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ID番号 : 08456
事件名 : 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 : ゴムノイナキ事件
争点 : 時間外・休日勤務の未払賃金請求における超過勤務の有無及び付加金支払義務の有無等が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : Y社大阪営業所従業員Xが、1年4か月にわたり、午後10時ないし翌朝午前4時ころまでの平日の所定労働時間外勤務や休日勤務(超過勤務)に対する賃金が未払いであるとして、超過勤務手当及びこれと同額の付加金の支払いを求めた事案の控訴審である。
 第一審大阪地裁は、平日について概ね午後7時30分までの超過勤務を認定、付加金も認容したが、休日勤務及びY主張の消滅時効は認めなかった。これに対し、Xが控訴した大阪高裁は、Xが午後5時30分以降も相当長時間営業所に残ることが恒常化していたとはいえるが、X主張の業務終了時刻は客観的に裏付けられず、帰宅時間を記した妻の記録によっても退社時刻は確定できず、他方、Yがタイムカードによる出退勤管理をしていなかったことでXを不利益に扱うべきではなく、総合的に判断してある程度概括的に時間外労働時間を推認するとして、平日は午後9時までの超過勤務を認定した。付加金については、Yが出退勤管理を怠り、相当数の超過勤務手当が未払いのまま放置されて労基署の是正勧告を受けたことなどを考慮すると支払いを命ずるのが相当とし、それ以外は一審を維持した。
参照法条 : 労働基準法37条
労働基準法114条労働基準法115条労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金の支払い原則/賃金請求権と時効
賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定方法
労働時間(民事)/労働時間の概念/タイムカードと始終業時刻
労働時間(民事)/時間外・休日労働/時間外労働、保障協定・規定
裁判年月日 : 2005年12月1日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)1164
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(原判決変更)(確定)
出典 : 労働判例933号69頁
審級関係 : 一審/大阪地/平17. 3.10/平成15年(ワ)8572号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間-時間外・休日労働-時間外労働、保障協定・規定〕
〔労働時間-労働時間の概念-タイムカードと始終業時刻〕
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 控訴人は、午後5時30分の終業時刻以降も相当長時間、大阪営業所に残っていることが恒常化していたというべきである。
 イ しかし、控訴人が具体的に主張している業務終了時刻については、平成13年5月から同年8月及び平成14年4月から同年6月までの期間については、控訴人の供述を裏付ける客観性のある証拠は皆無である。
 また、平成13年9月から平成14年3月までの期間についても、控訴人の供述を裏付ける証拠は、前記の日直当番戸締まり確認リストの記載のほかは控訴人の妻花子が記載したノート(〈証拠略〉)しか存在していない。そして花子記載のノートも、帰宅時間しか記載されていないため、控訴人が途中で寄り道をした場合にはそれだけでは退社時刻の把握が困難であるし〔控訴人は、他の従業員を送っている日以外は寄り道をしたことがなく、他の従業員を送ったのは職務命令に基づくものであると供述しているが、俄かに信用できない。)、控訴人が帰宅した際に花子が就寝していた場合には、控訴人が翌朝花子に帰宅時間を告げていたというのであるが、その時間は必ずしも正確なものではないというのであるから、上記ノートの記載により控訴人の退社時刻を確定することもできない。〔中略〕
 エ しかし、他方、タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは、専ら被控訴人の責任によるものであって、これをもって控訴人に不利益に扱うべきではないし、被控訴人自身、休日出勤・残業許可願を提出せずに残業している従業員が存在することを把握しながら、これを放置していたことがうかがわれることなどからすると、具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではないというべきである。
 オ 以上によれば、本件で提出された全証拠から総合判断して、ある程度概括的に時間外労働時間を推認するほかない。
