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ID番号 : 08542
事件名 : 賃金請求控訴、附帯控訴事件
いわゆる事件名 : 社会福祉法人八雲会事件
争点 : 社会福祉法人の給与規程改定が不利益変更に当たるかと不利益変更であった場合の相当性の存否が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 特養老人ホームAの職員、元職員X1らが、4回に及ぶ給与規程の改定は就業規則の不利益変更に当たり無効で、また、改定規定の一部遡及適用は許されないとして、改定前賃金額と実支給額との差額等の支払いを求めた事案の控訴審である。
 第一審函館地裁は、X6を除き規程改定の不利益性を認めたが、その合理性については人件費削減という高度の必要性があり、国家公務員に準じて増額改定を受け入れてきたX1らは減額も受け入れるべきで、改定には社会的相当性があるとした。また、賃金請求権等既得権を不利益に変更し、その遡及適用を定めた就業規則の規定は、労使関係での法的規範性を是認できるだけの合理性はないとした。第二審札幌高裁は、〔1〕本件各改定によりX1らが被った不利益は実質的に見てさほど大きいものとはいえないし、定期昇給を毎年実施していることによって給与規定の改定に伴うX1らの不利益はある程度回復されていると評価できること、〔2〕「高度の必要性」要件のうち、必要性が「高度」かどうかは法人の種類、規則変更を必要とした経緯、変更しなかった場合の予想結果等により判断される相対的な概念であり、控訴人が主張するように、事業存続が危ぶまれたり経営危機により雇用調整が予想されるなどの切羽詰まったような場合に限定されるわけではなく、長期的視野に立って「高度の必要性」を考慮することも許されるべきとしてYの「高度」の必要性を認め、一審判決を基本的に維持した。
参照法条 : 労働基準法89条
労働基準法90条
民法415条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生時期・根拠
就業規則(民事)/就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立/就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立
就業規則(民事)/就業規則の周知/就業規則の周知
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
裁判年月日 : 2007年3月23日
裁判所名 : 札幌高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)90
裁判結果 : 各棄却(確定)
出典 : 労働判例939号12頁/労経速報1969号17頁
審級関係 : 一審/函館地/平18. 3. 2/平成16年(ワ)61号
評釈論文 : 香川孝三・ジュリスト1348号249~252頁2008年1月1日小宮文人・法学セミナー53巻3号117頁2008年3月
判決理由 : 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
〔就業規則-就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立-就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立〕
 (2) 前記認定事実によれば、平成13年度改定は、期末手当の支給割合を引き下げ、平成14年度改定及び平成15年度改定は月例給、配偶者に係る扶養手当及び期末手当の支給額、支給割合を引き下げるものであるから、上記各改定はいずれも控訴人らの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むものであると言えるいえる(ママ)。また、平成16年度改定は、寒冷地手当の支給基準を変更し、その結果、控訴人Fを除くその余の控訴人らに対する寒冷地手当の支給額を引き下げるものであるから、同控訴人らの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むものであるといえる。〔中略〕
 なお、被控訴人は、平成14年度から平成17年度にかけて行った定期昇給により、控訴人らの賃金は不利益に変更されていないと主張するが、就業規則の変更が労働者にとって不利益であるかどうかは、当該就業規則の変更前の内容と変更後の内容を比較すべきであり、かつ、それをもって足りるのであって、被控訴人主張の定期昇給の事実は、不利益性の程度を考慮する際の判断要素にすぎないというべきである。この点の被控訴人の主張は採用できない。〔中略〕
 しかしながら、農業協同組合の合併に伴う退職給与規程の不利益変更が有効とされた事例である最高裁昭和60年(オ)第104号昭和63年2月16日第三小法廷判決の判旨に従えば、合理性があるというためには、就業規則の変更による不利益に対する見返りないし代償措置が常に用意されている必要はないと解されるところ(同判決の判例解説参照)、代償措置がない場合であっても、その後の控訴人らの賃金がどのように扱われ、控訴人らの賃金が、平成12年度規程の適用される場合と比べ、減額されているのか増額されているのかは合理性を判断する場合の一要素であるということができる。上記控訴人らの主張は採用できない。
