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ID番号 08139
事件名 就業報酬等請求事件(7724号)、損害賠償請求事件(8774号)
いわゆる事件名 アール企画事件
争点
事案概要 美容室の経営等を業とする有限会社Yの有力美容師Xが、懲戒解雇された後、Yに対し、〔1〕就業報酬契約に基づく報酬、〔2〕同契約に基づく違約金、〔3〕解雇予告手当、〔4〕付加金、〔5〕旅行積立金としてYに委託した委託金または旅行積立金として控除された未払賃金の支払を求め(A事件)、YがXに対し、〔6〕虚偽報告に基づく出来高給相当額の損害をYに与えたことによる不法行為に基づく損害賠償、〔7〕住所を偽って通勤手当を詐取したことによる不法行為に基づく損害賠償を請求した(B事件)ケースで、〔1〕〔2〕につき、就業報酬契約のうち、XがYに対し、負担する違約金を定めた部分は、労働基準法16条に反し無効となるが、Xが、Yに継続して勤務することを条件に報酬を定めた部分、および、Yがこの報酬を支払わなかった場合の違約金を定めた部分は有効としつつ、Xの就業規則違反行為が一定期間の勤続の功績を失わせる程度の背信的行為といえる場合には、YはXに対し報酬支払義務を負担しないとした上で、Xに、傷害事故を起こしたことに関する上司への報告義務違反があったこと、上司の了解を得ずに傷害事故を起こしたことを認める内容の文書を作成した注意義務違反があったことから、Xの行為に背信性が認められるとして、Xの請求が棄却され、〔3〕〔4〕については、Xの通勤手当詐取の事実を認め、即時解雇されてもやむをえないほどの重大、悪質な背信行為があり、労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合にあたるとして、Xの請求が棄却され、〔5〕については、旅行積立金の管理をXがYに委託していたと認めるに足りないとして、また、Xが旅行積立金の控除に同意し、異議を述べていなかったこと等から、本件控除にかかる賃金請求は、信義則に違反し、権利の濫用となるというべきである等として、Xの請求が棄却され、〔6〕については、Xのヘルプポイントに関する報告義務違反によりYに損害が認められるとして、Yの請求が一部認容され、〔7〕については、Xの通勤手当詐取が認められるとして、Yの請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法16条
労働基準法3章
労働基準法89条2号
労働基準法11条
労働基準法20条1項但書
体系項目 労働契約(民事) / 賠償予定
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 賃金請求権の発生時期・根拠
解雇(民事) / 解雇予告と除外認定 / 労働者の責に帰すべき事由
裁判年月日 2003年3月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 7724 
平成13年 (ワ) 8774 
裁判結果 棄却(7724号)、一部認容、一部棄却(8774号)(確定)
出典 労働判例850号48頁/労経速報1850号3頁
審級関係
評釈論文 原俊之・労働法律旬報1571号30~33頁2004年3月10日
判決理由 〔労働契約-賠償予定〕
 本件特約の目的は、原告を被告に平成12年末まで就労させることであるから、本件特約に基づく義務に違反した場合に当事者が相手方に支払うとされた金員(本件特約の第6条)は、この目的を確実に達成するため約束されたとするのが当事者間の合理的な意思と考えられるから、違約金と解するのが相当である。
 そうすると、本件特約の第6条のうち、原告が被告に対し負担する違約金を定めた部分は、労働契約に付随して合意された本件特約の債務不履行について違約金を定めたものであるから、使用者が労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止する労働基準法16条に反し、無効となるというべきである。
〔賃金-賃金請求権の発生-賃金請求権の発生時期・根拠〕
 本件特約に基づく報酬は、被告の有力美容師であった原告を一定期間引き続き被告に勤務させるため、一定期間勤務することとその間一定の売上げを上げることを条件に特別の報酬を定めたものである。そうすると、原告が被告に一定期間勤務し、一定の売上げを(ママ)挙げた場合には、被告にとって本件特約の経済的目的は達成されたといえるから、原則として、原告は、被告に対し、本件特約に基づく報酬請求権を有するものと解すべきである。他方、本件特約には就業規則遵守義務が定められており、勤務期間中原告が被告に誠実に労務提供を行うことが前提となっていることからすれば、前記本件特約の目的趣旨に照らしても、被告が、原告に、前記一定期間中の勤続の功績を失わせる程度の背信的行為があったことを主張立証したときは、被告は原告に対し報酬支払義務を負担しないと解すべきである。
〔解雇-解雇予告と除外認定-労働者の責に帰すべき事由〕
 労働基準法20条1項本文が、使用者に対し、即日解雇する労働者にその平均賃金の30日分を解雇予告手当として支払うことを義務づけたのは、労働者の生活保護のためであるから、その例外である「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」(同法20条1項但し書)とは、予告期間を置かずに即時に解雇されてもやむを得ないと認められるほどに重大な服務規律違反、悪質な背信行為が労働者にある場合をいうと解すべきである。
 イ 前記1(7)のとおり、原告のヘルプポイントに関する報告義務違反の背信性は、悪質であるとまでは評価できないから、これに当たらない。
 また、顧客の傷害事故についての報告義務違反は、背信性は強いが、この件が発覚した後、保険の適用の可能性があり、被告代表者は原告に継続して勤務することを希望していたことから(〈証拠略〉)、この義務違反をもって、即時解雇されてもやむを得ないと認められるほど重大、悪質な背信行為であるとはいえない。〔中略〕
 4 〔5〕旅行積立金相当額の賃金請求
 (1) 争点(4)ウ(権利の濫用)について
 前記3(1)アないしエの各事実のうち、被告従業員が旅行を企画していたこと、これまでの被告の退職者に返還された例がないことを総合すると、旅行積立金は、被告の従業員らに総有として帰属し、被告の従業員らは、被告にこの支払を委託していたものと認められる。
 そして、原告が旅行積立金の控除について同意し、A事件を提起するまで10数年間異議を述べたことがないこと(争いがない事実)、前記10数年の間、被告において退職者や旅行に不参加であった者に、旅行積立金を返却したことは1例を除いてなかったこと(3(1)イ)、原告は、被告に入社してしばらくは、自分で支出した旅行積立金より費用のかかる海外旅行等に数回参加し、原告が社員旅行の参加によって恩恵を受けた金員の額は40万円を超えると考えられること(弁論の全趣旨)を総合すると、原告の本件控除にかかる賃金請求は、信義則に違反し、権利の濫用(民法1条2項)となるというべきである。〔中略〕
 したがって、被告の原告に対するヘルプポイントに関する報告義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求とその付帯請求については、29万9000円及びこれに対する不法行為後である平成13年5月14日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 6 〔7〕通勤手当詐取の不法行為に基づく損害賠償請求
 前記2(1)ウ(イ)のとおり、原告が、被告に対し、住所を平塚市であると偽り、平成4年6月分から平成7年3月分の定期代として、合計102万8840円を受け取り、もって同額の金員を詐取したことが認められる。
 したがって、被告の原告に対する通勤手当詐取の不法行為に基づく損害賠償請求とその付帯請求については、102万8840円及びこれに対する不法行為後である平成13年6月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。