 そして、前記認定事実によれば、控訴人が主張する午後7時30分以降の業務は毎日発生するものではないこと(認定事実(3)ウ)、控訴人自身、繁忙期以外の時期には、やろうと思えば午後10時には退社できたことを自認していること(同(3)オ)、控訴人の平成3年11月ころから平成4年8月ころまでの大阪営業所における時間外労働時間(時間外手当が支給された時間)は、概ね1か月40時間ないし50時間程度であり、これには控訴人も特に大きな不満を述べていないこと(同(1)ア)(1か月の労働日数は約20日間であるから、毎日同程度の残業をしたとすると、1か月40時間の場合は、1日当たり2時間〈午後7時30分まで〉、1か月50時間の場合は、1日当たり2時間30分〈午後8時まで〉となる。)、A所長作成の文書では、控訴人は、午後9時~12時ころに帰社していた旨の記載があること(同(10))が認められ、これらの事実によれば、控訴人は、平成13年5月以降平成14年6月までの間、平均して午後9時までは就労しており、同就労については、超過勤務手当の対象となる(ただし、平成13年6月22日及び平成14年3月22日については、午後6時30分までである。)と認めるのが相当である。なお、控訴人は、平成13年10月19日の始業時刻が午前6時である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 しかし、休日に勤務していたとの点については、控訴人の原審提出の陳述書(〈証拠略〉)には記載がないし、原審本人尋問においても勤務したとは積極的に供述していない。控訴人は、当審本人尋問において、休日にも出勤して納期遅れの製品の処理等をしていた旨供述しているが、原審本人尋問において積極的に供述していなかったことからすると、信用性に疑問が残るし、仮に休日にも出勤していたとしても、前記認定のとおり、平成14年5月以降は全く休日に出勤していないこと、控訴人の時間外労働自体、明示の職務命令に基づくものではなく、控訴人の作業のやり方等によって大きく左右されることなどに照らすと、休日に超過勤務手当の対象となる労基法上の労働がされたとまでは認め難い〔中略〕
 (4) したがって、控訴人の超過勤務手当の対象となる勤務時間については、別表3記載のとおり(超過勤務は、平成13年5月は80時間30分、同年6月は71時間、同年7月は77時間、同年8月は63時間、同年9月は63時間、同年10月は80時間30分、同年11月は77時間、同年12月は59時間30分、平成14年1月は66時間30分、同年2月は70時間、同年3月は64時間、同年4月は70時間、同年5月は70時間、同年6月は70時間)であり、合計982時間であると認められる。
 3 未払の賃金額(争点(2))について
 前記前提事実(3)イ記載のとおり、超過勤務手当支給の基準となる控訴人の賃金単価は2220円であるから、未払賃金額は、これに給与規定の係数1.25を乗じ、さらに982時間を乗じた額である272万5050円である。〔中略〕
〔賃金-賃金の支払い原則-賃金請求権と時効〕
 (2) 被控訴人は、平成13年5月分の超過勤務手当について消滅時効が完成している旨主張しているが、前記前提事実(4)記載のとおり、控訴人は、同月分の超過勤務手当の履行期である同年6月25日から2年以内(労基法115条)の平成15年6月23日に履行の催告をし、さらに、その後6か月が経過していない平成15年8月20日に本件訴訟を提起したのであるから、平成13年5月分の超過勤務手当についても時効が中断しており、消滅時効は完成していない。
 (3) したがって、消滅時効に関する被控訴人の主張は採用することはできない。
〔労働時間-時間外・休日労働-時間外労働、保障協定・規定〕
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 被控訴人が主張するとおり、付加金の支払を命じるか否かについては、裁判所に裁量権があり、使用者に付加金の支払を命じることが酷であると認められるような場合には、付加金の支払を命じるのは相当ではないと解される。
 しかし、本件においては、前記認定のとおり、被控訴人自身、タイムカードを導入しないなど自ら出退勤の管理を怠っていたこと、そのため相当長時間の超過勤務手当について手当が支給されずに放置されていたこと、現に、労働基準監督署からその旨の是正勧告も受けていることなどの事情を考慮すると、被控訴人が主張する事由を考慮しても、付加金の支払を命ずるのが相当でない場合に該当するとは認め難い。
 ただし、付加金の支払の請求は、違反のあった時から2年以内にしなければならないところ、本件では、前記のとおり、超過勤務手当の弁済期は翌月25日であり、平成13年5月の勤務に対する超過勤務手当の弁済期は同年6月25日、同年6月の勤務に対するそれは同年7月25日であるところ、控訴人が本件訴訟を提起したのは平成15年8月20日であり、平成13年5月分及び同年6月分については付加金の対象とならない。
 したがって、平成13年7月以降の勤務について、超過勤務手当と同額の付加金の支払を命じるのが相当であり、その額は230万4637円(830時間30分として計算、円未満切捨て)となる。