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ID番号 : 08624
事件名 : 賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 新日本製鐵事件
争点 : 長期教育・休業措置を受けた製鉄会社の従業員が、休業による減額賃金と慰謝料を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 製鉄会社において、定年に達する1年前に長期教育・休業措置の対象者とされたために、従事中の研究から離脱させられた従業員が、同措置により減額された賃金の支払及び研究からの離脱を理由とする精神的損害に対する慰謝料を求めた控訴審である。 第一審横浜地裁は、まず長期教育・休業措置について、会社の経営状況を踏まえると必要性が認められ、労働組合との協議を経て、同組合の了解を得たうえで実施されたものであり、原告を措置対象者としたことにも合理的理由があるとし、休業期間中に支払われた休業手当に関する未払分の請求については、同措置の休業の日は労基法26条の休業手当を支給すべき休業期間には含まれないとして、請求を棄却した。これに対し第二審東京高裁は、同措置は人事政策上必要であり、組合も理解しており、また控訴人に適用した必然性もあり、本人への不利益も過酷なものではなく差別もなかったなどとして、一審を支持し、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法26条
民事訴訟法192条
体系項目 : 休職/休職期間中の賃金(休職と賃金)/休職期間中の賃金(休職と賃金)
休職/その他の休職/その他の休職
裁判年月日 : 2008年1月24日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)4327
裁判結果 : 棄却
出典 : 労経速報1994号29頁
審級関係 : 一審/横浜地/平19. 7.31/平成15年(ワ)60号
評釈論文 :
判決理由 : 〔休職-休職期間中の賃金(休職と賃金)-休職期間中の賃金(休職と賃金)〕
〔休職-その他の休職-その他の休職〕
 原判決が認定するとおり、控訴人に対する本件措置が採られた平成一四年四月一日の直前において、本件研究のプロジェクトは、シリコン抽出技術等の基本プロセスの検証から、量産に向けたパイロットプラントの立ち上げ準備の研究に移行する段階であり、控訴人を含めて六名の人員がこれに当たっていたところ、控訴人が本件措置の適用により本件研究から離れる代わりにCが配置され、さらに、同年一〇月から二名の人員が追加配置されたものであって、本件研究のプロジェクトのために人員が必要である状態であった。しかし、控訴人が、平成九年七月、本件研究の過程において、熱天秤を用いてシリコンの抽出に成功したという経緯があるものの、Dが同年四月段階で、不均化反応によるシリコン抽出をスタッフに提案していた等の事情に照らせば(書証省略)、控訴人によるシリコン抽出の成功は単に控訴人一人の業績と評価されるものではなく、当時担当していたD等の協力のもとに実現したものとみるべきである。  控訴人が本件研究のプロジェクトに対する思い入れが強いことは十分理解できるものの、当時担当していた控訴人の業務(研究)が余人をもって代えがたいものとまではいえず(証人B)、本件研究の質と速度を均質に継続させるために、早期に残就業期間の少ない担当者から長い担当者に交替させることの合理性も否定しがたい。また、本件研究のプロジェクトに投入した新たな人員は、技術開発本部の研究者を充てたものであって、技術開発本部全体での人員を増加させたものではない。  控訴人の上司であるBや同僚らが控訴人が本件研究を継続できることを望んでおり、Bは、控訴人の本件研究継続の強い希望を人事グループに伝えるなどした事情はあるが、Bにおいても、本件研究の業務の性質からみて控訴人が不可欠であるとの判断はできず、その旨を人事グループに伝え、最終的には人事グループの方針に従って、職制にある者として控訴人に対処したものである。中期連結経営計画の下の人員削減計画の中の一手段である本件措置を控訴人に適用することの当否という観点でみた場合、控訴人の本件研究に対する思い入れという心情が犠牲となることはしのびないにしても、技術開発本部全体の人員計画の中で、控訴人を本件研究プロジェクトに残留させる必要性があるとまでいえない。〔中略〕  しかし、発行社債の投資適格評価の格落ち(平成一〇年八月にAA+からAA-へ、平成一一年二月にさらにA+。書証(省略))は、企業にとって資金調達上由々しき事態であり、平成一二年三月末時点で年間売上高一兆八一〇八億円余りに対して有利子負債一兆二七三六億円余りがあるなど(書証省略)、経済情勢の変化に対応した財務体質の改善が急務であったというべきであって、経常損失が生じている状況における経営合理化と事情が異なるとはいえ、上記の限度で経営上人員削減・人件費節減の必要性を肯定することができる。  そして、被控訴人は、本件措置を含む人員削減計画を含む平成一二年度から平成一四年度までの経営計画である中期連結経営計画を策定し、平成一一年一二月以降、連合会及び本社組合等と交渉を重ね、連合会は、中期連結計画を組合員の雇用と生活基盤である被控訴人の将来を確保する上で不可欠であり、本件措置についても企業体質の基盤を強化する関係から受容せざるを得ないとの共通理解を得た上で、平成一二年度以降の本件措置を含む人員措置を従前に引き続き継続した。また、被控訴人は、控訴人が属する富津支部との職場生産委員会において、人員措置の説明を行い、同支部から当該人員措置の実施について理解する旨の表明を得た。このように、被控訴人は、ユニオンショップ制を取る労働組合の理解の上に本件措置を含む人員措置が進められたものであり、手続的にも不当とすべきところは見出せない。  さらに、本件措置は、定年に達する一年前に六か月の教育期間と六か月の休業期間からなる長期教育・休業措置をとるというものであり、教育期間に入ることにより従前の職務から外され、本人の希望に基づき被控訴人が指定した再就職等退職後に有益な教育カリキュラムを受講することになり、休業期間に入ることにより、「休業手当等に関する覚書」に基づき、一定の賃金が減額(平均賃金の四〇パーセントを限度とする)されるものであり、労働者の受ける不利益としては、業務から外されることの主観的苦痛を別とすれば、労働に従事することなく、平均賃金の六〇パーセントが保障されるという意味では、その受ける不利益は著しく過酷なものということはできない。  技術開発本部における本件措置の実施状況も、平成一二年度から平成一四年度において、出向中の者並びに八幡技術研究部及び半導体材料研究部所属の従業員(それぞれ別の人事管理下にあった)を除く控訴人を含む対象者一五名全員に対して行われているのであって、特に控訴人を狙い打ちしたという事情もない。  以上の事情を総合勘案すると、本件措置については、目先の具体的困難を回避するためのものではなく、企業体質の改善という長期的展望に立った人事政策であると共に、高齢化社会で退社後の生活適応性を涵養するため長期雇用の最終段階にある労働者に対する合理的な労務管理政策でもあることから、労働組合もその存在意義と具体的適用の相当性を理解していること、全社的視野からみた技術開発本部における経営上、業務上の要請から、上記措置を控訴人に適用してこれを実施すべき具体的な必要性があることも認められること、その実施に至る手続的な説明、協議なども不当とすべきところはないこと、控訴人の受ける不利益も著しく過酷なものと認めることはできないこと、さらには、控訴人に対して他の者との差別的な取扱いがあったわけでもないことが認められ、以上の諸点にかんがみれば、控訴人が研究から外される精神的苦痛は代替しがたいものがあるにせよ、本件措置は合理的なものであるということができ、労働協約五五条が定める「業務上の必要がある場合」の要件を満たすものと解するのが相当である。