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ID番号 : 08555
事件名 : 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 国・池袋労基署長(フクダコーポレーション)事件
争点 : 下肢動脈急性閉塞等を発症し死亡した建築会社技術部長の妻が遺族補償等の支払を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 建築会社の技術部長が、左下肢動脈急性閉塞、S字結腸壊死を発症して死亡したことにつき、妻Xが遺族補償給付を申請したところ不支給とされたため、取消しを国に求めた事案である。 東京地裁は、本件疾病の発症が、会社業務に内在する危険が現実化したものかどうか検討し、〔1〕部長の勤務状況は、平日は午前8時30分から午後9時30分まで、土曜日は午前8時30分から午後7時まで労働していたと認められ、本件発症直前6か月間は1か月平均130時間前後の時間外労働を行っていたということができ、これを約1年4か月にわたり続けていたものと認めることができること、〔2〕部長の基礎疾患等には、高血圧による薬服用、胃潰瘍による入院等があるが、死亡前1年間に通院等はなく、また、死亡直前に顧客からのクレーム等業務上のトラブルや緊急対応を迫られるような事態はないとした。その上で、〔3〕長期にわたる長時間労働による疲労の蓄積により、血管病変等がその自然的経過を超えて著しく憎悪し、不整脈等の虚血性心疾患を発症した結果心臓由来の塞栓子を生じ、これが本件疾病を発症させたものと強く推認できるとして、業務起因性を認めた。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2007年1月22日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)256
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例939号79頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
  (1) 被災者の本件疾病発症の原因について  前記認定事実〔中略〕,証拠〔中略〕及び弁論の全趣旨によれば,被災者は左下肢動脈急性閉塞と下腸間膜動脈急性閉塞によるS状結腸壊死(本件疾病)を発症していること,このうち左下肢動脈急性閉塞は,左総腸骨動脈の形成不全があり,同部位で血流が低下した結果発症したものと考えられること,左総腸骨動脈と下腸間膜動脈という同じ腹部大動脈から分岐しているものの離れた場所で分岐している2箇所の動脈が同時に閉塞する原因としては主に塞栓症が考えられること,塞栓症は,心臓由来を主とする塞栓子によって腹部,四肢の動脈が閉塞する病態であり,虚血性心疾患を基礎疾患とする場合が著しく増加していることが認められる。これらの認定事実に照らすと,被災者は,不整脈等の虚血性心疾患が原因で心臓由来の塞栓子を生じ,これが左総腸骨動脈及び下腸間膜動脈を閉塞し,本件疾病を発症したものと推認するのが相当である。   (2) 長時間労働と急性動脈閉塞症との関連性について  認定事実〔中略〕によれば,虚血性心疾患については,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪して発症する場合があることが医学的に広く認知されていること,虚血性心疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷としては,発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる疲労の蓄積も考慮すべきであると考えられていることが認められる。そうだとすると,本件全証拠を検討するも,長時間労働と急性動脈閉塞症との関連性について言及した文献は見当たらないものの,少なくとも虚血性心疾患を基礎疾患として発症する急性動脈閉塞については,およそ長時間労働と無関係であるということは困難であり,長時間労働による疲労の蓄積により血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪して発症する場合があり得るものと解するのが相当であり〔中略〕,当該判断を覆すに足りる客観的証拠は存在しない。   (3) 被災者の本件疾病発症と業務との関係について  これを本件についてみると,前記認定事実〔中略〕によれば,確かに,被災者は,<1>平成2年ころ高血圧との診断を受け,薬を服用したことがあったこと,<2>同6年11月ころ胃潰瘍を患い入院をしたこと,<3>同7年9月ころ,左下肢疼痛を訴えていたこと,<4>20年以上にわたり1日約40本の喫煙をし,毎日飲酒をしていたことが認められる。しかし,これらの認定事実から,直ちに被災者が死亡直前に虚血性心疾患を発症するような基礎疾患,素因等を有していたと認めることは困難というべきである。かえって,前記認定事実〔中略〕によれば,被災者は,<1>平成6年7月ころから死亡するまでの約1年4か月にわたり,本件会社の技術本部長として同社のマンション建築に関する部門を束ねる重責を担っていたこと,<2>社内打合せ,現場での管理・指導等のため,1日中多忙であったこと,<3>このため死亡する前の1年4か月間は1か月平均約130時間前後の時間外労働を行っていたこと,<4>仕事が長時間に及び遠距離通勤が負担になったため単身生活をするようになり,自宅には月2回位しか帰っていなかったこと,<5>救急車を呼ぶ前に胸苦しさを訴えていたことがそれぞれ認められる。これらの各認定事実に照らすと,被災者が本件会社入社前において約24年間にわたり建築工事に従事し,二級建築士及び一級建築施工管理技師の資格を有するなど建築業務には精通していたこと〔中略〕,死亡直前に特段業務上のトラブル等はなかったこと〔中略〕を考慮してもなお,被災者には長期間にわたる長時間労働による明らかな過重負荷が加わっていたと認めるのが相当であり,このような長期間にわたる長時間労働(1年4か月にわたる1か月平均約130時間前後の時間外労働)による疲労の蓄積により,血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪し,不整脈等の虚血性心疾患を発症した結果,心臓由来の塞栓子を生じ,これが左総腸骨動脈及び下腸間膜動脈を閉塞し,本件疾病を発症したものと強く推認することができる〔中略〕。〔中略〕    ウ 前記イで認定した各事実等に照らすと,被災者の左総腸骨動脈,下腸間膜動脈閉塞の原因について,心臓由来の塞栓子を生じたことを否定し,被災者の本件疾病発症は,長時間労働とは無関係の血管炎等の何らかの理由で生じた血栓が原因と考えられ,業務に起因するものとはいえないとする前記被告の主張及びE医師,F教授の意見書は合理的,客観的な裏付けを欠いているというべきであって,これらを採用することはできない。   (5) 小括  前記(1)ないし(4)の検討結果に加え,本件全証拠によるも,被災者に左総腸骨動脈と下腸間膜動脈という2箇所の離れた位置にある動脈を同時に閉塞させた原因として,不整脈等の虚血性心疾患による塞栓症以外の原因をうかがうことができない本件にあっては,被災者は,長期間の長時間労働による疲労の蓄積により血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪し,不整脈等の虚血性心疾患を発症した結果,心臓由来の塞栓子を生じ,これが左総腸骨動脈及び下腸間膜動脈を閉塞し,本件疾病を発症したものと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。したがって,被災者の本件疾病発症は,本件会社の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができ,業務起因性を認めるのが相当である。