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ID番号 : 08586
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 英光電設ほか事件
争点 : 電気設備工事会社を解雇された者が在職中の事故の不法行為責任と解雇無効を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 腰に既往歴があることを隠して電気設備工事会社に入社した者が、業務中に腰を痛め、労災を受けて治療後復職したが、協調性がないとして解雇されたため、不法行為による損害賠償と解雇の無効を求めた事案である。 大阪地裁は、〔1〕既往症との関係について、会社入社後特段の治療を受けることなく業務に従事しており、また、二度の治療ともA医師が担当し、既往歴を知りながら同じ部位の発症を診断していることは改めて同様の症状を発症させたものと認められるとし、〔2〕同僚については、予め配線を十分に引き出しておくなどして制御盤が外れないようすべきところこれを怠ったことにより事故が起こったとして、同僚の不法行為責任と会社の使用者責任を認めた。一方、〔3〕解雇の有効性については、監督者の指示する職務の分担を受け入れようとせず、度重なる注意にもかかわらず同僚への協力をほとんど拒否し続け、同僚に残業を押しつけたという事実に照らすと、会社がXを雇用し続けられないと考えたことには一定の合理性を認めざるを得ず、したがって、解雇には合理的な理由があり、社会通念上も相当性があることから、解雇権の濫用には当たらないとした。
参照法条 : 民法709条
民法715条
労働基準法2章
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償
解雇(民事)/解雇事由/業務命令違反
解雇(民事)/解雇権の濫用/解雇権の濫用
裁判年月日 : 2007年7月26日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)12845
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例953号57頁
労経速報1990号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
〔解雇(民事)-解雇事由-業務命令違反〕
〔解雇(民事)-解雇権の濫用-解雇権の濫用〕
2 本件事故に関する不法行為責任 (1) 本件事故の態様  原告は、平成15年12月5日、○○県警察学校の現場で、動力制御盤を取り付ける作業に従事していた際、寸切りに掛けていた制御盤が外れ、原告が1人でこれを支える格好となり、制御盤の荷重が原告の腰にかかり、腰を痛め、本件発症を引き起こしたことが認められる。〔中略〕  たしかに、原告は、本件事故前から腰椎椎間板ヘルニアの症状(本件既往症)を有し、治療を受けていたことが認められる〔中略〕。しかし、被告会社に入社した後は、本件事故まで8か月余、特段の治療を受けることなく、被告会社における業務に従事してきたにもかかわらず(〈証拠略〉、原告本人、弁論の全趣旨)、本件事故後、腰部椎間板障害等の診断を受け、その後、2日に1度の割合で通院しており(平成16年6月ころからは、月に5・6度となった。)、本件事故後の原告の症状は、長期の治療を必要とする程度の状態であったことが認められ、これらの治療は、本件既往症に対する治療ではなく、本件事故後の症状に対する治療であるといえる(〈証拠略〉)。そして、本件既往症の診療を担当していた医師と、本件発症後の診療を担当していた医師は、同一のF医師であり、F医師としては、本件既往症を知りながら、あえて、改めて同じ部位に同様の症状が発症したと診断している(〈証拠略〉)。これらの事情を総合考慮すると、本件事故後の原告の症状は、一旦治癒していた部位において、本件事故により、改めて同様の症状を発症させたたものであると認めることができる。  以上によると、本件事故により本件発症があったと認めるのが相当である。 (4) 被告乙山の責任  被告乙山としては、動力制御盤の裏から配線を引き出すにあたり、制御盤を支持する原告1人にその荷重がかからないよう、予め配線を十分に引き出しておくなどして、制御盤が寸切りから外れることのないようにすべきであったのに、これを怠り、制御盤を大きく傾けるよう指示した上、無造作に配線を引き出そうとしたため、制御盤を寸切りから外し、制御盤を支持していた原告にその荷重をかけ、原告の腰に腰部椎間板変性症等の傷害を負わせたことが認められ、上記行為によって、民法709条の不法行為が成立するというべきである。 (5) 被告会社の使用者責任  被告乙山の行為は、被告会社の事業の執行につき、原告に損害を与えたというべきであり、特段の事情のない限り、被告会社は、民法715条の使用者責任を負うというべきである。〔中略〕 3 本件解雇の有効性 (1) 業務命令違反  ア 業務命令違反の有無  原告は、上司であるB部長から、本件調査業務においてペアを組んでいるAの作業に協力して残業するよう指示を受けたにもかかわらず、これに従わなかったことが認められ、上記業務命令違反は、本件就業規則29条1項5号に該当するということができる。〔中略〕  被告会社における業務には、重量物を運んだりする業務も予定されており、被告会社にとっては、採用予定者の健康や身体機能に関する重要な情報であることが認められる。  もっとも、被告会社が、原告に対して既往症の有無について尋ねた旨の主張、立証はなく、また、原告が、被告会社に入社した後、本件事故まで8か月余、特段の治療を受けることなく、被告会社における業務に従事してきたことを併せ考えると(前記2(3))、原告が面接時などに既往症のことを被告会社に告げなかったことをもって、本件就業規則6条にいう虚偽申告ということも困難である。  そうすると、原告が、入社の際、本件既往症の事実を告げなかったという点だけをもって、解雇事由とすることは困難である。 (3) 労災保険給付の申請等における虚偽報告  原告は、本件事故による負傷(本件負傷)を理由として、労災保険給付の申請をし、その適用を受けたが、その際、既往症はないと報告した。  この点は、特に本件負傷の内容が、本件既往症と同じ部位における傷害であったを考えると、保険給付の判断にも影響しうる重要な事項であり、虚偽の申告であったというべきである。  もっとも、労災保険給付の申請の際に提出した診断書を作成したのは、本件既往症の治療を担当していたF医師であり、同医師としては、本件既往症のことを知り得た立場にあり(もっとも、同じ医師ではあるものの、診察を受けた病院は、同じ医療法人の経営する別の病院であった。)、原告のみに、責任を問うのは酷ともいえる(上記診断書の記載内容を原告がどの程度認識していたかについて、必ずしも明らかとはいえない。)。  したがって、労災保険給付の申請において、既往症がないと報告した事実をもって、解雇事由とすることはできない。〔中略〕 (4) 原告の業務遂行能力について〔中略〕 この点については、原告の本件事故による症状は完治しているわけではないが、原告の業務にどの程度の支障があったかは不明といわざるを得ず、〔中略〕平成16年11月5日、腰痛のため出勤できなかった日を除き、腰痛のため、本件調査業務に従事できなかったことを窺わせる事情は認められない。  したがって、本件就業規則9条1項2号に該当する事実を認めることはできない。 (5) 解雇権濫用の有無  ア 業務命令違反の事実  以上、検討したところによると、原告には、解雇事由として考慮すべき事実として、〔中略〕業務命令違反の事実を認めることができ、この事実は本件就業規則29条1項5号に該当するといえる。〔中略〕  オ まとめ  以上によると、原告としては、早期の帰宅を望み、それに向けた努力をしていたことが窺えるが、一方で、B部長の指示する職務の分担を受け入れようとはせず、同部長の度重なる注意にもかかわらず、Aへの協力をほとんど拒否し続け、Aに対して残業を押しつけたという事実に照らすと、被告会社としては、原告をして、生駒営業所において本件調査業務を担当させる以上、原告を雇用し続けることはできないと考えたことには一定の合理性を認めざるを得ず、本件解雇には、合理的な理由があり、社会通念上も相当ということができ、解雇権の濫用にあたるとはいえない。 4 本件解雇及びこれに至る経緯における労働契約上の配慮義務違反の有無  前記3のとおり、本件解雇は有効であると認められる。