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ID番号 : 08589
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : AIGエジソン生命労働組合ほか事件
争点 : 生命保険会社の元従業員らが、労組による退職年金等受給権侵害に対し損害賠償を求めた事案(元労働者敗訴)
事案概要 : 生命保険会社の元従業員と訴訟承継人が、所属していた労働組合を相手取り、労組と会社間で締結された協定とそれに基づく退職年金等の受給権を侵害されたとして、債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、まず債務不履行について、退職年金不支給規定を含む協定締結までの検討経緯を詳細に認定した上で、組合内での検討は適正に行われ、組合員の利益を擁護すべき義務(債務)を履行しなかったとはいえないとして債務不履行責任を退け、また不法行為責任については、本件協定締結時には元従業員らの退職年金等請求権は具体的に発生していないから、本件協定締結により本件退職年金等請求権が侵害されたとはいえないとして、請求をすべて棄却した。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職年金
裁判年月日 : 2007年8月27日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)22674
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例954号78頁
労経速報1988号18頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職年金〕
(1) 争点(1)(被告組合による債務不履行の存否)について  ア 被告組合は、労働組合法6条、規約に基づく信義則ないし条理に基づき、組合員であった原告社員らに対し、東邦生命との団体交渉では、団体交渉権限を有する事項について、当該組合員の利益を擁護すべき義務(債務)があると認められるところ、本件協定2条なお書きは、当該条項のみ見るときは、原告社員らの本件退職年金等受給権を放棄したとはいえないまでも、組合員である転籍社員の退職年金等を支給しないという東邦生命(保険管理人)の要求を被告組合としても容認したことは否定し難く、その意味では転籍社員である原告社員らにとっては不利益な条項であると認められる。  しかしながら、被告組合は、その構成員を東邦生命従業員及びエジソン生命従業員としている〔中略〕し、本件転籍協定によれば、転籍社員にも東邦生命との関係を前提として、退職年金等の支払要件を定めているのである〔中略〕から、被告組合は転籍社員の一般的労働条件としての退職年金等の支払についても団体交渉する権限があるというのが相当である。そして、団体交渉(及びその結果としての労働協約の締結)は労使双方の相互譲歩の取引という側面を否定できないところ、被告組合と東邦生命(保険管理人)との間では、東邦生命の経営破綻という状況〔中略〕のもと、同社の解散による実質資産の減少等による危険を回避すべく〔中略〕、退職年金のみならず、雇用確保、月例賃金や賞与の支払、福利厚生の維持も併せて交渉され〔中略〕、組合員に有利な回答を得ている事項もあり〔中略〕、9月臨時大会及び2月臨時大会でも執行部の方針、対応報告が承認され〔中略〕、その結果として本件協定が締結されていること〔中略〕からすると、本件協定の一部に原告社員らに不利益な内容が含まれることになったとしても、そのことから直ちに被告組合が当該組合員の利益を擁護すべき債務を履行していないということはできない。  したがって、本件協定(2条なお書き)の締結に際し、被告組合の負う当該組合員の利益を擁護すべき義務(債務)を履行しなかった旨の原告らの主張は理由がない。  イ 原告らは、本件協定を締結するに際し、本件退職年金等受給権が原告らの退職後の生活の糧となる極めて重要な権利であることから、規約15条4号又は9号に基づき大会を開催して規約20条の議決を経るべき義務(債務)がある旨主張する。  しかしながら、9月臨時大会で中央執行委員会に退職年金等の対応が委任されており〔中略〕、加えて、組合規約上も中央執行委員会による先決執行事項を大会で事後承認する手続が認められている(その事項については制限がない。)こと〔中略〕からすると、被告組合に本件協定締結に際し規約20条の議決を経るべき債務があるとはいえない。  したがって、原告らの前記主張は採用できない。  ウ 原告らは、本件協定を締結するに際し、本件退職年金等受給権(固有の権利)を有する者らの固有の利害に関わる事項に関しては、それらの者の決議を得るべき義務(債務)を負担し、これを履行しなかった旨主張する。  しかしながら、原告社員らの本件退職年金等受給権は、いわば、本件退職年金等の受給資格であって、原告社員らの本件退職年金等請求権が具体的に発生したのは、原告らの主張によっても本件協定締結後である平成12年3月1日であるから〔中略〕、それ以前の段階(本件協定締結時)では、原告社員らに個別同意を得るべきであったともいい難い。  仮に、「受給権」が固有の権利として保護されるべきものであるとしても、被告組合は、交渉経緯等を原告社員らを含む各組合員に報告し、意見集約を行っている〔中略〕から、原告社員らが本件協定前に被告組合の執行部に意見をいう機会はあったと認められるし、2月臨時大会で本件協定を締結すること(転籍社員の退職年金等の支給を要求しないこと)は了承されており〔中略〕、その経緯でことさら原告社員らのみを不利益に扱うことを意図したことを認めるに足りる証拠もない。  したがって、原告らの前記主張は採用できない。  エ してみると、その余の点について判断するまでもなく、被告組合に原告らが主張するような債務不履行があるとはいえない。 (2) 争点(2)(被告らによる不法行為の成否)について  ア 原告らは原告社員らの本件退職年金等請求権が具体的に発生したのは本件転籍協定1条1.3(a)〈2〉により本件協定締結後の平成12年3月1日であると主張している〔中略〕が、仮に本件協定2条の効力(被告組合は東邦生命が転籍社員に退職年金等を支払わないことを確認したこと)が原告社員らに及ぶとしても、本件協定締結時には原告社員らの本件退職年金等請求権は具体的に発生していないから、本件協定締結により本件退職年金等請求権が侵害されたとはいえない。  原告らの主張する侵害されたという対象が「受給権」というのであれば、それは受給資格であるに過ぎず、具体性を欠くから、損害賠償を求める保護対象としての「債権」にあたるとはいいがたい。  イ 仮に原告らのいう「受給権」が損害賠償を求める保護対象としての「債権」(原告社員らの個別具体的な権利)にあたるのであれば、本件協定が原告社員らの既得権を侵害する労働協約としてその効力が否定され、原告社員らの本件退職年金等請求権も本件転籍協定に従って発生することになるし、また、前記(1)で検討したとおり、被告組合の本件協定の締結に違法なところはないから、被告らが本件協定を締結したことで本件退職年金等受給権を違法に侵害したともいえない。  ウ してみると、その余の点について判断するまでもなく、被告らに原告らが主張するような不法行為があるとはいえない。 3 以上の次第であり、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、棄却することとする。