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ID番号 : 08472
事件名 : 各損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 : 高宮学園(東朋学園)事件
争点 : 「90%条項」は就業規則の不利益変更に当たり、信義則に反するか否か等が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : X職員Yが、出産休業と1年間の勤務時間短縮措置を受けたところ、年末・夏期賞与について、賞与支給対象期間の90%以上勤務しないと賞与を支給しないとする90%条項を満たしていないとして不支給とされたため、賞与の支払いと債務不履行による損害賠償としての慰謝料の支払い等を求めた事案の差戻し控訴審である。
 東京高裁は、〔1〕90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業日数を加え、出勤した日数に同日数及び勤務時間短縮時間を加えないのは公序に反し無効とし、〔2〕ただし、90%条項は一部無効としても、その残余において本件90%条項の効力を認めたとしても労使双方の意思に反するものではないから支給計算基準条項の適用では産前産後休業日数等は減額対象となり、賞与の一部不支給は公序に反しないとした。また、〔3〕賃金たる性格をもつ賞与では、産前産後休業等欠勤扱いは新たな減額規定として不利益変更にあたるが、就業規則の作成又は変更がその必要性及び内容の両面からみて判断されるべきで減収が7.94%、3.42%程度に止まるならば本件変更は合理性・必要性があり効力を有するとし、〔4〕ただし、規定未整備の時点に遡及して不利益を課すことは信義則に反し許容できないとした。
参照法条 : 労働基準法65条(平成9年法92号改正前)
労働基準法67条
育児介護休業法10条(平成7年法107号改正前)
民法1条
民法90条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/信義則上の義務・忠実義務
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
裁判年月日 : 2006年4月19日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成15(ネ)6154
裁判結果 : 原判決一部認容、一部棄却(上告)
出典 : 労働判例917号40頁/労経速報1938号3頁
審級関係 : 上告審/08240/最高一小/平15.12. 4/平成13年(受)1066号
控訴審/07750/東京高/平13. 4.17/平成10年(ネ)1925号
一審/07105/東京地/平10. 3.25/平成7年(ワ)3822号
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 2 本件各賞与を全額不支給とした控訴人の本件各取扱いについて
 本件各賞与は、支給対象期間中の労働の対償として賃金たる性質を有しており、賞与の支給要件や本件各除外条項(備考〔4〕及び備考〔5〕)などを定めた本件各回覧文書は就業規則の給与規程と一体となり、本件90%条項の内容を具体的に定めたものである。ところで、産前産後休業を取得し、又は勤務時間の短縮措置を受けた労働者は、その間就労していないのであるから、労使間に特段の合意がない限り、その不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは原則として労使間の合意にゆだねられているというべきであり、従業員の出勤率の低下防止等の観点から、出勤率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする措置ないし制度を設けることも、一応の経済的合理性を有する。しかし、本件各回覧文書によって具体化された本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は、労働基準法65条及び育児休業法10条により認められた権利等の行使を抑制し、ひいては労働基準法等がそれらの権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序良俗に反し無効である。そして、本件90%条項は、賞与支給の根拠条項と不可分一体のものであるとは認められず、出勤率の算定に当たり欠勤扱いとする不就労の範囲も可分であると解されるし、産前産後休業を取得し、又は勤務時間短縮措置を受けたことによる不就労を出勤率算定の基礎としている点が無効とされた場合に、その残余において本件90%条項の効力を認めたとしても、労使双方の意思に反するものではないというべきであるから、本件90%条項の上記一部無効は、賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさない。〔中略〕
 本件90%条項により、出勤すべき日数に産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとして、本件各賞与の全額を不支給とした控訴人の本件各取扱いは違法である。なお、被控訴人は、契約上の請求権に基づき本件各賞与の支払いを求めるとともに、選択的に不法行為による損害賠償請求として同額の金員の支払いを求めているところ、本件各取扱いの違法性は大きいというべきであるから、本件各賞与の全部ないし一部の請求が認められる場合は、その付帯請求としての遅延損害金は不法行為の日である本件各賞与の支給日を起算日として請求することができるものである。
 3 本件各賞与の一部不支給について〔中略〕
 本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分が無効であるとしても、本件支給計算基準条項の適用に当たっては、産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分は、本件各回覧文書の定めるところに従って欠勤として減額の対象となるというべきである。そして、本件支給計算基準条項は、賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するにとどまるものであり、加えて、産前産後休業を取得し、又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は、法律上、上記不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、控訴人の就業規則及び育児休職規程においても上記不就労期間は無給とされているのであるから、本件各除外条項(備考〔4〕及び備考〔5〕)は、労働者の前記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が前記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず、これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできない。
 以上は、本件上告審判決が拘束力をもって判示するとおりである。
 4 就業規則の不利益変更について
 (1) 前記認定のとおり、控訴人の就業規則、給与規程及びこれと一体を成す回覧文書において、賞与の支給に当たって産前産後休業を欠勤扱いにする旨の備考〔4〕が定められたのは、平成4年度年末賞与の支給に係る回覧文書が初めてであり、同じく勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いにする旨の備考〔5〕が定められたのは、平成7年度夏期賞与の支給に係る回覧文書が初めてであるが、これは、控訴人において賃金たる性質を有する賞与の支給に関して、新たな減額規定を設けたものといってよいから、労働条件を定めた就業規則の不利益変更であるというべきである。〔中略〕
 (2) ところで、新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。〔中略〕他にその適用を妨げる事由がない限り、本件各除外条項に従って被控訴人の産後休業日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を欠勤扱いとして、本件支給計算基準条項を適用して被控訴人に対する本件各賞与の一部の支払いを認めるべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
 控訴人におけるその当時の賞与の支給条件によれば、勤務時間短縮措置による育児時間を取得しても欠勤扱いされることはなかったものであって、被控訴人としても、育児時間を取得するに当たって、これが賞与の支給において不利益に扱われるとは想定できなかったのである。このような事情に加えて、控訴人においては、被控訴人を含めて従業員の年間総収入額に占める賞与の比重が大きいことにもかんがみれば、就業規則を変更して賞与の算定において勤務時間短縮措置による育児時間の取得を欠勤扱いとすることは許されるとしても、そのような不利益扱いは前もって従業員に対して周知されるべきであって、このような規定のなかったときに勤務時間短縮措置を受けた従業員にまで遡って不利益を及ぼすことは、信義誠実の原則に反して許容することができないものというべきである。
 したがって、平成6年度年末賞与の支給に当たって備考〔4〕を適用し、本件支給計算基準条項に従って賞与の金額を一部カットすることは許されるが、平成7年度夏期賞与の支給に当たって、備考〔5〕を適用して賞与の金額をカットすることは許されないものである。