全 情 報

ID番号 : 08500
事件名 : 遺族補償不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 立川労基署長(日本光研工業)事件
争点 : 危険物運搬作業中の急性心筋梗塞による死亡につき、遺族補償年金不支給の取消しを求めた事案(遺族勝訴)
事案概要 : パール顔料などを製造する会社の課長が、消防署の立入り検査に対応するため危険物を保管庫に運搬作業中に急性心筋梗塞により死亡したことにつき、遺族から支払請求された遺族補償年金を不支給処分とした労基署長に対し、遺族が処分の取消しを求めた事案である。
 東京地裁は、死亡当日に行った危険物運搬作業は、急な消防署の立ち入り検査に対応するという「異常な出来事」に直面した大きな精神的負荷の下に行われた、日常業務とは異なる重負荷の作業であり、それ自体著しく血管病変などを増悪させるような急激な血圧変動や血管収縮を引き起こしうるし、一方、同人は軽症ないし中等症の高血圧症及び動脈硬化の基礎疾患があり、また喫煙習慣があったものの、死亡当日の時点で自然的経過から直ちに心筋梗塞を発症するような状態にはなかったとして、死亡に業務起因性が認められると認定し不支給処分を取り消した。
参照法条 : 労働基準法79条
労働基準法施行規則35条
労働基準法施行規則別表1の2
労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2006年7月10日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16行(ウ)446
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 時報1946号157頁/タイムズ1232号252頁/労働判例922号42頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 (1) 業務起因性の判断基準
 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法七条一項一号)、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和五一年一一月一二日第二小法廷判決・判例時報八三七号三四頁参照)。
 また、労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成八年一月二三日第三小法廷判決・判例時報一五五七号五八頁、最高裁平成八年三月五日第三小法廷判決・判例時報一五六四号一三七頁)。
 ところで、本件で問題となっている虚血性心臓疾患は、前記前提事実(2)イのとおり、基礎となる病変が、日常生活上の種々の要因により、徐々に進行・増悪して発症に至るのが通常であるが、他方で、業務による過重負荷が加わると、急激な血圧変動や血管収縮等を引き起こし、発症の基礎となる血管病変等が自然の経過を超えて著しく増悪して発症する場合もあるとされているところである。そうだとすると、過重な業務によって、著しく血管病変等を増悪させるような急激な血圧変動や血管収縮が引き起こされた結果、基礎疾患の自然的経過を超えて虚血性心臓疾患を発症したと認められる場合に、当該心臓疾患の発症が、業務に内在する危険が現実化したものと評価し、業務起因性を認めるのが相当である。これを本件に則し換言するならば、太郎は、直ちに心筋梗塞を発症するような状態になく、本件作業に従事しなければ相当期間にわたり生きることができたのに、本件作業に従事したことにより既存の基礎疾患を急激に増悪させて心筋梗塞を発症したものというのか、それとも、太郎は、いつ心筋梗塞を発症してもおかしくない状態にあり、本件作業後に発症したのは偶然でしかないというのかによって決定されることになる。すなわち、前者であれば業務起因性が肯定され、後者であれば否定される。本件はいずれであるのかについて、以下検討を進めることにする。〔中略〕
 (ウ) 小括
 以上みてきたとおり、本件作業は、「異常な出来事」に直面した大きな精神的負荷の下に行われた、日常業務とは異なる重負荷の作業であり、それ自体、著しく血管病変等を増悪させるような急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし得る業務であったと認めることができる。すなわち、太郎は、本件当日、直ちに心筋梗塞を発症するような状態にはなく、本件査察の連絡を受け、本件作業に従事しなければ相当期間にわたり生きることができたのに、本件作業に従事したことにより既存の基礎疾患を急激に増悪させた結果、心筋梗塞を発症したものというのが相当である。〔中略〕
 エ 小括
 以上の検討結果によれば、太郎は本件当日当時軽症ないし中等症の高血圧症及び左右冠状動脈の動脈硬化という基礎疾患を有するとともに、喫煙習慣があったことが認められるものの、本件当日当時かかる基礎疾患等が自然的経過の中で心筋梗塞を発症するほどの進行状態にあったということは困難である。むしろ、太郎は、本件当日の消防署の査察による精神的負荷の下において行われた本件作業が、著しく血管病変等を増悪させるような急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし得る業務であったことにより、太郎の冠状動脈内において粥腫の破綻あるいはスパズムによる冠状動脈閉塞を引き起こし、前記基礎疾患等の自然的経過を超えて心筋梗塞を発症させたものとみるのが相当である。すなわち、太郎は、本件当日、直ちに心筋梗塞を発症するような状態にはなく、消防署から本件査察の連絡を受け、本件作業に従事しなければ相当期間にわたり生きることができたのに、本件作業等に従事したことにより既存の基礎疾患を急激に増悪させ、その結果、心筋梗塞を発症したものと認めるのが相当である。よって、本件においては業務起因性があるというべきである。
 三 結論
 以上によれば、太郎の死亡が業務に起因するものではないことを前提にして行われた本件処分は違法であり、その取消しを求める原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、主文のとおり判決する。