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ID番号 : 08580
事件名 : 遺族補償一時金及び葬祭料不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 国・福岡中央労基署長(九州テン)事件
争点 : システムエンジニアの精神障害発症・自殺につき、父が遺族補償一時金等の支払を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 各種通信機器の設計・製造を業とするコンピュータ関連会社の新入社員であるシステムエンジニアが、精神障害を発症して自殺したことにつき、父が遺族補償一時金及び葬祭料を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを国に求めた事案である。 福岡地裁は、システムエンジニアはOJT期間に入ってから急激に労働時間が増加し、休養をとらずに初めての出張に行き、出張直前から11日間連続で勤務していたこと、数日後に納期が迫る中で経験のない困難な業務に追われたこと、出張中ホテルに連泊して作業するという閉塞的な環境に置かれたこと、睡眠時間を削って作業したにもかかわらず納期に間に合わないという状況に陥ったことなどを総合的に判断すると、同程度の経験の同種の労働者であれば、心身の疲労が限界を超えて精神の変調を来したとしても不自然ではなく、当該システム開発業務は客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重の心理的負荷を与える業務であると認め、他に業務以外の心理的負荷や個体的要因もないことから、精神障害の発症及び自殺による死亡の業務起因性を肯定し、不支給処分を取り消した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法12条の2の2
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/災害性の疾病
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2007年6月27日
裁判所名 : 福岡地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)35
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 労働判例944号27頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-災害性の疾病〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
 2 本件精神疾患が業務に起因したものであるか否かについて 〔中略〕  業務と精神障害の発症との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性とを総合的に考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合には,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定することができると解すべきである。  3 業務起因性の有無について   (1) 業務内容及び生活状況等による心理的負荷について 〔中略〕  以上の事実に照らせば,太郎は,平成12年4月1日の入社後,同年5月25日以降のOJT期間に入ってから急激に労働時間が増えた上,予定していた同年 8月の盆休みもとれずに勤務せざるを得なくなり,同年9月には精神的,肉体的に疲れが溜まっていたと認められ,その後も,特に休養期間をとることなく出張に行くことになり,出張直前の同年9月16日から出張中の同月26日までの間,休日なく11日間連続で勤務し,そのうち2日間は徹夜,他の日も早朝から深夜に至るまで睡眠時間を削って作業に従事していたと認められ,このような勤務の状況からすれば,太郎は,2回目の徹夜となる同月25日の夜には,以上のような勤務の状況により,精神的,肉体的に疲労が蓄積して疲れ切った状態になっていたことが認められる。    イ 業務内容の困難性による心理的負荷について 〔中略〕 これらの事情に照らせば,本件システム開発作業は,入社して半年ほどの経験しかなく,出張先でバグの特定及び修正作業を行うのが初めてである太郎にとって,その困難性は相当程度大きかったといえる。    ウ 出張先とホテルでの勤務状況による心理的負荷について  前記認定事実によれば,太郎は,九州テンに入社後,同社福岡支店で勤務しており,本件システムのために出張するまで,出張先に泊まり込んで勤務するという経験がなかったこと,太郎は,平成12年9月18日から同月26日まで9日間連日,Nと共に,B社研究所で本件システムの作業に従事し,同所での作業を終えた後,Nと共に,ホテルに戻って宿泊し,ホテルでも引き続き作業に従事していたことが認められ,このように自宅から離れた勤務場所で,かつ,Nと共にホテルと出張先を往復して作業を続けるという状況は,閉塞的で,逃げ場のない環境といえるのであり,このような環境が太郎に及ぼす心理的負荷は大きいと考えられる。    エ 納期に追われること及び納期に間に合わなかったことによる心理的負荷について 〔中略〕 以上の事実に照らせば,Nと太郎は,納期に追われて精神的な余裕のない状態で作業し続け,とりわけ,経験が浅く裁量の乏しい太郎は,なんとしても納期に間に合わせなければならないという思いで心理的に追い詰められ,遂には納期に間に合わないという状況に陥って絶望したと考えられる。 〔中略〕  (3) 太郎の個体側要因について 〔中略〕  したがって,太郎に精神障害の発症に寄与する個体側要因はなかったといえる。   (4) 総合判断  以上によれば,太郎は,平成12年4月1日の入社後,OJT期間に入ってから急激に労働時間が増えた上,盆休みも取れないまま本件システムのプログラミング作業に従事し,入社以来の精神的,肉体的疲労が蓄積していたこと,同プログラミング作業終了後休息期間を取ることなく初めての出張に行き,出張直前の同年9月16日から出張中の同月26日まで,休日なく11日間連続で勤務し,その間に2日間も徹夜状態で作業するなど,その拘束時間が急増したこと,本件システム開発の納期は,Nが更に1か月ほど必要と感じたほど厳しいものであったことに加え,太郎は,出張中,数日後に納期が迫る中で次々と発生するバグの場所の特定及び修正作業という経験したことのない困難な業務に追われたこと,太郎は,出張中,ずっとホテルに連泊して作業するという閉塞的で逃げ場のない環境で業務に従事していたこと,太郎は,納期前日の同月25日,Nから納期に間に合わない場合の対策や今後の見通しを聞かされていない状態で作業を続け,同月26日の納期に何とか間に合わせようとして,同月26日午前2時ころにL次長からNを通じて作業を止めるよう指示された後も,九州テン福岡支店にいるPと共に,同日午前3時37分ころまで作業を続け,同日未明にはそれでも納期に間に合わないという状況に陥ったこと,太郎にとって,出張も,納期に迫られながらのバグ修正作業も,初めての経験であったことが認められ,これらの事情を総合的に判断すれば,太郎と同程度の経験の同種の労働者であれば,同月25日夜から同月26日早朝には心身の疲労が限界に達し,同月26日未明に納期に間に合わないことが確実になったことで,遂にその限界を超え,精神の変調を来したとしても不自然ではないと認められるのであり,本件システム開発業務は,社会通念上,客観的にみて,本件精神障害を発症させる程度に過重の心理的負荷を与える業務であったと認めるのが相当である。  そして,太郎に,本件業務以外の出来事による心理的負荷がうかがえないこと,太郎に特段の個体側要因がないことからすれば,本件精神障害(具体的には,後述のとおり,うつ病と認められる。)は,上記業務上の心理的負荷を主な原因として発症したといえるのであり,太郎の従事した業務と本件精神障害の発症との間には相当因果関係が認められる。 〔中略〕   (6) 以上によれば,太郎の本件精神障害の発症には,業務起因性が認められる。  そして,前記認定事実によれば,太郎が,本件精神障害によって正常の認識,行為選択能力,抑制力が著しく阻害された状態で自殺に及んだことは明らかであるから,結局,本件自殺による太郎の死亡は,業務に起因するものと認められる。  したがって,太郎の本件精神障害及びこれに基づく本件自殺に業務起因性を否定した本件処分は,違法といわなければならない。