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ID番号 : 08515
事件名 : 公務外認定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 :
争点 : 重症心身障害者病棟勤務の看護師の疾病発症を公務外認定した処分の取消しを求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 重症心身障害者の成人病棟に勤務する看護師が、過重な公務による過労・ストレスにより全身性エリテマトーデスを発症したとして公務災害の認定を求めた件につき、公務外の災害と認定した地方公務員災害補償基金の処分の取消しを求めた事案である。
 第一審の東京地裁は、公務による過労やストレスが発症の因子となっていたことを肯定し得るとしても、公務が相対的に有力な原因となっているとまでは認められず、全身性エリテマトーデス発症と公務との間に相当因果関係を認めることはできないとして、請求を棄却した。原告は控訴した。
 控訴審東京高裁は、環境的因子、勤務期間、業務の負荷等の事実を検討し、全身性エリテマトーデスの発症に関し過重な公務により発症に至ったと認めるには足りず、また遺伝的素因が当該疾病を発症させる寸前にまで増悪していなかったとも推認できない以上、相当因果関係が認められないとして、控訴を棄却した。
参照法条 : 地方公務員災害補償法1条
地方公務員災害補償法26条
地方公務員災害補償法28条
地方公務員災害補償法29条
地方公務員災害補償法45条
体系項目 : 労働時間(民事)/労働時間の概念/体操
労働時間(民事)/労働時間の概念/タイムカードと始終業時刻
裁判年月日 : 2006年10月11日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(コ)289
裁判結果 : 控訴棄却(上告・上告受理申立て)
出典 : 時報1955号156頁/タイムズ1239号235頁
審級関係 : 一審/東京地/平17.10.13/平成14年(行ウ)331号
評釈論文 : 石田眞・判例評論585〔判例時報1978〕213~218頁2007年11月1日
判決理由 : 〔労働時間-労働時間の概念-体操〕
〔労働時間-労働時間の概念-タイムカードと始終業時刻〕
 (3) 以上のとおり、本件疾病の発症に関しては、看護婦となる以前に既に長年にわたり様々な環境的因子の作用の蓄積があったものと推認され、看護婦としての勤務開始の前後を含め、他に様々な発症原因となり得る環境的因子の介在が考えられる上、発症前の看護婦としての勤務歴は約一年半と短く、その間の公務も前示のとおり特に負荷の重いものと認めることができない以上、訴訟上の因果関係の立証が自然科学的証明ではなく経験則上の高度の蓋然性の証明であることを前提とした上で本件の全証拠によっても、控訴人の遺伝的素因が過重な公務による身体的負荷及び精神的ストレスによって自然の経過を超えて増悪して発症に至ったものと認めるには足りず、したがって、本件疾病の発症は公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと評価することはできないというべきである。
 本件においては、前記一(原判決一(10)。同九頁及び一〇頁参照)の本件疾病の特性及び前示の諸事情に照らすと、昭和六三年一〇月ないし一二月ころの時点において、控訴人の遺伝的素因が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により本件疾病を発症させる寸前にまで増悪していなかったと推認するには足りず、むしろ、控訴人の遺伝的素因が、特定の確たる発症因子がなくてもその自然の経過(様々な環境的因子の長年にわたる蓄積と複合的な作用)により本件疾病を発症させる寸前にまで増悪していたと推認する方が事実経過に即しているというべきである。控訴人は、当審において提出した意見書(甲三四)の中で、本件疾病の発症につき、女性ホルモンを除く公務以外の環境的因子の作用の蓋然性を全面的に否定する旨の意見を述べているが、これをもって上記の可能性を否定するに足りるものということはできない。
 なお、前記(2)のとおり、控訴人は、昭和六三年一〇月一七日に膝に激痛を覚えたものの、医師の診察も受けないまま間もなく痛みは軽減し、同月一九日には遠足に行き、その後は膝の痛みを感じていないというのであるから、その膝の痛みを覚えた時点で直ちに公務への従事を停止すべき状態にあったとも認めることができないのであって、その後も引き続き公務に従事し続けたこと及びその後に本件疾病の発症に至ったことをもって、公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものとみることもできないというべきである。
 四 控訴人は、当審において、控訴人の公務と本件疾病の発症との間の相当因果関係について、〔1〕ストレスによるカテコーラミンの増加は、急激な血圧変動や血管収縮等を引き起こして狭心症等の脳心臓疾患を発症・増悪させるのみならず、活発な自己免疫反応を起こす場合もあり、後者の場合には、自己免疫疾患の一つとして全身性エリテマトーデスが発症するのであり、このように脳心臓疾患と全身性エリテマトーデスとは共通の機序を有している以上、脳心臓疾患を発症させる程度の過重な公務があればこれによって自己免疫疾患が発症すると認められるのであって、〔2〕控訴人の主治医の意見書(乙七の一五)は、上記〔1〕の機序を踏まえ、控訴人の公務が本件疾病の発症の引き金となったことを認めており、本件訴訟における上記主治医の意見書(甲二五)はこの趣旨を更に敷衍して説明しているところ、本件において、控訴人を実際に診療した上でのこれを覆すに足りる特段の証拠は存しない旨主張する。
 まず、ストレスによるカテコーラミン(文献によってはカテコラミン又はカテコールアミンとも表記される。)の増加が自己免疫反応を引き起こして全身性エリテマトーデスを発症させるとの見解は、控訴人の主治医が述べているものである(甲二五、乙七の一五参照)が、ストレスによるカテコーラミンの分泌が免疫機能の低下の一つの因子となる可能性に言及する医学文献がある一方で、そのような見解を示さないものも多く、前記一(原判決一(10)。同九頁及び一〇頁参照)のとおり、ストレスが全身性エリテマトーデスの発症因子となり得るとする見解自体の科学的根拠等に懐疑的な指摘もあるなど、全身性エリテマトーデス発症の機序とストレスとの関係等についていまだ十分に解明されていない現状の下では、控訴人の主治医の上記見解をもって直ちに本件疾病の発症の科学的な機序を認定し得るものではない。
 また、控訴人の主治医は、公務による身体的・精神的なストレスが本件疾病の発症の原因となったと考える旨の意見を述べる(甲二五、乙七の一五参照)が、上記のとおり、全身性エリテマトーデス発症の機序とストレスとの関係等についていまだ十分に解明されていない現状の下で、同主治医の上記見解によっては、本件疾病の発症の科学的な機序を認定し得るものではなく、控訴人に係る公務の過重性及び他の様々な発症因子の作用の可能性に関する前示の認定を前提とすると、前記三のとおり、本件疾病の公務起因性を肯認することはできないといわざるを得ない。
 したがって、本件疾病の公務起因性の有無に関する前示の判断は、上記主張及びこれに沿う証拠を勘案しても、左右されるものではない。
 五 以上によれば、本件疾病と控訴人の公務との間に相当因果関係を認めることはできないから、被控訴人が控訴人に対してした本件の公務外認定処分に所論の違法はない。