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ID番号 : 08458
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 就業規則により定年退職とされた教授が、定年延長の慣行を根拠に地位確認等を求めた事案(労働者側勝訴)
事案概要 : 大学国際関係学部の就業規則に基づき満65歳に達したことにより定年退職の発令を受けた教授が、学部には定年延長の慣行があるとして、大学(学校法人)に対し地位確認と退職発令後の月額給与の支払を求めた事案である。
 東京地裁は、同学部の教員について通常定年延長により70歳まで勤務する慣習が反復継続して行われ、そのような勤務関係が大学側と教員側の双方による事実上の行為準則とされてきており、通常定年延長により70歳まで勤務できる事実たる慣習が存在し、こうした定年延長の取扱いが労働条件として契約内容になっていたと認定した上で、定年退職の発令は解雇の意思表示に相当するものであり、解雇事由に当たる具体的理由が主張・立証されておらず、解雇権濫用法理に照らして評価障害事実について主張・立証されていないものと同視できるとして、退職発令は無効であるとして、請求をいずれも認容した。
参照法条 : 労働基準法18条の2
民法92条
体系項目 : 解雇(民事)/解雇権の濫用/解雇権の濫用
退職/定年・再雇用/定年・再雇用
裁判年月日 : 2006年1月13日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)8413
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : タイムズ1219号259頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔退職-定年・再雇用-定年・再雇用〕
〔解雇-解雇権の濫用-解雇権の濫用〕
 2 争点(1) (定年延長の慣行の有無)について
 労働契約の当事者間で一定の労働条件について就業規則、労働協約、労働契約などの成文の規範に基づかない労使慣行が成立しているかどうかについては、一定の取扱いないし処理の仕方が長い間反復・継続して行われ、それが使用者と労働者の双方に対し事実上の行為基準として機能しているかどうかによるべきであると一般的には考えられる。
 定年制度あるいは定年延長に関する取り扱いについても労使間の契約に基づく労働条件の内容を構成するものであり、本件では、就業規則26条により65歳定年の定めがあり、同27条1項3号で「特別の事由」により必要と認めた場合には理事会の議を経て定年を延長することができる旨の規定が存しているものの、前記認定事実(2)及び証拠(甲13ないし15、29、32、乙6、16、25、32)によれば、原告について平成16年4月以降の定年延長が審議検討される平成16年1月ころまでには、特段の事情のある者以外はその者が65歳に到達して以降、最初の2年、その後さらに2年、そして最後に1年という形で定年の延長が実施されて70歳で被告を退職する者が大半を占めてきたこと、そのことは学部の意思決定機関である教授会でそのように対応してきたものであり、被告大学学部の教員間では定年延長についてそのような扱いを受けることが通常であるという意識が存在していたことが認められる。すなわち、客観的な事実として被告大学学部の教員は65歳以降定年が延長されて、通常70歳までは勤務する形での慣習が反復継続して行われてきており、そのような勤務関係が大学側と教員側の双方による事実上の行為準則とされてきたものと考えられる。
 それゆえ、被告大学学部においては、教員の定年制度の運用において、65歳に達した後にも通常は定年が延長されて当初2年、その後さらに2年、最後に1年という形で70歳まで勤務できる事実たる慣習が存在し、それが大学と教員間の労働条件として契約の内容になっていたものと解するのが相当である。〔中略〕
