全 情 報

ID番号 08136
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日赤益田赤十字病院事件
争点
事案概要 D大学医学部第一内科からY病院に派遣されていた内科医師である者が、自ら行った検査が原因で病気を発症した患者について責任を感じ、その患者に対して付き添うなどの行為を通じて精神的ストレスを恒常的に強いられ、その結果投身自殺をしたことに対して、医師の妻と子であるXらが、〔1〕医師がその業務に起因して自殺し、〔2〕それゆえ、Yに対して安全配慮義務違反による損害賠償請求をした事案について、裁判所は、〔1〕自ら行った検査が原因で悪化した患者に対する自責の念ゆえに、医師は精神的に追い込まれその結果自殺したとして、業務と自殺との間に因果関係があるとしたが、〔2〕Yは医師に対して過剰な負担を伴う業務を割り当てておらず、また医師の苦悩を軽減するなどの自殺を防止するための措置をとることは容易なことではなかったなどとして、安全配慮義務違反による損害賠償請求を否定した事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2003年3月25日
裁判所名 広島地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 427 
裁判結果 棄却(確定)
出典 時報1828号93頁/労働判例850号64頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3590号76~77頁2003年6月20日/小畑史子・労働基準55巻11号47~53頁2003年11月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 Aは、自己が実施したERCP検査の結果Bが急性膵炎になったことについて責任を強く感じ、特に11月5日以降同女の容態が悪化していった中で自責の念をますます強め、同女の病棟への訪室を一層頻繁にかつ長時間行うようになり、睡眠不足や身体的疲労を募らせ、これが精神状態にさらなる悪影響を及ぼして、身体的にも精神的にも疲労困ぱいし、その挙げ句自殺に至ったものと考えられる。したがって、Aの自殺は同人の業務(ERCP検査の実施及びその後のBのもとへの訪室)に起因し、業務と自殺との間に因果関係があることは明らかである。〔中略〕
 一般に、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身を損なうことがないよう注意する義務を負うと解され、その義務違反があった場合には、雇用契約上の債務不履行(いわゆる安全配慮義務違反)に該当するとともに、不法行為上の過失をも構成すると解される。〔中略〕
 Aは、被告から決して過剰な負担を伴う業務を割り当てられていたわけではなく、Bの容態が悪化した後も、通常の診療業務を従来どおり支障なく遂行しており、遅刻や無断欠勤もなく、Aの診療業務や言動に関して異常な点は見受けられなかったというのである。そうしてみると、Aにおいて原告らが主張するようにうつ病にり患していたと認めることは到底困難であり、被告病院においてAに対して神経科、精神科の専門医の診断を実施する義務があったとはいえない。
(3) また、前記のAの家庭生活における変化や自己診断でハルシオンを処方したことは被告病院としては知り得なかったのである。そうすると、被告病院としては、AがBの膵炎の症状の悪化を気にかけて悩み、頻繁に同女のもとに訪室し、疲労しているという事情以外に、Aに異常な点は何ら見受けられなかったし、同人は十分な経験を積んだ熟練の内科医だったのであるから、同人において、自殺等不測の事態が生じ得る具体的危険性まで認識し得る状況ではなかったといえる。他方で、同人に課せられている診療業務自体何ら過剰なものではなく、同人は診療業務を正常にこなしていたのであり、同人の心身疲労の原因は、同人がBの主治医でなくなったにもかかわらず自責の念からやむにやまれず専ら自発的に行っていたBのもとへの訪室にあったのである。したがって、被告病院としては、C医師がAに業務を休むよう勧めた以上に、強制的に同人に診療業務を休ませる措置を採る正当な理由は見出し難く、そのような措置を採ることは困難であったといえるし、同人のBのもとへの訪室も専ら自発的なものであった以上、これを制限する理由はなく、その制限措置を採るのも困難であった。
 そうである以上、被告病院にそのような措置を採るべき義務があったということはできない。
 さらに、Aは広島から被告病院に赴任してきて日も浅く、上記のような事情のもとでは、被告病院において、同人の家族に面談してそのプライバシーにわたる生活状況全般について事情を聴取すべきであったとまでいうこともできない。