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ID番号 : 08675
事件名 : 遺族補償等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : JFEプラント&サービス・名古屋西労働基準監督署長事件
争点 : プラント関連会社の従業員の自殺について、妻が遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(妻敗訴)
事案概要 : 環境衛生プラントなどの設備・運営等を営む会社Aのメンテナンスセンターに勤務していた労働者Bのうつ病り患、自殺について、妻が、Y労働基準監督署長のなした遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、まず業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには、ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が社会通念上客観的に見て、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当であり、また、うつ病発症後の業務による心理的負荷については、業務起因性を検討するに当たり、うつ病の原因ではなく結果であると一律に考慮しないのは相当でなく、うつ病発症による能力低下や易疲労性の増大などのうつ病発症後の状態を考慮に入れつつ、業務起因性を検討するのが相当であるとした。その上で、本件においては、業務による心理的負荷が社会通念上客観的に見てうつ病を発症、増悪させる程度に過重であったと認めることはできず、同人の業務とうつ病の発症、増悪ひいては自殺との間に相当因果関係を認めることはできないとして、Xの請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2008年1月21日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)579
裁判結果 : 棄却
出典 : 労経速報1999号13頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
精神障害の発症については,環境からくるストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられていると認められるから,業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。
 証拠〔中略〕によれば,「ストレス-脆弱性」理論とは,環境からくるストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方であり,ストレスが非常に大きければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,逆に脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生ずる。うつ病エピソードの患者は,通常,抑うつ気分,興味と喜びの喪失及び活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少に悩まされる。わずかに頑張った後でも,ひどく疲労を感じることが普通である。他の一般的な症状として,集中力と注意力の減退,自己評価と自信の低下,罪責感と無価値観,将来に対する希望のない悲観的な見方,自傷又は自殺の観念や行動,睡眠障害,食欲不振がある。一般に,うつ病における自殺は,発症の直後又は回復期に危険性が高いが,希死念慮についてはうつ病の基本的な症状であり,いつ,どの時点で希死念慮が出現しても不思議ではなく,うつ病の増悪だけで自殺に至るという単純な様式をとることはない。自殺は,精神障害がもたらす最悪の結果ではあるが,精神障害が増悪した結果として必ずしも自殺があるのではない。
 もっとも,うつ病発症後の業務による心理的負荷については,業務起因性を検討するに当たり,うつ病の原因ではなく結果であると一律に考慮しないのは相当でなく,うつ病発症による能力低下や易疲労性の増大等のうつ病発症後の状態を考慮に入れつつ,業務起因性を検討するのが相当である。〔中略〕
亡Aは,平成15年3月以前は,その業務遂行に特段の問題は存せず,自己評価としても一定の満足を示し,また,本件会社からの評価も高かったのであり,亡Aが同年4月20日ころ発症したうつ病エピソードとの因果関係が想定できる訴外会社の業務に関する要因は,結局,第二チームリーダーに就任し,担当する工場が三重県のものに替わり,その一環として,津市への引越を余儀なくされたことである。この出来事は,社会通念上,客観的にみて,うつ病を発症,増悪させる可能性のある出来事であるということができるのであり,それは,判断指針別表1の出来事の類型に「<5>役割・地位等の変化」の中の「配置転換があった」が存在することからも明らかである。
 第二チームリーダーへの就任とそれに伴い,従前からの引継業務と新たに担当となったことに伴う職種,職務の変化やその負担の状況を見ると,上記判断のとおり,基本的な職務内容が従前に比して変更がある訳ではないし,個々の業務には,それぞれに一定程度の困難さが存在しており,もとより亡Aに負担がかかっていたことは否定できないものの,いずれも決定的に重要な変化とか,過重な負担であるとまでは評価することができないのであり,この配置自体も十分に合理的であったと認められる。
 そして,労働時間と休日の取得状況から,同年4月以降の亡Aの業務の質と量を検討しても,前記判断のとおり,第二チームリーダーへの就任に伴い過重な労働を強いられたというだけの客観的な状況を認めることは困難であるし,亡Aのうつ病エピソード発症の前後を通じて業務に関して本件会社に支援を講じる体制があったと評価できる。
 また,第二チームリーダーへの就任に伴って津市への引越を余儀なくされたことに関していうと,それ自体の亡Aの心理的負荷が生じたことはもとよりであるが,上記判断のとおり,亡Aにとって津市はなじみがある土地であり,原告の親族による助力が期待できるし,単身赴任生活は,この段階で既に約4年間に及んでいるのであり,これ自体を特に過重な負担であると評価することもまた困難であるといわざるを得ない。以上のように,亡Aの業務を原因とする心理的負荷を強と評価することはできない。上記判断と同趣旨に帰する専門部会意見及びQ意見は,出来事の心理的負荷の強度を平均的な心理的負荷からより軽い方向に修正している点に些か疑問の余地がない訳ではないが,結論に至る説明に不合理な点や不可解な点は見当たらず,妥当なものであるということができるのである。
 以上の検討によれば,亡Aの業務による心理的負荷は,通常の組織変更に伴う配置転換による心理的負荷の域を出ていないと評価せざるを得ない。したがって,本件において,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,うつ病を発症,増悪させる程度に過重であったと認めることは困難といわざるを得ない。
 本件において,業務以外の心理的負荷や個体側要因により亡Aがうつ病を発症したと明確には認められないのであり,前記認定事実のとおり,原告を始めとする家族や職場関係者に対し,仕事についての不満や不安を非常に強く訴え,死体検案及び解剖を行ったR医師が,「自虐的とも取れる損傷により死亡するには,かなり追い詰められた精神状態であった」という意見〔中略〕を出す程度に追い詰められていたのだから,その原因を,本件会社における平成15年4月以降の業務に求めるという原告の主張は,もとより遺族の心情としては理解できるところではある。しかしながら,上記判断のとおり,本件における証拠を精査してみても,うつ病エピソードを発症した前後の時期の亡Aの業務の内容を客観的にみれば,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,うつ病を発症,増悪させる程度に過重であったと認めることは困難といわざるを得ないのである。そして,上記判断のとおり,亡Aの原告を始めとする親族や職場関係者に仕事についての不満や不安を非常に強く訴えていることは,初期症状としての抑うつ症状からうつ病エピソードを発症した過程の中で,うつ病の症状である自己評価と自信の低下,罪責感と無価値観の発現と推認できること,職場におけるストレスとしてのある出来事が生じた場合,その出来事がもたらすストレスとしての客観的な強度評価と個人の脆弱性によって修飾された主観的な強度評価との間に,大きな乖離が生じてくる可能性があり,亡Aについても,その乖離の原因は,通常想定される程度を超えた亡Aの脆弱性に求める余地もあることからすれば,上記のような原告の主張する事情から,亡Aの業務とうつ病の発症,増悪ひいては本件自殺との間に相当因果関係を認めるのは困難といわざるを得ない。
 4 以上から,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,うつ病を発症,増悪させる程度に過重であったと認めることはできないのであるから,亡Aの業務と同人のうつ病の発症,増悪ひいては本件自殺との間に相当因果関係を認めることはできない。