全 情 報

ID番号 : 08532
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 日本海員掖済会(化学物質過敏症)事件
争点 : 化学物質過敏症に罹患した看護師が安全配慮義務違反を理由として損害賠償を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 病院に勤務していた看護師が、検査器具を洗浄する際に使用する消毒液に含まれる化学物質(グルタルアルデヒド)の影響で化学物質過敏症に罹患したとして、病院を経営する法人に対し、安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求した事案である。
 大阪地裁は、当時、罹患の認識・予見は困難であったとしながらも、容易に原因を除去し軽減する措置を採ることができるときは、そのような措置義務があるというべきであり、特段の措置を講じていない場合は義務に違反したというべきであると規準を示し、本件では防護マスクやゴーグルの着用を指示することは極めて容易であり、そうしていれば症状は相当程度軽減していた可能性が高く、結局義務違反があったとして、安全配慮義務違反を認めた。
参照法条 : 民法415条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年12月25日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)6715
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1965号102頁/タイムズ1238号229頁/労働判例936号21頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 (1) 使用者は、雇用契約上の付随義務として、労働者に対し、使用者が業務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は労働者が使用者の指示のもとに遂行する業務の管理に当たって、労働者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている。
 そこで、前記認定事実に照らして、被告の安全配慮義務違反について検討する(原告及び被告は、予見可能性と結果回避義務違反に分けて主張するが、本件においては両者を峻別することは相当ではないので、以下では両者を合わせて検討する。)。〔中略〕
 以上の事実経過からすると、平成七年ころからグルタルアルデヒドの医療従事者に対する危険性が具体的に指摘されており、原告が被告病院検査科に配置されていた当時、医療従事者がグルタルアルデヒドの蒸気により眼、鼻などの刺激症状という副作用が生じることが認識されていたということができる。
 そして、原告は、平成一〇年六月二日に当時被告病院の衛生管理者であった山田医師に対し、鼻粘膜と咽頭粘膜の刺激を訴え、同医師よりステリハイド吸入による刺激が考えられる旨診断され、その後も咽頭痛が継続し、被告病院において診察・治療を受けていたのであるから、長時間グルタルアルデヒドを吸入する可能性のある透視室に勤務していた原告の業務内容からすると、被告において、原告の刺激症状が透視室内での洗浄消毒作業に起因するものと認識することは十分に可能であったということができる。〔中略〕
 (5) 被告は、当時のグルタルアルデヒドの暴露による危険性についての認識からすると、防護マスクやゴーグルの着用については看護師の自主性に委ねるとの対応は極めて常識的なものであった旨主張する。
 確かに、当時グルタルアルデヒドの暴露により化学物質過敏症に罹患するとの認識がなかったことは前記のとおりであるが、現に原告がグルタルアルデヒドの吸入により刺激症状を起こした疑いが相当程度あったのであるから、他の看護師に対してはともかく、原告に対しては防護マスクやゴーグルの着用を指示すべきであったということができ、何らの指示をしなかったことは使用者として適切さを欠き、安全配慮義務に違反するというべきである。