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ID番号 : 08673
事件名 : 無効確認等請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 新聞で発言をした大学教授が、学校法人のなした戒告処分、業務停止等の無効確認を求めた事案(教授勝訴)
事案概要 : 新聞紙上において歴史問題に関する発言をした大学教授が、戒告処分や教授会への出席など教育諸活動の自粛を求めた学校法人の行為について、無効確認を求めた事案である。 第一審の津地裁は、学校法人の戒告処分や教育活動自粛等要請は業務命令権の濫用に当たるとして教授の請求を認めた。これに対し第二審の名古屋高裁は、まず戒告処分について、処分には理由があるとして教授の請求を棄却し、教育活動等要請については、業務命令とは解されず、訴えの利益を欠くとして無効確認請求を却下した。 上告審の最高裁は、まず戒告処分について、教授の発言が学園の社会的評価の低下毀損を生じさせるものとは認めがたく、これを理由としてなされた戒告処分は懲戒権の濫用に当たると判示した。次に一連の要請について、これらは業務命令に当たり、訴えの利益があり、その無効確認を求める訴えは適法であるとした上で、前記要請は業務上の必要性を欠き、社会通念上著しく合理性を欠くものといわざるをえず、業務命令権の濫用に当たり無効であると判断して、原判決を破棄した。
参照法条 : 労働基準法2章
民事訴訟法134条
労働基準法89条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/信用失墜
懲戒・懲戒解雇/処分無効確認の訴え等/処分無効確認の訴え等
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/業務命令
裁判年月日 : 2007年7月13日
裁判所名 : 最高二小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18受347
裁判結果 : 破棄自判(確定)
出典 : 裁判所時報1440号4頁
時報1982号152頁
タイムズ1251号133頁
審級関係 : 第一審/津地/平16. 9.16/平成13年(ワ)179号
評釈論文 : 三井正信・民商法雑誌137巻6号84~91頁2008年3月 矢島基美・平成19年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1354〕20~21頁2008年4月 小野裕信・平成19年度主要民事判例解説〔別冊判例タイムズ22〕348~349頁2008年9月 鶴崎新一郎・法政研究〔九州大学〕75巻4号117~127頁2009年3月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
〔懲戒・懲戒解雇-処分無効確認の訴え等-処分無効確認の訴え等〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-業務命令〕
 (1) 前記事実関係等によれば、本件発言は、その見出しや発言内容に照らして、第二次世界大戦下において我が国が採った諸政策には功罪両面があったのであるから、その一方のみを殊更に強調するような歴史観を強制すべきではなく、そのような見地からみて、人権センターの展示内容には偏りがあるという上告人の意見を表明するにすぎないものと認められる。このような本件発言の趣旨、内容等にかんがみると、本件発言は、これが地元新聞紙上に掲載されたからといって、被上告人Y1の社会的評価の低下毀損を生じさせるものであるとは認め難い。また、原審が懲戒を基礎付ける事由として挙げる上記2(6)〈1〉ないし〈3〉の上告人の講義方法等についても、それが大学における講義等の教育活動の一環としてされたものであることなどを考慮すると、それのみを採り上げて直ちに本件就業規則所定の懲戒事由に該当すると認めるのは困難というほかない。
 そうすると、本件戒告処分は、それが本件就業規則において定められた最も軽微な懲戒処分であることを考慮しても、客観的に合理的と認められる理由を欠くものといわざるを得ないから、懲戒権を濫用するものとして無効というべきである。
 (2) また、被上告人Y1は、使用者としての立場から、教授等の職員に対して業務上の命令を発することができるものと解すべきところ、被上告人Y1の規程上、教授会は学長の諮問機関としての位置付けしか与えられておらず(A大学学則10条1項)、上記業務命令に係る権限の行使が特に教授会等の機関に専権的に委任されていることをうかがわせるに足りる趣旨の規定も見当たらない。したがって、被上告人Y1の代表者である理事長は、上告人に対し、業務上の必要性等にかんがみ、教授会への出席その他の教育諸活動をやめるよう命ずる業務命令を発することも許されるものと解される。そして、本件要請は、被上告人Y1が上告人に対し、理事長名の文書で教授会への出席その他の教育諸活動をやめるよう求めるものであり、これに反する行動を不問に付する趣旨をうかがうこともできないから、単に上告人に対し上記活動の自粛を求める趣旨にとどまるものと解することはできない。
 そうすると、本件要請は、被上告人Y1が使用者としての立場から上告人に対して発した業務命令であることは明らかであり、その無効確認を求める訴えは適法と解される。なお、本件要請が本件教授会1の決議を受けてされたものであることや、本件要請において「お辞め下さい。」という文言が用いられていることは、上記判断を左右するものではない。
 そして、前記事実関係等によれば、被上告人Y1は、上告人が本件大学の教員として不適切な人物であり、辞職してもらうのが適当との判断の下に、執拗に辞職を勧奨し、上告人が同勧奨に応じなかったことから、懲戒に値する事由がないにもかかわらず、上告人を本件戒告処分に付した上、さらに、何ら業務上の必要性がないにもかかわらず、教授として最も基本的な職責である教授会への出席及び教育諸活動を停止する旨の業務命令である本件要請をし、かつ、本件訴訟提起後に撤回されたとはいうものの、本件大学短期大学部に新たに設けられた一室において、通常大学教授の本来的業務とは考えられず、上告人の専攻分野とも関連性のない学園史の英訳等の業務に従事させるという不利益を殊更に課したものということができるのであって、これは、制裁的意図に基づく差別的取扱いであるとみられてもやむを得ない行為である。そうすると、本件要請は、業務上の必要性を欠き、社会通念上著しく合理性を欠くものといわざるを得ず、業務命令権を濫用するものとして無効であることは明らかというべきである。
 (3) さらに、前記事実関係等によれば、被上告人Y2らは、上告人に懲戒に値する事由がないにもかかわらず、審査委員会において、上告人は本件大学の教員として不適切な人物と判断せざるを得ず、辞職してもらうのが適当との結論を出した上、本件教授会1(被上告人Y2を除く。)及び同2の決議に賛成したというのであるから、これが上告人の名誉を毀損する不法行為に当たることは論をまたない。被上告人Y2らが審査委員会や上記教授会の一構成員として審査又は決議に加わったという事情は上記判断を左右するものではない。
 5 以上によれば、本件要請の無効確認を求める訴えを不適法とし、その余の請求に理由がないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件戒告処分等の無効確認請求を認容し、被上告人Y2らに対する損害賠償請求を200万円の限度で認容した第1審判決の結論は正当であるから、被上告人らの控訴を棄却すべきである。