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ID番号 : 08665
事件名 : 退職金請求事件
いわゆる事件名 : 中谷倉庫事件
争点 : 貨物自動車運送業の運転手が、退職金規定の不利益変更を不当として差額支払を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 貨物自動車運送業の運転手が、支給額をほぼ半減する退職金規定の不利益変更を不当として差額支払を求めた事案である。 大阪地裁は、退職金規定の不利益変更につき、変更前の退職金規定に基づき算定された退職金と実際に支給された退職金の差額の支払請求について、変更は大口取引先の倒産を受けて連鎖倒産を回避するための措置の一環としてなされたものであって必要性が認められること、退職金が給与の後払的性格も有することを考えると、変更による減額の程度は大きく、変更の合理性を判断するに当たっては慎重な検討を要するものの、変更を認めなかった場合の残留従業員の退職金引当金の負担は会社の経営を圧迫し倒産の危険も存すること、過半数組合の同意を得たうえで変更が行われたことなどを総合すると、変更内容も合理性を有すると認められるとして、前記運転手の請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法89条
体系項目 : 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
裁判年月日 : 2007年4月19日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)12051
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例948号50頁
審級関係 :
評釈論文 : 春田吉備彦・労働法学研究会報59巻18号28~33頁2008年9月15日
判決理由 : 〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
本件協定は,同協定の当事者であるa分会の所属組合員である原告と被告との労働契約の内容となるものであり,同協定が失効したからといって,直ちに,上記契約の内容が左右されるとは限らない。また,本件協定の内容に沿った本件旧規定が存する以上は,これが原告と被告との間の労働条件を決めることになる。
 しかし,本件では,本件協定が解約される一方,本件旧規定は,本件新規定に改定されている(本件改定)。本件改定は労働者にとって一方的に不利益な変更となっているが,この改定が有効にされた以上は,原告と被告との間の労働契約中,退職金に関する部分は,本件新規定の内容に変更されることとなる。〔中略〕
  (1) 就業規則の合理的変更の要件
 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されない。しかし,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒むことは許されない。そして,当該規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである。以上の合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁平成9年2月28日判決・民集51巻2号705頁,最高裁平成12年9月7日判決・民集54巻7号2075頁参照)。
  (2) 本件改定の必要性
   ア 前記1(3)ないし(5)のとおり,被告は,必ずしも経営状態が良好とはいえなかったところ,平成14年5月29日,売上高の3分の2を占める大口取引先が倒産し,その結果,売上が激減することとなった結果,経営規模を大幅に縮小し,生き残りをかけ,倒産回避のための措置を講じたことが認められる。
 特に,前記1(5)ア,オ,(8)エのとおり,希望退職を募り,41名いた従業員中21名がこれに応じたが,被告には,これらの希望退職者に対する退職金を支払う資金がなく,退職年金の解約返戻金を原資として,一部のみ支給しただけであったところ,平成16年12月になって,ようやく,本件協定(本件旧規定)の約半額が支払われたが,残額については,未だに支払えないでいる。
 一方,本件改定の直前の第51決算期(平成15年9月1日~平成16年8月31日)の決算報告書によると,1300万5190円の経常利益を計上しているが,本来計上すべき退職引当金を全く計上していない(〈証拠省略〉)。また,その前後の決算期における経常利益(損失)は,前記1(8)アのとおりであって,そもそも,退職金の支給原資としては,ほとんどないに等しく,被告の退職金の準備(後記イ(ウ)参照)を考えると,本件改定の必要性を認めることができる。〔中略〕
  (3) 本件改定の合理性
   ア 前記1(7)のとおり,本件改定の内容は,本件旧規定の支給額をほぼ半減するものであった。
 退職金が給与の後払い的性格も有することを考えると,その減額の程度は大きく,本件改定の合理性を判断するにあたり,慎重な検討を要する。
 しかし,前述したとおり,大口取引先であるc製紙及びd社の倒産を受けて,連鎖倒産を回避するための措置が講じられ,その一環として本件改定がなされ,改定の必要性を認めることができるのであるが,後述する点を総合すると,その改定の内容も合理性を有するものといわざるを得ない。
   イ 本件改定を認めなかった場合の状況
 本件改定を認めなかった場合,残留従業員の退職金は,自己都合の場合5745万8000円(うち992万7250円は支払済み)であり,会社都合の場合6629万7000円(うち992万7250円は支払済み)となる(〈証拠省略〉)。
 たしかに,これらの債務が一時に発生するわけではないものの,前記(2)イ(ウ)で検討したとおり,これらの引当金は準備しておくべきである上,希望退職した従業員の退職金の未支給分約4000万円(前記(2)イ(ウ)参照)の債務負担が存する。
 また,前記1(8)によると,被告としては,今後,安定して経常利益を計上できる状態にあるとは言い難く,必ずしも余裕があるとはいえない状況に照らすと,本件改定を認めなかった場合の上記負担は被告の経営を圧迫することが予想され,倒産の危険も存し,本件改定の内容はやむを得ないといわざるを得ない。
 前記1(8)ウのとおり,被告とa分会との間で交わされた確認書(〈証拠省略〉)には,第50,51決算期について「損益・財務ともに超優良企業に改善された。」と記載されているが,本件改定を無効とした場合のことを想定して記載されたものとは認められず,また,上述したところに照らすと,上記記載を過大視することはできない。
 なお,被告としては,本来,平成14年6月の時点で,希望退職者を募る際,希望退職者に対しては,退職金を全額支払うこととし,残留従業員に対する労働条件については,新賃金規定の内容だけでなく,退職金規定についても本件新規定の内容を明らかにした上で,退職を希望するか残留を希望するかの選択をさせるべきであったといえる。しかし,前記1(3)ないし(5)の経緯に照らすと,当時の状況では,経営規模を大幅に縮小せざるを得ない状況にあり,これに見合う希望退職者がいなければ,整理解雇のやむなきに至ることは必至で,一方,これに見合う人数の従業員(従前の従業員の約半数)が退職を希望した場合,退職金を全額支給すると,その時点で,被告の倒産は避けられなかったというべきである。
   ウ 過半数従業員の意向
 前記1(6),(7)のとおり,被告は,労働者の過半数(20名中16名)で組織するb組合の同意を得た上,本件改定を行っている。
 また,本来であれば,本件旧規定に従った退職金を支給されるべき希望退職者が約半額の支給を受けただけで,現在のところ,それ以上の請求をしていないという事実(前記(2)イ(ウ))も無視することはできない。
 なお,原告は,b組合は,被告代表者の息子が中心となり,a分会を脱退した従業員らによって結成されたものであると主張するが(原告の主張(4)),過半数の労働者の加入する組合が本件改定に同意していることにはかわりないと言うべきである。
 むしろ,被告は,本件改定に至るまで,a分会に対し,何度も交渉を申し入れたが,a分会がこれに応じようとしなかったことが認められる(〈証拠省略〉,弁論の全趣旨)。