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ID番号 08178
事件名 各損害賠償請求事件
いわゆる事件名 東京都(警察学校・警察病院HIV検査)事件
争点
事案概要 警視庁警察官採用試験に合格し、警視庁警察学校への入校手続を終了して警視庁警察官に任用されたXが、〔1〕東京都Y1に対し、同警察学校が任用後Xに無断でHIV抗体検査を行い、検査結果が陽性であったXに事実上辞職を強要した等の行為が違法であるとして、主位的には国家賠償法1条1項に基づき、予備的に民法709条、710条に基づき、1,177万円の損害賠償を求めるとともに、〔2〕警察学校から依頼を受けてHIV抗体検査を実施した東京警察病院を運営する財団法人自警会Y2に対し、検査が本人の意思に基づくことを確認せず、本人の同意を得ずに検査結果を警察学校に通知した等の行為が違法であるとして、民法709条、710条に基づき、上記と同額の損害賠償を求めたケースで、採用時におけるHIV抗体検査にはその目的ないし必要性という観点から、実施に客観的かつ合理的な必要性が認められ、かつ検査を受ける者本人の承諾がある場合に限り、正当な行為として違法性が阻却されるというべきであるとした上で、本件検査は、HIV抗体検査であることの事前の説明がなく、かつ、本人の同意を得ていないばかりか、合理的必要性も認められず、違法行為によるプライバシー侵害にあたるとして、警察学校(Y1)および警察病院(Y2)双方の賠償責任を認め、Xに対する辞職勧奨行為についても、Xの自由な意思を抑制して辞職に導くものであり、違法な公権力の行使となるとして、Y1の損害賠償責任を認め、Xの請求が一部認容された(〔1〕について、Y1に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として330万円、〔2〕について、Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償として110万円、および各金員に対する遅延損害金が認められた)事例。
参照法条 民法709条
民法710条
国家賠償法1条1項
労働安全衛生法66条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 社員のプライバシー権
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
労働安全衛生法 / 健康保持増進の措置 / 健康診断
裁判年月日 2003年5月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 12133 
平成13年 (ワ) 20076 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 タイムズ1136号114頁/労働判例852号11頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 ・ジュリスト1249号61頁2003年7月15日/・労政時報3599号80~81頁2003年9月5日/清水勉・季刊労働者の権利252号85~91頁2003年10月/川田知子・労働法律旬報1567・1568号66~69頁2004年1月25日/棗一郎・労働法律旬報1560号26~29頁2003年9月25日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-社員のプライバシー権〕
 HIV感染症に関しては、ガイドラインが作成された当時の平成7年当時以降も、現在に至るまで、1(3)において認定したような病態や感染の経路等について社会一般の理解が十分であるとはいえず、誤った理解に基づくHIV感染者に対する偏見がなお根強く残っていることは、いわば公知の事実に属する。
 そのような状況下において、個人がHIVに感染しているという事実は、一般人の感受性を基準として、他者に知られたくない私的事柄に属するものといえ、人権保護の見地から、本人の意思に反してその情報を取得することは、原則として、個人のプライバシーを侵害する違法な行為というべきである。
〔労働安全衛生法-健康保持増進の措置-健康診断〕
 他方、労働安全衛生法66条は、使用者に対し、雇入れ時の健康診断を義務づけ、これに違反したときの罰則を定め、併せて事業者に対し、労働者の健康保持増進対策を講じるべき努力義務を課している。同法66条の上記定めは、健康診断の結果を労働者の適正配置及び健康管理の基礎資料とし、もって、使用者をして雇入れ後の労働者の健康維持に留意させる趣旨のものと解される。
 また、これとは別に、雇用契約は労働者に一定の労務提供を求めるものであるから、使用者が、採用にあたって、労働者がその求める労務を実現し得る一定の身体的条件を具備することを確認する目的で、健康診断を行うことも、その職種及び労働者が従事する具体的業務の内容如何によっては許容され得る。
 以上の観点からすると、採用時におけるHIV抗体検査は、その目的ないし必要性という観点から、これを実施することに客観的かつ合理的な必要性が認められ、かつ検査を受ける者本人の承諾がある場合に限り、正当な行為として違法性が阻却されるというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 相対的にストレスの高い警察官の職務であろうと、また警察学校における厳しい身体的訓練であろうと、それが過度・長期にわたってストレスを蓄積させるものでない限りは、HIV感染者にとって、当然に不適であるということはできず、その適・不適の判断は、その者の実際の免疫状態によって行われるべきである。そして、前記1(2)のとおり、警察官といえども、週休2日制、週40時間労働、年間20日の有給休暇等が原則として保障されているのであり、不規則な勤務や一時的な長時間勤務を強いられることがあるとしても、それによる疲労やストレスを回復するだけの休息・休日は本来確保し得るはずである。
 そうすると、HIV感染の事実から当然に、警察官の職務(警察学校における訓練を含む。)に適しないとはいえない。被告東京都以外の道府県において、警察官採用にあたりHIV抗体検査を実施していないという事実(前記1(5)ウ)は、この見解に沿うものである。また、障害者雇用促進法により国又は地方公共団体が一定の比率で身体障害者(一定の認定基準に該当するHIV感染者は身体障害者と認定される。)又は知的障害者を採用すべき職員から警察官が除外されているという事実は、上記の判断を左右するものとはいえない。
 したがって、先に述べた目的の下に、HIV抗体検査を実施することの必要性は、これを認めることができない(労働安全衛生法の趣旨に照らせば、その解釈上も上記検査の正当性を認めることができない。)。
 (4)以上によれば、警察学校が原告に対し2回にわたって実施した本件HIV抗体検査は、本人の同意なしに行われたというにとどまらず、その合理的必要性も認められないのであって、原告のプライバシーを侵害する違法な行為といわざるを得ない。被告東京都は、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を免れない。