 オ このような事情を考慮すると、本件各改定により控訴人らが被った不利益は、実質的に見てさほど大きいものとはいえないし、被控訴人において、控訴人らに対する定期昇給を毎年実施していることによって、本件各改定に伴う控訴人らの不利益は、俸給表の上限の給与を受領しているためにそれ以上の昇給があり得ない控訴人Eを除けば、ある程度回復されているものと評価できる。〔中略〕
 最高裁昭和40年(オ)第145号昭和43年12月25日大法廷判決及び最高裁平成8年(オ)第1677号平成12年9月7日第一小法廷判決の判旨によれば、賃金の減額などの労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更には、「高度の必要性」が必要である。ところで、必要性が「高度」であるかどうかは、法人の種類、事業内容、就業規則の変更が必要となった経緯や背景事情、変更をしない場合に予想される結果などにより判断されるいわば相対的な概念であり、控訴人らが主張するように、事業の存続が危ぶまれたり、経営危機により雇用調整が予想されるなどの切羽詰まったような場合に限定されるわけではなく、長期的な視野に基づき「高度の必要性」を考慮することも許されるものというべきである。〔中略〕
 以上によれば、公益法人である被控訴人にとっては、目先の損益や資金繰りはともかく、長期的視野に立ち、人事院勧告に準拠して人件費比率の削減を行い、第一種社会福祉事業を営む被控訴人の経営を安定させ、施設の設備を拡充し、倒産を避けるという最大の目的があったのであり、これらを総合すると、被控訴人には、就業規則を労働者にとって不利益に変更する「高度の」必要性があったというべきである。〔中略〕
 本件各改定の内容は、平成16年度改定を除き、いずれも、各年度に出された人事院勧告の内容にほぼ準拠したものであって、社会的に許容される内容であり、相当性はあるというべきである。また、平成16年度改定は、寒冷地手当の支給基準を見直して、平成9年から平成15年まで適用されていた国家公務員の寒冷地手当の支給基準と同一の内容に改定したものであり、これにより大多数の職員の寒冷地手当の支給額は減額されたものであるが、国家公務員の寒冷地手当の支給額は、平成16年の人事院勧告により、民間における支給実態に合わせて、さらに約4割も引き下げられたのであるから、平成16年度改定後の被控訴人における寒冷地手当の支給基準は、民間における支給実態と比較して相当に高いものであるといえる。
 そうすると、平成16年度規程による寒冷地手当の支給基準の改定内容は、社会的に許容される内容であり、相当性があるというべきである。〔中略〕
 翻って、平成11年度以降の人事院勧告による減額改定の趣旨は、長引く不況等により、従前は民間の方が勝っていた給与状況に逆転現象が生じ、むしろ公務員の給与が高額となっているとの時代背景をもとに、今度は、民間に比較して高額となった公務員の給与を引き下げることによって不平等を是正しようとするものである。してみると、これまで国家公務員に準じて増額改定の利益を享受してきた被控訴人の職員が、官民格差の是正の趣旨でなされた人事院勧告に準拠した平成13年度改定ないし平成15年度改定による賃金減額の不利益を甘受することについては、それ自体十分な合理性を有するものというべきであり、上記各改定の内容には、社会的な相当性があるというべきである。〔中略〕
 (11) 以上のような労使交渉の経緯、他の同種法人の職場における賃金引下げの状況等を考慮しても、前記のとおり、被控訴人としては、人件費削減のために賃金を減額する高度の必要性が存在し、他方、本件各改定により控訴人らが被る不利益の程度は必ずしも大きいものということはできず、また、被控訴人において、人事院勧告を考慮して職員の給与規程を改定することにも十分な合理性があること、本件各改定の内容も社会的に相当であることなどからすれば、本件各改定は、いずれもその変更に同意しない控訴人らに対し、これを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができる。
 したがって、本件各改定は、原則として、控訴人らにその効力を及ぼすものである。
〔就業規則-就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立-就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立〕
〔賃金-賃金請求権の発生-賃金請求権の発生時期・根拠〕
〔就業規則-就業規則の周知-就業規則の周知〕
 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約や事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されない(最高裁平成5年(オ)第650号平成8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号1008頁参照)。そして、労働者の賃金請求権等の既得の権利を不利益に変更し、これを遡及的に適用する旨を定めた就業規則の規定は、労使関係における法的規範性を是認することができるだけの合理性を認めることはできず、その効力を生じないというべきである。〔中略〕
 4 以上によれば、本件各改定のうち、平成13年度改定及び平成16年度改定はいずれも有効であり、平成14年度改定は、平成14年4月1日に遡及して適用する旨を定めた附則1条は無効であるが、その余の部分は有効であり、平成15年度改定は、附則1条ないし3条は無効であるが、その余の部分は有効である。