事実及び理由」第3。ただし、原判決38頁以下(2)の部分(本誌833号 〈以下同じ〉 77頁左段6行目)を除く。)と同一であるから、これを引用する。〔中略〕
 Aの病名は心因反応又は精神分裂病とするのが妥当と思われるが、精神分裂病はICD-10による上記分類のF2に当たるから、上記判断と同じく、Aに対するいじめと精神分裂病の発症・自殺との間には事実的因果関係が認められる。
 この点につき第1審被告は、精神分裂病は内因性(目覚し時計がひとりでに鳴るように、内から起こる意)の精神疾患であり、何らかの原因(出来事)によって発症するものではないから、いじめとAの精神分裂病の発症との間には事実的因果関係がない旨主張する。しかしながら、第1審被告が引用する「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(平成11年9月14日付け労働基準局長通達)においても、業務の強い心理的負荷(職場における人間関係から生じるトラブル等、通常の心理的負荷を大きく超えるものについて考慮するものとされている。)により精神障害(ICD-10の分類によるもの)を発病する場合があるものとされ、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性が認められるものとされているのであって、上記主張を採用することはできない。もっとも、健常者であればそ(ママ)のほど心理的負荷を感じない他人の言動であっても、精神分裂病等の素因を有する者にとっては強い心理的負荷となり、心因反応ないし精神分裂病の発症・自殺という重大な結果を生じる場合があり、この場合に、加害者側が被害者側に生じた損害の全額を賠償すべきものとするのは公平を失すると考えられるが、その点は、後記のとおり、過失相殺の規定を類推適用して賠償額の調整を図るべきである。