全 情 報

ID番号 : 08513
事件名 : 労働契約上の地位確認等請求、民訴法260条2項の申立て事件
いわゆる事件名 : ネスレ日本(懲戒解雇)事件
争点 : 暴行事件から7年以上経過後の懲戒処分(論旨退職・懲戒解雇)は権利の濫用にあたり無効とされた事案(使用者敗訴)
事案概要 : X2が自らの欠勤を有給休暇に振り替えるよう求めたのにその上司Tがこれを認めず賃金カットされたことから、X2の属する支部組合が抗議行動を起こすとともに、その過程でX1、X2ら支部組合員がTに暴行を加える事件が発生した。Tが刑事告発したものの概ね6年後に不起訴処分とされたことから、Y社は7年以上経過後に、X1、X2に論旨退職処分を通告した。しかし、X1、X2は、期限日までに退職願を提出しなかったことから、就業規則所定の懲戒事由に当たるとして懲戒解雇処分とした。
 これに対し、X1、X2が、従業員としての地位確認と、X1の懲戒解雇日以降の給与等の支払を求めて仮処分を申し立て、これを認容した仮処分決定に対してYが提訴した本訴の上告審である。
 水戸地裁竜ヶ崎支部は、懲戒解雇処分は権利の濫用に当たるとしたが、東京高裁は「警察等の捜査結果を待っての処分」とするY社の主張に合理性を認め、権利の濫用及び信義則違反には当たらないとして一審判決を取り消した。
 最高裁は、7年以上経過した処分時点において、懲戒処分は企業秩序維持の観点から客観的に合理的な理由を欠いているとして原判決を破棄し、Y社の控訴を棄却し、本件論旨退職処分・懲戒解雇処分とも無効とするとともに、X1の申立てを認容した。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/暴力・暴行・暴言
解雇(民事)/解雇権の濫用/解雇権の濫用
裁判年月日 : 2006年10月6日
裁判所名 : 最高二小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16受918
裁判結果 : 破棄自判(確定)
出典 : 時報1954号151頁/タイムズ1228号128頁/裁判所時報1421号17頁/労働判例925号11頁/労経速報1958号3頁
審級関係 : 控訴審/東京高/平16. 2.25/平成14年(ネ)5738号
一審/08067/水戸地龍ケ崎支/平14.10.11/平成13年(ワ)136号
評釈論文 : 菊池高志・法律時報80巻1号118~121頁2008年1月古川景一・季刊労働者の権利268号64~74頁2007年1月後藤真孝・産大法学〔京都産業大学〕40巻3・4号195~209頁2007年3月三井正信・民商法雑誌136巻3号79~83頁2007年6月小早川真理・労働法律旬報1655号44~50頁2007年9月10日川口美貴・季刊労働法216号179~191頁2007年3月中窪裕也・NBL846号70~75頁2006年12月1日長谷川聡・労働法学研究会報58巻10号22~27頁2007年5月15日土田道夫・労働判例930号5~12頁2007年4月15日藤原淳美・日本労働法学会誌109号139~148頁2007年5月名古道功・判例評論584〔判例時報1974〕214~217頁2007年10月1日毛塚勝利・平成18年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1332〕229~231頁2007年4月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
〔解雇-解雇権の濫用-解雇権の濫用〕
 使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。
 前記事実関係によれば、本件諭旨退職処分は本件各事件から7年以上が経過した後にされたものであるところ、被上告人においては、A課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について警察及び検察庁に被害届や告訴状を提出していたことからこれらの捜査の結果を待って処分を検討することとしたというのである。しかしながら、本件各事件は職場で就業時間中に管理職に対して行われた暴行事件であり、被害者である管理職以外にも目撃者が存在したのであるから、上記の捜査の結果を待たずとも被上告人において上告人らに対する処分を決めることは十分に可能であったものと考えられ、本件において上記のように長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見いだし難い。しかも、使用者が従業員の非違行為について捜査の結果を待ってその処分を検討することとした場合においてその捜査の結果が不起訴処分となったときには、使用者においても懲戒解雇処分のような重い懲戒処分は行わないこととするのが通常の対応と考えられるところ、上記の捜査の結果が不起訴処分となったにもかかわらず、被上告人が上告人らに対し実質的には懲戒解雇処分に等しい本件諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことは、その対応に一貫性を欠くものといわざるを得ない。
 また、本件諭旨退職処分は本件各事件以外の事実も処分理由とされているが、本件各事件以外の事実は、平成11年10月12日のA課長代理に対する暴言、業務妨害等の行為を除き、いずれも同7年7月24日以前の行為であり、仮にこれらの事実が存在するとしても、その事実があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでに長期間が経過していることは本件各事件の場合と同様である。同11年10月12日のA課長代理に対する暴言、業務妨害等の行為については、被上告人の主張によれば、同日、A課長代理がE社からの来訪者2名を案内し、霞ヶ浦工場の工場設備を説明していたところ、上告人X2が「こら、A、おい、A、でたらめA、あほんだらA。」などと大声で暴言を浴びせてA課長代理の業務を妨害し、上告人X1においてもA課長代理に対し同様の暴言を浴びせるなどしてその業務を妨害したというものであって、仮にそのような事実が存在するとしても、その一事をもって諭旨退職処分に値する行為とは直ちにいい難いものであるだけではなく、その暴言、業務妨害等の行為があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでには18か月以上が経過しているのである。これらのことからすると、本件各事件以降期間の経過とともに職場における秩序は徐々に回復したことがうかがえ、少なくとも本件諭旨退職処分がされた時点においては、企業秩序維持の観点から上告人らに対し懲戒解雇処分ないし諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況にはなかったものということができる。
 以上の諸点にかんがみると、本件各事件から7年以上経過した後にされた本件諭旨退職処分は、原審が事実を確定していない本件各事件以外の懲戒解雇事由について被上告人が主張するとおりの事実が存在すると仮定しても、処分時点において企業秩序維持の観点からそのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、社会通念上相当なものとして是認することはできない。そうすると、本件諭旨退職処分は権利の濫用として無効というべきであり、本件諭旨退職処分による懲戒解雇はその効力を生じないというべきである。