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ID番号 : 08470
事件名 : 労働者災害補償保険給付不支給決定処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 国・羽曳野労基署長(通勤災害)事件
争点 : 会社からの帰路、義父宅に立ち寄った後に遭遇した交通事故による負傷について労災不支給処分の取消しを争った事案
事案概要 : 会社からの帰路、介護のため義父宅に立ち寄った後に遭遇した交通事故による負傷について、建材店労働者Xがなした労災保険休業給付申請につき、通勤災害に当たらないとした労基署長の不支給処分を不服としてこれの取消しを求めた事案である。
 大阪地裁は、Xの移動は、事業場での仕事を終え、義父宅に立ち寄ったうえで帰宅しようと考えて事業場を出発し、義父宅を経て自宅に向かおうとしたものであり、このことは業務終了により事業場からXの居宅へ最終的に向かうために行われたものであり、労災保険法7条2項の「就業に関し」(業務関連性)の要件を満たすとした。
 そのうえで、義父宅に立ち寄る行為を労災保険法7条3項の「合理的通勤経路からの逸脱」として捉えたうえで逸脱後の往復行為として通勤に当たるかを検討すべきとし、義父宅での2時間の介護は「日用品の購入その他これに準ずる行為」に当たり、当該交通事故は本来の合理的通勤経路に復した後に生じたとしてこれを通勤途上の災害と認定し、労基署長のなした不支給処分を取り消した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法施行規則8条
体系項目 : 労災補償・労災保険/通勤災害/通勤災害
裁判年月日 : 2006年4月12日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)59
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 時報1936号173頁/タイムズ1210号138頁/労働判例920号77頁/労経速報1985号18頁
審級関係 : 控訴審/08546/大阪高/平19. 4.18/平成18年(行コ)46号
評釈論文 : ・市民と法43号63~68頁2007年2月夏井高人・判例地方自治301号92~94頁2008年4月中園浩一郎・平成18年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨増1245〕309~311頁2007年9月林弘子・判例評論578〔判例時報1956〕207~211頁2007年4月1日脇野幸太郎・賃金と社会保障1436号26~34頁2007年2月25日
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-通勤災害-通勤災害〕
 一 原告の帰宅行為と業務関連性(争点(1))について
 (1) 前提事実、《証拠略》によれば、原告が、本件事故の当日、午後六時三〇分ころ本件事業場での仕事を終え、義父宅に立ち寄った上で帰宅しようと考えて、同時刻ころ本件事業場を出発し、前提事実(4)記載のとおり、義父宅を経て、原告宅に向かう途中、本件交差点に至ったことが認められる。
 この事実によれば、この原告の移動は、業務の終了により本件事業場から原告の住居へ最終的に向かうために行われたものであり、労災保険法七条二項のいう「就業に関し」(業務関連性)の要件を充たすものと認められる。〔中略〕
 すなわち、義父は、本件事故の当時、両足が不自由であり、壁や机に手をかけたり杖を使うなどして、どうにか歩けるという状態であって、両下肢機能全廃による一級身体障害者の認定を受けていた。そのため、食事の世話、入浴の介助、簡易トイレにおける排泄物の処理といった介護が行われることが不可欠であった。
 義父は、その当時、その息子(原告の義兄)と同居していたが、同人は仕事の都合で帰宅するのが遅く、また、原告の妻も仕事の都合で帰宅するのが遅くなることが多かったため、原告は、義父を介護するために、月曜日から金曜日までの勤務日のうち四日間程度、本件事業場からの帰りに義父宅に寄り、原告の妻が作った夕食を温めたり、入浴の介助をするなどしていた。
 本件事故の当日、原告は、午後六時五〇分ころ義父宅に到着した後、まず義父の食事の準備をし、義父が食事をとった後に入浴の介助を行い、午後八時三〇分ころ義父宅を出た。
