全 情 報

ID番号 : 08510
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : ファーストリテイリング(ユニクロ店舗)事件
争点 : PTSDに罹患した衣料品店従業員が、上司の暴力などによるとして損害賠償を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 上司の暴力やその後の労災申請手続などにおける不当な対応をきっかけとして心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったなどとして、カジュアル衣料品チェーン店の店長代行が、会社と元上司を相手取り、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
 名古屋地裁は、(1)衣料販売店の店長が仕事上のミスを指摘されたことから、店長代理であった労働者の肩をつかんで壁に打ち付けるなどの暴行を加えたこと、(2)右労働者の休業中に、給与支払や社会保険の手続などの処理を担当していた管理部長が、当該労働者に「ぶち殺そうかお前」などと発言したことを認定し、それらの行為と労働者が妄想性障害にり患したこととの間には相当因果関係があるとして、加害者である店長らの損害賠償責任と会社の使用者責任を認めた。しかし、妄想性障害の発症と持続には本人の性格的傾向の影響が大きいとして、損害額(治療費・休業損害・慰謝料)の6割を減額した。
参照法条 : 民法709条
民法715条
民法719条
民法722条2項
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 : 2006年9月29日
裁判所名 : 名古屋地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成14(ワ)1311
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : タイムズ1247号285頁/労働判例926号5頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 (2) そこで、本件事件ないしその後の丁田の本件発言による原告の障害につき検討する。
 本件事件は故意による暴行であり、必ずしも軽微なものではないこと、被告乙山は同一店舗内で働く原告の直属の上司であり、被告乙山は日頃から原告を一人前にするため厳しく接していたことからすれば、本件事件がPTSDにおける外傷的出来事に該当することは直ちに否定できず、また、原告は、太田医師ないし廣江医師に対し、フラッシュバックが生じている旨何度も話している。
 しかし、その具体的内容は「(殴られたときのことを思い出すか、との問いに対し)会社に行くと思い出す。イメージとして連想するものとあうとフラッシュバック」、「(殴られたときのことを思い出すことはあるか、との問いに対し)そういうこともある。何か恐怖感、追い込まれた感じ」、「フラッシュバックは会社と連絡をとると出る。外傷の時の場面というかその時の恐怖感が出てくる。頭痛がひどくなる。店舗に行くとイメージが出てきますね。」などというものであり、本件事件ないし被告会社それ自体に対する忌避感、不安感ないし嫌悪感から生じた反応ではあるかもしれないが、暴行が再現されているような現実感を伴う再体験症状に該当するとは認め難いし、休職に関する手続のためとはいえ、原告は、被告会社と長期間にわたり交渉を続けていたほか、ユニクロ店舗にも度々訪れており、本件事件それ自体を想起させる会話を意図的に避ける等の症状も認め難い。
 その一方で、原告は、本件事件後、以前見られなかった頭痛、吐き気、蕁麻疹等を呈しているほか、被告会社担当者との折衝を通じて、被告会社に対する忌避感、不安感、嫌悪感を抱くようになっており、被告会社からの書面を見たり、本件発言を受けた際、蕁麻疹等を呈して救急車で搬送されるなど、その程度は過剰といっても妨げないまでに達している。
