全 情 報

ID番号 : 08503
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 千代田ビル管財事件
争点 : 2つの雇用契約の下にいた元清掃会社従業員が、時間外割増しと深夜割増しを求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 元清掃会社従業員が、会社と同時に交わしていた2つの雇用契約は一体として考えるべきであり、夜勤契約(時給)の労働時間は先に締結されていた深夜契約(日給)からみて時間外労働であるとして時間外割増しの差額を求め、また深夜契約(日給)の深夜割増しが支払われていないとしてその差額を求めた事案である。
 東京地裁は、両契約は別個の契約であるとしながらも、当事者を同じくしていること、就労場所が同じであること、また就業は続けて従事していたことなどに照らし、夜勤契約(時給)は深夜契約(日給)の早出残業と位置づけるのが相当であるとした。そのうえで、夜勤部分(時給)の賃金中には割増し部分が含まれていることを認め、日給契約の給与には深夜割増賃金も含まれているとして棄却した。
参照法条 : 労働基準法38条の2第1項
労働基準法36条
労働基準法37条
体系項目 : 労働契約(民事)/同一当事者による複数の労働契約/同一当事者による複数の労働契約
労働時間(民事)/法内残業/割増手当
裁判年月日 : 2006年7月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)19115
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1951号164頁/タイムズ1235号189頁/労働判例923号25頁/労経速報1949号3頁
審級関係 :  
評釈論文 : 原昌登・ジュリスト1336号137~140頁2007年6月15日
判決理由 : 〔労働契約-同一当事者による複数の労働契約-同一当事者による複数の労働契約〕
〔労働時間-法内残業-割増手当〕
 (3) 当裁判所の判断
 ア 前記(2)の前提事実等を踏まえ、本件清掃夜勤契約が、後に本件清掃日勤(深夜)契約が締結されたことにより、どのような影響を受けたのかについて検討することにする。この点に関し、原告は、両契約の当事者が同一で、しかも就労場所も同一であることから、時間外賃金、深夜割増賃金の請求権の存否を考えるに当たっては、両契約を統一的に、いわば一つの契約として考えるべきであると主張しているように思われる。確かに、両契約の当事者は同一である。しかし、賃金額及びその定め方は、労働契約の本質的要素の一つであるところ、前記(2)エ、オによれば、本件清掃夜勤契約は時給であるのに対し、本件清掃日勤(深夜)契約は日給であり、しかも、両者の額は異なり、それぞれ幾らかは被告が原告に対し毎月交付する支給明細書から分かるようになっていることが認められる。のみならず、前記(2)エによれば、本件清掃夜勤契約はパートタイマーの契約であり、本件清掃日勤(深夜)契約は正社員の契約であるという差異があることが認められる。これら、両契約には契約の本質的要素に差異があること等を考えると、両契約は、あくまで別個の契約と解するのが相当である。
 イ 上記アのように解すると、本件清掃日勤(深夜)契約締結後、本件清掃夜勤契約において約定されていた交通費、皆勤手当が支払われなくなった点をどのように解するのかが問題となる。この点については、両契約の当事者が同一であることにかんがみ、本件清掃日勤(深夜)契約で交通費、皆勤手当が支払われるようになった以上、いわば二重払になるとの考慮から、本件清掃夜勤契約においては支払わなくてもよいとの合意が成立したものと解するのが相当である。
 ウ それでは、本件清掃夜勤契約と本件清掃日勤(深夜)契約とは全く別個で、相互に無関係かというと、そのようにいうことはできない。なぜなら、前記(2)イないしエ及び弁論の全趣旨によれば、両契約は、当事者が同一、就労場所が同一(専用部分と共用部分との差はあるが)であること、両契約は勤務時間が違うだけであるという側面があること、清掃夜勤に続いて清掃日勤(深夜)の業務に従事することは事実上時間外労働しているのと変わりがないこと、本件清掃日勤(深夜)契約が正社員契約であり、本件清掃夜勤契約がパートタイマー契約であることなどが認められ、これらの諸事実に照らすと、原告は、被告の正社員として二二:〇〇から六:〇〇までの間就労義務を負っており、これに加えて、清掃夜勤として一八:〇〇から二〇:三〇までの間働くのは、本件清掃日勤(深夜)契約の時間外労働、換言すれば早出残業をしていると位置づけるのが相当である。以上のように解するのが、労基法三八条の二第一項の法の趣旨にも合致すると考えられる。〔中略〕
〔労働時間-法内残業-割増手当〕
 (2) ところで、被告は、原告との間で本件清掃日勤(深夜)契約を締結し、同契約書に二二:〇〇から六:〇〇までの間の就労の対価として基本給四五〇〇円、職務手当三〇〇〇円を支払うことを明記しており、当該賃金額は深夜割増賃金を含んだ額であると主張し、原告はこれを否認するので、以下、この点について検討する。
 《証拠略》によれば、原告は、二二:〇〇から六:〇〇までの間の就労の対価として七五〇〇円(四五〇〇円+三〇〇〇円=七五〇〇円)が支払われることを理解したうえで本件清掃日勤(深夜)契約を締結したことが認められる。そうだとすると、特段の事情がない限り、前記七五〇〇円の中に深夜割増賃金は含まれていると解するのが相当である。なぜなら、契約の当事者の認識として、使用者側としては、七五〇〇円に加え深夜割増賃金を支払う意思はないであろうし、労働者側としても、七五〇〇円に加え深夜割増賃金がもらえるものと思って契約することは通常はないからである。このことは、原告が退職するまでの間、原告は被告に対し深夜割増賃金の支払を請求したことがないし、被告も原告に対し前記七五〇〇円に加え、深夜割増賃金を支払おうとしたことはなかったこと(弁論の全趣旨により認められる)からも明らかである。そして、本件全証拠を検討するも、前記七五〇〇円の中に深夜割増賃金は含まれていないことを窺わせる特段の事情は認められない。
 以上によれば、本件清掃日勤(深夜)契約の一日の賃金である七五〇〇円の中に、二二:〇〇から五:〇〇までの間の労働についての深夜割増賃金が入っていると解するのが相当である。
 (3) 原告は、前記七五〇〇円の中に深夜割増賃金が入っているとなると、本件清掃日勤(深夜)契約に基づく賃金の定めは、深夜労働である二二:〇〇から五:〇〇までの間と、五:〇〇から六:〇〇までの間との賃金部分の峻別ができず、労基法三七条に違反する無効なものであり、被告は、同条及び同法施行規則一九条の規定に従った額の深夜割増賃金を支払わねばならないと主張する。そこで、以下、前記原告の主張の当否について検討する。
 《証拠略》によれば、本件清掃日勤(深夜)契約では、二二:〇〇から六:〇〇までの間就業することになっているところ、休憩時間を五:〇〇から六:〇〇の間にとることはなく、深夜労働対象時間内にとっていることが認められる。そうだとすると、本件清掃日勤(深夜)契約の深夜労働時間は六時間であり、それ以外の時間は一時間であると一義的に決定することができる。すなわち、一日当たりの賃金である七五〇〇円を八・五時間で除する(割る)と五:〇〇から六:〇〇までの間の賃金を算出することができ、上記金額に深夜割増額である一・二五を乗じ更に六時間を乗じることにより二二:〇〇から五:〇〇までの間(実働時間六時間)の賃金を算出することができる。
 以上によれば、原告と被告間の清掃日勤(深夜)契約に基づく賃金の定め方は、深夜労働部分の賃金とそれ以外の賃金との峻別が可能というべきであり、この点の前記原告の主張は理由がないということになる。