 (3) 本件介護の必要性(日常生活上必要な行為)
 前記(2)で認定したところによれば、原告の義父に対する介護は、妻の父という近親者に対する介護であって、義父と同居する義兄又は原告の妻による介護のできない時間帯において原告が介護することは、原告の日常生活のために必要不可欠な行為であったと認められるところ、労災保険規則八条一号の「日用品の購入その他これに準ずる行為」には、このような介護をも含むものと解される。
 そうすると、原告が義父に対する介護のために合理的通勤経路を逸脱したことは、労災保険規則八条一号に該当し、労災保険法七条三項ただし書の「日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるもの」を行うためにしたと認められる。
 (4) やむを得ない事由により行う最小限度
 ア この点について、被告は、労災保険規則八条一号に該当するためには、所要時間も短時間であるなど最小限度の行為であって、日用品の購入と同程度と評価できるものでなければならないが、介護行為は、その内容が多岐にわたり、その所要時間は相当長時間を要し、その頻度も高くなるものであるから、日用品の購入と同程度であると評価することはできない旨主張する(被告の主張(2)参照)。
 しかし、前記(2)で認定したところによれば、原告が本件事故の当日に義父の介護のために義父宅に滞在した時間は約一時間四〇分程度であるし、その間に原告が介護仕以外の行為に時間を割いたことは窺われないのであって、この滞在は介護のためにやむを得ない最小限度のものであったと考えられる。また、この約一時間四〇分という時間が「日用品の購入」のために要する時間に比して特に長時間であるとは認められない。さらには、「日用品の購入」であっても頻繁に行われることはあり得るところであるから、頻度が高くなることが想定されるからという理由で介護のための立ち寄りが労災保険規則八条一号には該当しないと解すべき理由はない。そうすると、この被告の主張には理由がないこととなる。
 イ なお、《証拠略》によれば、〔1〕「労働者災害補償保険法及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の一部を改正する法律」(昭和六一年法律第五九号。以下「本件改正法」という。)による改正前の労災保険法(以下「改正前労災保険法」という。)七条三項ただし書においては、「日用品の購入その他これに準ずる日常生活上必要な行為」を行うために通勤経路を逸脱又は中断した場合であって一定の要件を充たすときは、逸脱又は中断後の往復行為であっても通勤と認められていたところ、労働者が通勤途上に病院等で短時間の診察等を受ける行為については、この「日用品の購入その他これに準ずる日常生活上必要な行為」に該当すると考えられていたこと、〔2〕ところが、比較的長時間を要する人工透析等の治療については、改正前労災保険法七条三項ただし書の「日用品の購入その他これに準ずる日常生活上必要な行為」に当たらないと考えられたために、本件改正法により関係法令(1)のとおりに改正がされ、これに伴って関係法令(2)のとおりに労災保険規則が改正されて、前記のような人工透析等については労災保険規則八条四号に当たるものと対処されたこと、〔3〕改正前労災保険法七条三項ただし書の「日用品の購入その他これに準ずる日常生活上必要な行為」の範囲と、現行の労災保険規則八条一号の範囲とは同一であると一般に解されてきたが、それぞれ認められる。
 ところで、《証拠略》によれば、透析療法には五時間以上を要することがあることが認められる。そうすると、前記のような本件改正法に関する理解を前提にしても、約一時間四〇分を要した介護行為を現行の労災保険規則八条一号に該当すると認めることは妨げられないと解される。
 三 本件事故が合理的経路に復した後の事故であるか否か(争点(3))について〔中略〕
 そうすると、本件事故は、労災保険法七条三項ただし書の「当該逸脱又は中断の間」に生じたものではなく、同条一項二号の「通勤」の要件を充たすこととなる。
 なお、前記(1)で認定したとおり、原告は本件交差点に至る前にコンビニエンスストアに立ち寄って自己の夕食を購入しているが、この行為が同条三項ただし書(労災保険規則八条一号)に当たることは明らかである。
 四 以上によれば、本件事故は、「通勤」(労災保険法七条一項二号)の途上の災害に当たると認められる。