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ID番号 : 08562
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 広島セクハラ(生命保険会社)事件
争点 : 忘年会の席上でセクハラを受けた保険会社女性社員らが行為者と会社に対し損害賠償を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 生命保険会社の忘年会の席上、男性社員ら3名が複数の女性社員ら7名に対して行ったセクハラ行為につき、女性社員らが、会社及び男性社員らに対する損害賠償を求めた事案である。 広島地裁は、当該行為は女性社員らの身体的自由、性的自由及び人格権を侵害し不法行為に当たるとする一方で、女性社員らが男性社員らの行為を咎めることなく、嬌声をあげて騒ぎ立てるなどした態度がセクハラ行為を煽る結果になったと推認されるとして、過失相殺の法理を類推適用し慰謝料額の2割を減じた額と弁護士費用の限度で支払を命じた。また、会社の使用者責任については、忘年会は職場の営業活力を醸成し職場における人間関係を円滑にするものとして、業務の一部あるいは業務に密接に関連する行為として行われたものであるとして、会社への使用者責任に基づく損害賠償も認容した。しかし、会社の事後の対応が債務不履行に当たるとの主張については、会社は、事情聴取の後、行為者らに女性社員らへの謝罪をさせるとともに懲戒処分に付し、会社としても女性社員らに謝罪していることからすれば、雇用主としての環境保護義務違反があったとまではいえないとして、これを否定した。
参照法条 : 労働基準法2章
民法709条
民法722条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/均等待遇/セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 : 2007年3月13日
裁判所名 : 広島地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)1817
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(確定)
出典 : 労働判例943号52頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-均等待遇-セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 1 争点(1)(被告ら3名の不法行為の成否)及び争点(2)(過失相殺の可否)について 〔中略〕  2 争点(3)(被告会社の使用者責任の存否)について 〔中略〕   (2) 使用者責任の存否  本件忘年会は,睦会の主催で行われたものであることは当事者間に争いがないが,睦会は,被告会社三次営業所の職員全員をもって構成され,職員相互の親睦を図ることを目的とした団体であること,睦会の顧問は三次営業所長とされていること,本件忘年会は,被告会社の営業日で,しかも職員の勤務時間内に行われたこと,本件忘年会は,営業に関する慰労を兼ねたものであったことの各事実を総合すれば,本件忘年会は,職場の営業活力を醸成したりあるいは職場における人間関係を円滑なものにするといったことに資するものとして位置付けられ,被告会社の業務の一部あるいは少なくとも業務に密接に関連する行為として行われたものと認められる。したがって,本件忘年会における被告ら3名の前記不法行為は,被告会社の事業の執行につき行われたものといえる。  そして,上記に説示したところに照らすと,本件忘年会が睦会の主催であることやこれへの参加が従業員の自由意思に委ねられていることは上記結論を左右しないというべきであるから,この点に関する被告会社の主張は採用できない。  3 争点(4)(事後的対応に関する被告会社の債務不履行の成否)について 〔中略〕   (2) 債務不履行の成否    ア 調査開始時期について  原告らは,被告会社が調査を開始したのが平成14年5月9日であることが,迅速に調査する義務に違反した債務不履行に当たると主張し,確かに,被告会社は,同年3月29日に本件忘年会におけるセクハラについて具体的な申立てを受け,それから約40日後に調査を開始したことが認められる。  しかし,上記認定のとおり,被告会社として,平成14年3月29日当時,別件のセクハラ事案の調査・対応をする必要があったため,4月の上旬及び中旬に一斉に三次営業所の職員に本件忘年会の事情聴取を行うことは困難な状況であり,また,調査対象者である営業職員は,新契約の締切日が23日と26日であるため,同月20日以降多忙であったから,この時期に調査をするのは適当でなく,さらに5月上旬には連休があったことからすれば,調査開始が5月9日となったことをもって,雇用主としての環境保護義務違反があったとまではいえない。