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ID番号 : 08597
事件名 : 債権差押命令に対する執行抗告事件
いわゆる事件名 : T社(債権差押命令抗告)事件
争点 : 家具等製造販売会社の退職者が退職金の支払を命じた労働審判に基づき差押命令を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : インテリアコーディネート業務、家具製造販売及び什器備品の販売等を営む会社の営業責任者が、退職金の支払を命じた労働審判に基づき、退職金債権差押命令の執行を求めた抗告に対する決定である。 第一審東京地裁は、元営業責任者の主張どおり退職金債権の存在を認め、これを被担保債権、請求債権として一般先取特権に基づく債権差押命令を発令した。これに対し抗告審東京高裁は、〔1〕当時制定した新就業規則については、明確に退職金について規定していると認定し、〔2〕新就業規則は当時の会社代表取締役が独断で作成したもので、正規の就業規則ではなく、抗告人に退職金規程は存在しないとの会社の主張に対しては、中央労働基準監督署長に対し従業員代表の意見書を添付して新就業規則を届け出たことは事実であるとし、〔3〕金額の決定は抗告人の裁量に委ねられており、規程はその後の経営陣の判断を拘束するものではないとする会社主張に対し、その後抗告人の経営陣が変更となったとしても、経営陣の変更後に当該就業規則の変更手続がとられていない以上、その後の経営陣が新就業規則の効力を否定することはできないなどとして、一審決定を支持し、抗告を棄却した。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 : 2007年10月9日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成19(ラ)1274
裁判結果 : 棄却(抗告)
出典 : 労働判例959号173頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 相手方は、入社後約19年7か月間、抗告人と雇用関係にあったが、平成18年9月30日限り抗告人を退職した。  そして、上記退職時における抗告人の就業規則である新就業規則には、退職金の支給について定めた規定があり、退職金の額は、勤続年数を基本として定めた金額に、総合評価によって定めた金額を加算して算出すること、税務上の勤続年数に応じた非課税退職所得金額、会社への貢献度等を総合的に勘案して、退職金を会社が決定し支給することが規定されていた。そうすると、抗告人は、相手方に対し、雇用関係に基づき退職金を支払うべきであり、税務上の非課税退職所得の金額、前記「T社 全体ミーティング」と題する書面の記載内容、花子の前記説明等から、退職金の額は、少なくても1年あたり40万円であり、相手方の勤続年数は19年間を超えるから、計760万円を下らないと認められる。  以上から、相手方は、抗告人に対し、少なくとも上記金額から既払金50万円を差し引いた710万円の退職金支払請求権を有するものと認められる。また、退職金の支払時期は、退職から2か月後であると認められるから、平成18年9月30日限り抗告人を退職した相手方の退職金請求権は、同年12月1日から遅滞に陥り、同日以降商事法定利率年6分の遅延損害金が発生する。 3 次に、抗告人の主張について判断する。 (1) まず、抗告人は、新就業規則は花子が独断で作成したもので、正規の就業規則ではなく、抗告人に退職金規程は存在しないと主張する。  しかし、正式に抗告人の代表取締役となった花子が、平成18年7月1日、就業規則を改訂し、同月18日、中央労働基準監督署長に対し、従業員代表の意見書を添付して新就業規則を届け出たことは、前記認定のとおりであるから、新就業規則が正規の就業規則ではないと認めるに足りる証拠はない。抗告人の上記主張は理由がない。 (2) 抗告人は、仮に花子が退職金規程らしきものを作成していたとしても、具体的な給付基準は定められておらず、金額の決定は抗告人の裁量に委ねられており、既に支給済みである、花子の見解は、その後の経営陣の判断を拘束するものではないなどと主張する。  しかし、新就業規則の内容は、前記1(4)記載のとおりであり、退職金支給の要件(勤続年数の要件、懲戒解雇の場合は支給しないことなど)、退職金の額の決定基準、会社への貢献度等を総合的に勘案して、退職金を会社が決定すること、退職金の支払時期、支払方法などは新就業規則に具体的に記載されており、具体的な給付基準は定められていないとの抗告人の主張は理由がなく、また、新就業規則が有効で効力を有する以上、金額の決定は抗告人の裁量に委ねられているとの抗告人の主張は理由がない。なお、新就業規則において、抗告人は、当該退職者の会社への貢献度等を総合的に勘案して退職金の額を決定することができ、その限度で抗告人には一定の裁量があることが認められるが、それは勤続年数1年あたり40万円という基準を前提とした上での付加的な算定基準にすぎないことは明らかで、勤続年数が19年を超える相手方の退職金を50万円と決定することを許容する趣旨ではない。  更に抗告人は、花子の見解は、その後の経営陣の判断を拘束するものではないと主張するが、新就業規則が正規の就業規則ではないと認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであり、その後抗告人の経営陣が変更となったとしても、経営陣の変更後に当該就業規則の変更手続がとられていない以上、その後の経営陣が新就業規則の効力を否定することはできない。抗告人の同主張も理由がない。 (3) 更に、抗告人は、相手方は、抗告人在籍中から、他社において抗告人の事業と競合する事業の立ち上げを図り、退職後直ちにその他社に入社して競業を行ったことから、懲戒解雇事由があると主張するが、一件記録上、相手方に懲戒解雇事由があることを認めるに足りる証拠はない。抗告人の同主張は理由がない。 (4) 抗告人は、相手方は独立行政法人勤労者退職金共済機構(以下「共済機構」という。)から退職金等として170万7076円の支給を受けており、抗告人から退職金が支給されるとすれば二重支給となる旨主張する。  一件記録によれば、相手方は平成18年8月22日、共済機構から170万7076円の支給を受けたことが認められる。  しかし、新就業規則は、共済機構による共済制度を抗告人の退職金制度に組み入れる旨の規定を置いておらず、更に、相手方の前記退職当時、抗告人において、共済機構による共済制度が退職金制度の一部をなすとの慣行が確立されていたとの証拠もない。  したがって、上記共済制度に基づく権利は退職金支払請求権とは別個独立の権利であるというべきであり、前記支給は、抗告人が相手方に支払うべき退職金の額に影響を及ぼすものではない。 4 以上から、一件記録によれば、相手方の抗告人に対する710万円の退職金支払請求権を被担保債権とする一般先取特権の存在について、高度の蓋然性をもって証明されたと認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。