 ところで、前記認定事実(4)及び証拠(乙8、9)によれば、被告大学学部の甲野学部長の問題意識において、上記のようなこれまでの定年制度の運用とりわけ就業規則27条1項3号の運用を厳格にして行かなければならないと考えて、平成14年12月に人事検討委員会を立ち上げて平成15年1月末までの取扱いの答申を諮問しており、その結果、平成14年12月26日に同委員会から答申を受けて、本件「取扱い」を平成15年1月16日の教授会に諮り原案どおり承認を得たことになっている。しかし、これにより被告大学学部における従来の定年制度あるいは定年延長制度の運用に関する慣行が抜本的に改められたと見ることは相当ではない。けだし、上記教授会における本件「取扱い」についての説明が当日人事検討委員会の委員長である訴外乙山一郎からなされ、「取扱い」の内容について質疑応答がなされているものの、そこで従来の慣行に照らした変革なりこれまでの運用を改めることについての十分な議論がなされているとは当該教授会の議事録や当該教授会に出席参加した原告の供述からは受け止められないからである。
 被告は当該議事録で審議の結果、原案どおり承認とあることから本件「取扱い」によるということで教授会は承認したものであり、今後は定年制度及び定年延長についての運用がこれに従ってなされることになるというが、本件「取扱い」自体がその文言体裁から直ちに従来の慣行を改めたものと読みとれるものではなく、かえって議事録からは、当時現在2年、2年、1年という形で定年が延長される慣例があることを前提に本件「取扱い」の3についての質問や1の(2)の論文実績の要件さらには1の(3)の要件が厳しいことの指摘があったのに対して、乙山人事検討委員会長からはできるだけ多くの教員が対象となるよう「…。またはこれと同等以上の…」という文言を入れている旨応答していること、丙川教授から「この「取扱い」によると、人事委員会から学部長に推薦し、自動的に教授会へ提案されると考えてよいのか。」との質問に、乙山人事検討委員長から明確に否定する従来と異なる取り扱いの方向性についての明言なり示唆がなされておらず、むしろ、「この「取扱い」を、今後どのように運用していくかその過程でいろいろ問題が出てくることが考えられる。それを検討し、そこに判断の基準が生まれてくることは十分に考えられる。」旨発言していること、甲野学部長が「答申内容については、基本的は全員が資格審査にかかるよう多方面から検討させていただいた。」としてやはり従来の慣行を明確に否定する趣旨を説明していないことなどからすると、この「取扱い」は従来の慣行の延長上にあって原告が主張するように従来の慣行をより明文化したものとも受け止められる余地が十分にあるものといわなければならない。
 いずれにしても、本件「取扱い」の平成15年1月16日の教授会における承認をもって定年延長に関する従来の慣行が抜本的に改められたものとは認められないことは、その周知徹底の仕方、議論の経過及び審議状況からある程度明らかというべきである。
 3 争点(2) (延長拒否の有効性)について〔中略〕
 そもそも、本件「取扱い」そのものが従来の定年制度の運用に関する慣行を改めたものとは認められないことは前記2で判断したとおりであり、証拠(乙6)による審議経過及び内容からすると、平成15年1月16日の教授会が正式に人事委員会に教員の定年延長の審査権限を委譲・委託したとも解されないのに、人事委員会が従来の慣行を根本から改めて定年延長を不可とする実質的な権限を有するに至っていること自体に疑問を呈せざるを得ないところである。
 いずれにしても、原告について本件「取扱い」の基準に照らして定年延長の適格がないとした人事委員会の答申には、上記のとおり委員会の構成の在り方や審議方法に問題があること、評価の過程や結果への当事者のアクセス権の保障がなく、評価の公正さを担保する裏付けがないことなどに照らして合理性、客観性が認められない。
 それゆえ、原告の定年延長について、人事委員会ひいては甲野学部長が取った対応・措置は、前記のようにこれまでに労使間に存在した定年延長制度の運用に関する慣行に背馳するもので、不当なものと評価せざるを得ない。そして、このような被告の対応・措置は、上記慣行に照らすと、原告と被告間の雇用契約の内容となっている定年延長による労働契約関係継続の利益を不当に断ち切るもので、権利の濫用に当たるものとして無効となる。換言すれば、被告の原告に対する平成16年3月31日付の退職の発令は、解雇の意思表示に相当・匹敵するものであり、しかも、本件訴訟では被告から解雇事由に当たるところの原告の定年延長が不適格であるとする具体的な理由が主張・立証されていないことからすると、解雇権濫用の法理に照らして、評価障害事実について主張・立証がなされていないものと同視できる。