 これらからすれば、原告が本件事件ないしその後の丁田の本件発言によりPTSDに罹患したとは認め難いが、原告は、几帳面で気が強く、正義感が強く不正を見過ごすことができず、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格傾向を有していたところ、その原告が、日頃から厳しくあたられていた被告乙山から暴行を受けたこと、その後の休職に関する被告会社担当者との折衝のもつれを通じ、担当者ひいては被告会社自体に対して、次第に、忌避感、不安感、嫌悪感を感じるようになり、丁田による「ぶち殺そうかお前。」などという本件発言を受けたこと、本訴訟の提起により被告会社との対立関係が鮮明化し、また、調査会社による行動調査を受けたことなどが相まって、被告会社が原告に危害を加えようとしているという類の被害妄想を焦点とする妄想性障害に罹患し、今日までその症状を維持、増減させてきたものと認めるのが相当である。
 そして、妄想性障害は、常に本人の特徴的な病前性格が論じられており、被害妄想を特徴とする場合、他人との関係に特に敏感であったり、正義感などの主張が強いといった特徴が指摘されるほか、その生涯罹病危険率は0.05パーセントから0.1パーセントの間と推測される非常にまれな疾患であるとされるところ(上記4(1)イの認定事実)、原告の障害の発生及び維持には、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格的傾向が不可欠の素地となり、その後の被告会社担当者との折衝のもつれもこの性格的傾向が相当程度影響を及ぼしているとはいえるが、本件事件が原告の妄想性障害発症の端緒となっており、丁田による本件発言も当時の被告会社担当者との折衝状況と相まって、その症状に影響を及ぼしたことは否定し難く、本件事件及び本件発言と原告の障害との間には相当因果関係があるというべきである。
 妄想性障害の予後は様々であり、被害型においては、障害は慢性的であるが、妄想的確信へのとらわれがしばしば強くなったり弱くなったりする、他の例では、完全寛解の期間があった後に再発が続くこともあれば、疾患が数か月のうちに寛解し、再発を認めないこともしばしばあるとされる一方、被害型が発症の誘因となった出来事やストレス因子と関連している場合は予後がよいかもしれない、妄想性障害の予後はかつて考えられていたよりもよく半数程度は治療可能である、妄想性障害は、基本的に妄想対象以外に関する思考、行動については目立った症状を示さないことが多いので、妄想が消失するか、実生活に支障にならない程度に軽快すれば、労働能力は本件事件前と同程度に回復する可能性があるとの指摘もあるところ(上記4(1)イの認定事実)、鑑定では、原告については、未だ病状が不安定であり、妄想による不安が活発である、今後の治療によってどの程度妄想や社会機能が改善されるのか、どの程度の症状が固定されたまま残るのか、労働能力がどの程度回復するのかを予測することは不可能である、精神医療の専門家の助言の下に、ユニクロ側からも安心の保証が与えられることが望ましく、今後の治療の成否、原告の労働能力の改善は、このような安心感の保証がどの程度に得られるかに依拠しているところが大きいとしつつも、原告の場合、発症の原因が明確である、発症が若年である、病前の適応がよい、精神科治療に通い続けているという治療に有利な点があること、抗精神病薬を主剤として積極的に増量する余地がある、妄想性障害に関する治療対応が集中的に行われたと仮定すれば、治癒する率は50パーセント程度であり、病状の改善に1年、病前の労働能力の回復までにさらに1年程度が見込まれるとされている。〔中略〕
 5 責任原因
 以上によれば、妄想性障害に起因する原告の損害は、それぞれ独立する不法行為である本件事件における被告乙山の暴行とその後の丁田の本件発言が順次競合したものといい得るから、かかる2個の不法行為は民法719条所定の共同不法行為に当たると解される。
 したがって、被告乙山は、本件発言以降の原告の損害についても丁田と連帯して責任を負うから、民法709条、719条に基づき、本件事件及び本件発言によって原告が被った損害の全部について賠償責任を負う。
 また、被告会社は、被告乙山及び丁田の使用者であり、本件事件及び本件発言はその事業の執行に付き行われたものであると認められるから、715条、719条に基づき、本件事件及び本件発言によって原告が被った損害の全部について賠償責任を負う。
 6 損害額〔中略〕
 (5) 素因減額
 加害行為と発生した損害との間に因果関係が認められる場合であっても、その損害が加害行為によって通常生じる程度や範囲を超えるものであり、かつ、その損害の拡大について被害者側の心因的要素等が寄与している場合には、損害の公平な分担の見地から、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、損害の拡大に寄与した被害者側の過失を斟酌することが相当であると解される。