全 情 報

ID番号 : 08604
事件名 : 退職金等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 中部カラー事件
争点 : 写真フィルムの加工・販売会社の退職者が変更前の退職年金規程による退職金残額等の支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : カラー及び一般写真フィルム並びに印画紙の現像、密着、引伸、複写の加工並びに販売等を業とする会社を退職した元従業員が、変更前の退職年金規程に従って計算した退職金残額等の支払を求めた控訴審である。 第一審長野地裁松本支部は、会社の変更後就業規則は、労働基準監督署への届け出はなされてないものの従業員への周知はなされており、元従業員の退職前に退職金規程は適法に変更されていたとして請求を棄却、元従業員が控訴した。これに対し第二審東京高裁は、経営会議、全体朝礼等での説明や休憩室の壁掲示などでは、退職金の計算についての従業員への周知が十分でなく、したがって同変更は無効であり、変更前就業規則が効力を有するとして一審判決を変更し、変更前の就業規則による退職年金規程に従って算出した退職金との差額について支払を認めた。
参照法条 : 労働基準法89条3号の2
労働基準法90条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事)/就業規則の周知/就業規則の周知
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
裁判年月日 : 2007年10月30日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)5651
裁判結果 : 原判決変更、一部認容、一部棄却(確定)
出典 : 時報1992号137頁
労働判例964号72頁
審級関係 : 一審/長野地松本支/平18.10.20/平成16年(ワ)207号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則(民事)-就業規則の周知-就業規則の周知〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
(1) 争点(1)(就業規則の変更の有無)について  ア 乙2、29号証によれば、乙29就業規則の末尾には、変更日が「平成6年4月1日一部変更」、「平成9年4月1日一部変更」、「平成12年4月1日一部変更」と記載されているのに対し、乙2就業規則の末尾には、変更日が「平成6年4月1日一部変更」、「平成15年4月1日一部変更」と記載されているだけであり、乙2就業規則には、変更の経過がすべて記載されているわけではないことが認められる。  イ しかし、平成14年4月1日に確定給付企業年金法が施行され、全国の企業に対して、退職金準備制度を適格退職年金制度から他の制度への移行することが求められ、被控訴人においても新制度を採用することとし、移行のための手続がとられ〔中略〕、平成15年4月1日に乙29就業規則を一部変更して乙2就業規則としたものである。  ウ 以上から、被控訴人は、労働基準監督署に対する変更の届出はしていないが、乙29就業規則を一部変更して乙2就業規則を成立させたものと認められる(その有効性の点は、後述する。)。 (2) 争点(2)(変更後の就業規則の有効性)について  ア 乙2就業規則が労働基準監督署への届出が行われなかったことは、前記のとおりである。  イ しかし、就業規則の変更について、労働基準監督署への届出がなかった場合であっても、従業員に対し実質的に周知されていれば、変更は有効と解する余地があるので、以下、乙2就業規則への変更が従業員に対し、実質的に周知されたかについて判断する。〔中略〕 d 以上から、経営会議、全体朝礼における説明などにより、控訴人を含む従業員に対し、実質的周知がされたものとはいえない。   (イ) 次に、被控訴人の休憩室の壁に就業規則が掛けてあり、そのことを従業員は知っていたとの被控訴人の主張について検討する。 a 前記のとおり、乙2就業規則には、退職金の金額の計算、算出に関して、73条という規定を置くのみであり、それ以外、中退共から支給される退職金の金額、第一生命の養老保険の解約返還金の金額の計算を可能とする原判決の別紙1ないし3として添付されたようなものが存在しない。したがって、被控訴人の就業規則が被控訴人の休憩室の壁に掛けてあったとしても、中退共から支給される退職金の金額、第一生命の養老保険の解約返還金の金額の計算を可能とするものが掛けられていたわけではなかった。 b 労働基準法89条3号の2は、「退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払並びに退職手当の支払に関する事項」について就業規則を作成し、行政官庁に届け出ることを要求している。  ところが、本件において、届出の点は措くとしても、退職手当の決定、計算に関して乙2就業規則には定められておらず、仮に、被控訴人の休憩室の壁に就業規則が掛けてあったとしても、それは退職手当の決定、計算に関する事項に関する規程を含まない就業規則にすぎない。  以上から、仮に、被控訴人の休憩室の壁に乙2就業規則が掛けてあったとしても、控訴人を含む従業員に対し、退職金の計算について実質的周知がされたものとはいえない。  なお、新制度は、退職金準備制度を適格退職年金制度から中退共及び第一生命の養老保険に移行することとしたが、このうち養老保険は運用利回りの変動に伴い配当、返戻金も変動するから、就業規則に確定額を記載することはできない。しかし、就業規則においては、被控訴人が退職者に対し、一定の条件を満たす従業員が退職した場合には退職金を支給すること、被控訴人は、退職金を、中小企業退職金共済制度による給付と第一生命の養老保険による保険金により支払うものとすること、中小企業退職金共済制度による給付(基本退職金及び付加退職金)は、従業員ごとに掛金月額を設定し、掛金納付月数により給付額が算定されるものであり、掛金納付月数が12月未満の場合は退職金は支給されず、12月以上24月未満の場合は、掛金納付額を下回ることなどを明示すること、被控訴人は従業員に対し、中小企業退職金共済事業団、第一生命から定期的に受け取る確定給付金企業年金又は養老保険の業務の運用状況等の情報(具体的には、中小企業退職金共済事業団については、掛金納付状況票及び退職金試算票(乙6)など)を事務所に備え付けるなどし、かつ、そのように備えつけてあることを速やかに従業員に対し周知させるものとすることなどの規定を設けることは、十分可能である。   (ウ) 以上から、乙2就業規則への変更が従業員に対し実質的に周知されたとは認められない。  そして、この結論は、控訴人が中退共の契約である中小企業退職金共済契約申込書(勤労者退職金共済機構中小企業退職金共済事業本部宛)に自筆で署名したこと〔中略〕、控訴人が退職願を提出した際、被控訴人の会長らが慰留したこと〔中略〕により、影響を受けるものではない。  そして、乙2就業規則への変更が従業員に対し実質的に周知されたとは認められないことなどから、同変更は無効であり、乙29就業規則が効力を有するものと認める。