全 情 報

ID番号 08211
事件名 所得税更正処分取消請求事件
いわゆる事件名 北沢税務署長(日本コンパック・ストックオプション)事件
争点
事案概要 勤務先の親会社から付与されたストック・オプションを行使し、1億6千万円あまりの権利行使利益を取得したXは、A税務署長であるYに対し、平成10年分に係る所得税について、本件権利行使利益が一時所得に該当するとして、確定申告書を提出したが、Yは、本件権利行使利益が給与所得に該当するとしてXの平成10年分に係る所得税につき、更正処分を行ったことに対し、Xは、本件権利行使利益が一時所得であるとし、一時所得として算出した場合の税額を上回る部分の更正処分取消を請求した事例について、裁判所は、所得税法28条1項にいう給与所得とは、「雇用契約またはこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」であるとし、本件権利行使利益は、株式の時価の変動やX自身の権利行使の時期に関する判断に大きく基因するものであるので、親会社からXに対して与えられた経済的利益であると評価することは相当ではないこと、Xの子会社に対する勤労が、親会社に対する労務の提供と同視すべきような事情も認められない等の点から、本件権利行使利益は給与所得ではないとし、一方、本件権利行使利益は上記のような偶発的、一時的な性格を有する経済的利益であるとして、一時所得に該当するとして、Yの更正処分の一部が違法として取り消された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
所得税法28条1項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / ストックオプション
裁判年月日 2003年8月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (行ウ) 43 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例860号15頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-ストックオプション〕
 所得税法28条1項に規定する給与所得、すなわち「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得」とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものであり、給与所得に該当するか否かの判断に当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかが重視されるべきであると解される(前掲最高裁判所昭和56年4月24日第二小法延判決)。
 そこで、上記のような考え方に沿って、本件権利行使益が、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付に当たるか否かを具体的に検討することとする。〔中略〕
 付与会社から労務の対価として供与されたストック・オプション自体に経済的価値があり、それが課税の対象となるとしても、その経済的価値は、付与会社から労務の対価として提供された時点において、当該株式の価格変動の可能性を踏まえたうえで、将来の一定期間に行使することが想定される期待権の経済的価値として把握されるべきであって、その後に、企業の将来の収益力、金利、為替、国内外の景気の動向、政治や社会の情勢、投資家の動きなど、前述の多様な要因に基づいて形成された当該株式の時価と行使者自身の判断に基づく権利行使の時期によって定まった権利行使益の額をもって、付与会社が従業員等に供与したストック・オプション自体の経済的価値と評価することには、合理性があるとはいえない。
 仮に、現実に得られた権利行使益をもって付与されたストック・オプション自体の経済的価値であると評価するとすれば、同時に同一の条件で付与されたストック・オプションであっても、その経済的価値は、株価の変動と行使者自身の判断による権利行使の時期などの事後的な要素によって異なった評価を受けることとなるが、これが不合理であることは明らかである。〔中略〕
 親会社が子会社に対する経営支配を通じて子会社の労働力を利用し、子会社従業員等の勤労の成果を得る関係にあるとしても、原告の子会社に対する労務の提供は、原告と子会社との契約に基づくものであり、また、上記の労務の提供とアメリカ合衆国の企業である親会社の業績との関連が著しく間接的で希薄なことからすれば、原告の子会社に対する労務の提供をもって、親会社に対する労務の提供と同視することも相当とはいえない。
 c ちなみに、親会社・子会社という関係が存在することのみをもって、直ちに親会社による子会社従業員等への権利行使益の供与が、実質的に子会社がその従業員等に対して支払うべき報酬の一部であるということも困難である。
 そして、本件の証拠によっても、子会社と親会社の間において、子会社従業員の報酬の一部として親会社が権利行使益相当額の経済的損失を負担する旨合意したり、子会社従業員の報酬の一部を親会社がストック・オプションにより補填する旨合意したりするなど、親会社が供与した本件権利行使益について、原告の勤務に対して子会社が支払うべき報酬の一部を実質的に親会社が支払ったものと評価できるような事情を認めることはできない。
 d したがって、原告が、親会社に対して労務を提供する義務を負っていたものとは認められないし、現実に、親会社との間で、何らかの空間的、時間的な拘束を受けて継続的ないし断続的に労務を提供する関係にあるとか、原告の子会社に対する勤労が、親会社に対する労務の提供と同視すべきような事情も認められないから、仮に原告の勤務先以外の第三者である親会社から本件権利行使益の給付を受けたとしても、それが「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受けた給付」であるとは認めることはできない。