したがって,原告の上記主張は採用できない。    イ 事情調査方法について  原告らは,調査に当たったK,L,S福山支社総務課長(当時)ほか1名が,事情聴取の際,原告らの訴えに真摯に耳を傾けることなく,正確な事実把握をするために記録することもなく,むしろ被告ら3名を擁護する発言をしており,これが適切な調査をする義務に違反していると主張し,これに沿う原告Fの供述及び原告らの陳述書がある。  しかし,これら供述を裏付ける客観的な証拠はなく,一方で,証人Kはそのような発言はしてない旨供述している。のみならず,被告会社は平成14年5月9日以降の事情聴取の後,同年5月20日にN,被告乙山及び被告丙川が本件忘年会について謝罪し,同年7月31日にはK,Nが被告会社として反省の意を述べ,また,同年10月31日には被告ら3名を懲戒処分に付し,翌日それを原告らに報告して改めて被告会社として深謝するなど,被告ら3名の本件忘年会での行為がセクハラに当たることを認めて会社として謝罪し,被告ら3名に対し適正に処分をしているのである。このような供述や事実にかんがみれば,上記の原告Fの供述や原告らの陳述書はたやすく信用することはできず,他に原告らの上記主張事実を認める証拠はない。    ウ 事情聴取者について  原告らは,本件忘年会に出席しており,被告ら3名のセクハラ行為を見ていながら制止しなかったNを事情聴取担当者としたことが,適切な調査義務に違反していると主張し,Nが本件忘年会に出席していたことからすれば,Nを事情聴取担当者の一人としたことは必ずしも適切であったとはいえない。  しかし,上記認定のとおり,被告会社は,平成14年5月9日以降の事情聴取の後,被告乙山らに謝罪させ,さらに,被告ら3名を懲戒処分に付すなどして,被告ら3名の本件忘年会での行為がセクハラ行為に当たることを認める旨示して被告会社として反省の意を表したことからすれば,Nを事情聴取担当者としたことをもって,雇用主としての環境保護義務違反があったとまではいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。    エ 庄原市人権センターでの対応について  原告らは,庄原市人権センターでの面談の際,Nが「本件忘年会は和気あいあいとしていて原告らも楽しそうにしていた。」と述べるなどして尊大な態度を取り,これが適切な調査義務違反に当たると主張し,Nが上記発言をしたこと自体は被告会社も認めるところである。  しかし,そもそも庄原市人権センターにおける面談は,被告会社側が主体となって事情聴取するものではなかったこと,Nの上記発言は,原告ら及びMから,本件忘年会に関して激しく非難され,本件忘年会に参加していた者としての立場から感じたことを述べたものであり,原告らも本件忘年会において騒ぎ立てていたことからすれば,Nのような感想を持ったとしても,それが全く事実を誤認したものであるともいえないこと等の点に照らすと,Nの上記発言をもって雇用主としての環境保護義務違反があったとまではいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。    オ 回復処置義務について  原告らは,「Nは,平成14年5月9日の事情聴取後から,被告会社福山支社の職員らに対し,原告らが金銭目的で被害を大げさに言って被告会社に苦情を申し立てている等の虚偽の発言をした。Kは,原告らが環境改善の対策を講じることを求めたのに対してこれを無視した。これらは回復処置義務に違反する債務不履行である。」旨主張し,これに沿う原告らの供述も認められる。  しかし,Nが上記発言をしたとの原告らの供述は,あくまで伝聞であるから,これをたやすく信用することはできず,他にこれを裏付ける証拠はない。また,Kが原告らの求めを無視したとの点については,証人Kはそのような事実はなかった旨供述しており,他に原告らの供述を裏付ける証拠もないことからすれば,原告らの供述をたやすく信用することはできない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。    カ 被告ら3名に対する処分内容・処分理由を明らかにしなかった点  原告らは,被告会社が平成14年10月31日に被告ら3名を懲戒処分した際,原告らに対し被告ら3名の処分の具体的内容及び処分理由を明らかにしなかったことを理由に適切な処理義務に違反したと主張する。  しかし,職場におけるセクハラ事案は,被害者及び関係者の個人のプライバシーに関わる部分があるので,その保護には留意する必要があり,その保護の必要性は,被害者のみならず,加害者ついても同様である。また,上記処分は被告会社の人事に関することであり,そもそも被告会社がこれを原告らに公表しなければならない義務はない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。