全 情 報

ID番号 : 08481
事件名 : 未払賃金請求控訴事件(806号)、同附帯控訴事件(113号)
いわゆる事件名 :
争点 : 知的障害者更生施設の従業員が、手当廃止を無効として、給与の差額支払を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 知的障害者更生施設を設置・運営する社会福祉法人の従業員が、知的障害者福祉法の改正を機に行われた特殊業務手当及び調整手当の全廃等給与規程の改定を、合理的な理由のない不利益変更であって無効であるとして、減額相当分の支払いを求めた事案である。
 福岡地裁久留米支部は、就業規則の作成・変更については、不利益を労働者に法的に受忍させることを許容するだけの高度の必要性に基づいたものであることを要するとし、本件改定は高度の必要性に基づいた合理的な内容ではないとして、特殊業務手当及び調整手当の全廃による減収分を、金額として当事者双方に争いがない限度で認容した。
 控訴審の福岡高裁は、知的障害者福祉法の改正下で調整手当や特殊業務手当を全廃する給与規程の改訂がなされたのは、支援費制度への転換により種々の経営上の対応を迫られる状況であったとしても、実施しなければ直ちに財務運営状況に深刻な影響が及んでいたとはいえず、また、減収額が本俸の10パーセント余りに達すること、代償措置や経過措置はとられずまた職員への説明なども十分でなかったことなどにかんがみれば、右改訂に合理性があるとはいえないとし、減額分の手当の支払請求を認容した原判決を支持し控訴を棄却した。
参照法条 : 労働基準法89条
労働基準法90条
知的障害者福祉法15条の11
知的障害者福祉法15条の12
体系項目 : 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
裁判年月日 : 2006年5月18日
裁判所名 : 福岡高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)806
裁判結果 : 棄却(806号)、原判決変更(113号)(確定)
出典 : タイムズ1225号267頁/労働判例950号73頁
審級関係 : 一審/福岡地久留米支/平17. 7.22/平成16年(ワ)13号
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 1 本件改定の効力について
 (1) 本件改定は、従前支給されていた特殊業務手当及び調整手当を全廃することを主たる内容とするものであって、これが被控訴人らをはじめとする労働者にとって重要な権利ないし労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更に該当すること、被控訴人らが本件改定に同意していないことは明白である。
 それにもかかわらず、本件改定が被控訴人らに対してもその効力を生ずるというためには、本件改定による不利益を労働者に受忍させることを許容するだけの内容面及び手続面での合理性・相当性がなければならないというべきである。
 (2) そこで、まず、本件改定の内容面における合理性・相当性の有無について検討するに、本件改定により被控訴人らにもたらされる減収額は前提事実(5)のとおりであって、本件改定が被控訴人らに与える影響は決して小さくないというべきである。したがって、本件改定内容の合理性・相当性というときには、上記のような被控訴人らが被る不利益を考慮してもなお、控訴人において本件改定を実施すべき必要性が肯定されること、換言すれば、控訴人が本件改定に踏み切ることも真にやむを得ないとされるような事情がなければならない。〔中略〕
 ウ 以上見たところによれば、本件改定を実施しなければ、控訴人の財務・運営状況に直ちに深刻な影響が及びかねない状況にあったかといえば重大な疑問を差し挟まざるを得ない。
 なお、控訴人は、当審において、平成17年10月分から管理職手当を全面カットするに至っているとか(前記第2の3の控訴人の主張(2))、平成16年度及び平成17年度における単年度収支は赤字である(平成18年3月24日準備書面、乙79)旨主張するけれども、そのような事情があるからといって、本件改定が現実に実施された平成15年4月当時において、本件改定を実施しなければならないほど、財務・運営状況が困窮していたとみるべき筋合いにはない。控訴人の上記主張は採用することができない。
 (3) また、控訴人において、本件改定に際して代償措置その他関連する他の労働条件の改善とか、本件改定をそのまま実施することによって労働者が被る不利益の程度を緩和する過渡的な措置などが採られたことを認めるに足りる証拠はない。
 (4) しかも、本件改定の手続面を見ても、控訴人において、本件改定の内容を被控訴人ら職員に開示した後、これを実施するまでの経過は前提事実(3)のとおりであって、本件改定を行う必要性や内容の合理性をめぐる職員に対する説明や意見交換が十分に、かつ誠実に行われたとはいい難いし、こうした控訴人の姿勢には、本件改定をめぐる不当労働行為救済手続を経て和解協議が成立した後においても、本質的な変化を見出せないのである(前提事実(4))。
 (5) 以上によれば、被控訴人らを除く大半の職員が同意しているとか(控訴理由書、乙79)、控訴人の近隣の同種施設において特殊業務手当や調整手当を廃止した社会福祉法人が複数存在する(乙9の1・2)とかの事情があることを考慮しても、被控訴人らに小さからぬ不利益を被らせる本件改定につき、これに同意しない被控訴人らになお受忍させることを許容するだけの合理性は認めがたいというほかはない。
 したがって、本件改定のうち、特殊業務手当及び調整手当を廃止する部分については、被控訴人らとの関係では無効であるというべきである。
 (6) なお、控訴人は、前記第2の3の控訴人の主張(3)のとおり主張する。
 しかし、特殊業務手当は、X園が設立された当初から一貫して、施設を利用する知的障害者の処遇に直接携わる職種(支援員及び看護師)のみを対象に支給されていたところ(前提事実(2))、その職種にある職員の担当業務の核心部分(特に支援員にあっては、入所者の食事・着替え・排泄の各介助や支援(原審における被控訴人乙原次郎))は、X園の設立時と本件改定時とで何ら異なるところはないことは明らかである。むしろ、同部分の実態に限っていえば、入所者の高齢化等によって、転倒等の事故の危険性が高まるなど、業務の遂行が近時一層困難となっている側面があることが窺えるのであるから(原審における同被控訴人)、通勤の利便性が高まったとか、施設の整備が進んだなど執務環境の向上(乙43)をもって、直ちに、支援員の業務自体に内在する特殊性・困難性が失われたというには至らないというべきである。
 また、控訴人は、社会福祉法人であり、かつ、平成14年度の給与規程改定によって国家公務員に準じた俸給表の使用を既に自ら廃したというのであるから(前提事実(2)オ(ア))、平成15年4月に実施された特殊業務手当や調整手当を全廃することの合理性の有無をめぐって、あえて平成15年8月の人事院勧告(乙28)に依拠すべき根拠は乏しいものというべきである。
 以上によれば、控訴人の上記主張は、いずれの意味においても採用することができない。
 2 結論
 以上の次第で、被控訴人らには本件改定の効力は及ばないことになるから、控訴人は、本件改定に基づいて実際に減額された部分(前提事実(5))につき、被控訴人らに対する支払義務を免れない。
 そうすると、平成15年及び平成16年の各年について、原判決別紙3「賃金カット計算書」中、「施設計算」の「賃金カット総額」欄記載の限度で被控訴人らの各請求をいずれも認容した原判決は正当であり、また、当審において請求の拡張(なお、被控訴人丙山花子については、さらに請求の減縮)をし、平成17年1月分から平成18年1月分までについて、別紙「賃金カット計算書」中、「施設計算」の「賃金カット総額」欄記載のとおり請求する被控訴人らの各請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきである。したがって、控訴人の控訴は理由がないが、被控訴人らの附帯控訴は理由があることになる。