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ID番号 : 08686
事件名 : 地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 : Yタクシー会社(雇止め)事件
争点 : 嘱託として1年の有期雇用契約を結んだ後雇止めされたタクシー運転手が地位保全と賃金の仮払を請求した事案(労働者勝訴)
事案概要 : タクシー会社Yと、定年後の有期雇用契約に関する協定・就業規則に則り1年の嘱託契約を結んだ後雇止めされた運転手Xが、雇用関係の地位保全と賃金の仮払を請求した事案である。 京都地裁はまず、労働契約を更新しないことがある旨就業規則に規定し、1年ごとに更新を審査しているとしても、契約更新上限はないと定められていたことからすれば、YとXとの間にはある程度の継続が期待されていたものと解するのが相当であり、したがって、XY間の法律関係には解雇の法理が類推適用され、その雇止めが客観的合理的理由を欠くと評価できる場合には、従前の労働契約が更新されたと解するのが相当とした。 その上で、就業規則のなかの「組合の懲罰委員会で制裁を受けた者」に該当することを理由としてなされた本件雇止めは、懲戒解雇の趣旨でなされたものであることが明らかであるから、それ以外の雇止めの理由を主張することは許されず、また、労働組合による同僚の乗務員の白タク行為に関して告発行為を行ったXらの動きを牽制する目的で、戒告と罰金の制裁処分を科すことも労働組合の裁量を著しく濫用したものとして無効であり、結局、雇止めは解雇無効とされるような事実関係の下になされていることから、期間満了後の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと解すべきであるとして、Xの請求を認めた。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/嘱託
解雇(民事)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 : 2007年10月30日
裁判所名 : 京都地
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成19(ヨ)243
裁判結果 : 一部認容、一部却下
出典 : 労働判例955号47頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-労働者-嘱託〕
〔解雇(民事)-短期労働契約の更新拒否(雇止め)-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
債務者においては、債権者が債務者に入社した当時から60歳定年制が採用されており、60歳までは期間の定めなく雇用される期間の定めのない労働契約が締結されていたところ、60歳に達した後は、債権者についても有期労働契約が締結されるに至ったもので、平成18年版就業規則によれば、一定の場合は、労働契約を更新しないことがある旨を規定し、1年ごとに更新の可否を債務者として審査することとされていることを考慮すれば、平成18年度の更新契約後の債権者と債務者の間の法律関係が期間の定めのない労働契約類似ケースに該当するとはいえない。〔中略〕
平成18年度版就業規則においては、雇用契約期間は62歳までとし、63歳以降については1年単位としながらも、契約更新上限はない旨定められていたことを考慮すれば、平成18年度の更新契約後の債権者と債務者の間の法律関係は、ある程度の継続が期待されていたものと解するのが相当であり、有期労働契約更新ケースに該当することは明らかである。〔中略〕
(3) したがって、平成18年度の更新契約後の債権者と債務者の間の法律関係には、解雇の法理が類推適用され、債務者が、当時の就業規則上更新契約をしない場合の要件として掲げられた事実が存在しないのに、雇止めがされたり、その事実が存在するが、当該事情のもとで雇止めをすることが著しく裁量を逸脱したものとして、客観的合理的理由を欠くと評価できる場合は、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解するのが相当である。〔中略〕
しかしながら、前記の法の規定及び告示の規定は、雇止めの意思表示をする際に、理由を明示すべき旨を規定したものではなく、労働者が雇止めの理由についての証明書の交付を求めた場合にこれを遅滞なく交付すべき旨を規定したものにすぎない。〔中略〕
前記の法及び告示の解釈としては、使用者が雇止めの意思表示の際に明示していなかった理由を訴訟上主張することは許されるが、雇止めが懲戒解雇事由の存在を根拠として、実質的に懲戒解雇の趣旨でなされた場合においては、懲戒解雇事由以外の普通解雇事由に該当するにすぎないような解雇理由を主張することは許されないものと解するのが相当である。
 そして、事実認定の問題として、雇止めの際に、懲戒解雇事由の存在以外の雇止めの理由を明示しなかった場合は、具体的な状況の下において、使用者が解雇当時は懲戒解雇事由以外の普通解雇事由には特段注目しておらず、当該雇止めが実質的には懲戒解雇の趣旨でなされたものと推認されることがあるのは当然のことである。〔中略〕
これらの事情を考慮すると、債務者は、組合の懲罰委員会で制裁を受けた者(同条6号)に該当することを唯一の理由として雇止めをしたことは明白であり、本件の雇止めは、懲戒解雇の趣旨でなされたものであることが明らかである。
 したがって、債務者は、債権者がY労働組合の懲罰委員会で制裁を受けたこと以外の雇止めの理由を主張することは許されない(主張しても雇止めが正当であることの根拠とはできない。)ものといわざるを得ない。〔中略〕
本件においては、前記に認定説示したとおり、平成18年度版就業規則においては、労働組合によって制裁を受けた者は再雇用しないことがある旨が規定されているが、こうした規定に基づいて使用者が労働組合に対して雇止めをすべき義務を負うのは、労働組合による処分が有効な場合に限られ、処分が事実の基礎を欠くとか、当該事実をもって処分を行うことが著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められ、無効と解される場合は、使用者は雇止めをすべき義務を負わないものと解するのが相当である。
 そして、使用者が、労働組合に対する義務の履行として使用者が行う雇止めは、雇止めの義務が発生している場合に限り、客観的に合理的理由があり社会通念上相当なものとして是認することができるのであり、処分が無効な場合には、使用者に解雇義務が生じないから、このような場合には、客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認することができず、他に解雇の合理性を基礎付ける特段の事情がない限り、解雇権の濫用として無効であるといわなければならない〔中略〕。
 さらに、平成18年度版就業規則は、18条各号所定の基準に該当した場合であっても、状況に応じては再雇用をする場合がある旨規定しているから、労働組合による処分が事実の基礎を欠くとか、当該事実をもって処分を行うことが著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められ、無効と解される場合は、使用者は雇止めをすべき義務を負わず、このような場合には、客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認することができず、他に解雇の合理性を基礎付ける特段の事情がない限り、解雇権の濫用として無効となることは明らかである。〔中略〕
そして、公益通報者保護法が制定された趣旨に鑑みると、警察署に話を持ち込んだり、陸運支局にF所長が報告に訪れたかを確認したり、その後、不正に作成された本件記録の写しを持ち込んだこと自体、労働組合による処分に相当するものとは評価すべきではない。
 したがって、債権者らの行動が、組合員が労働組合が告発等をしない方向性を打ち出している状況の下で告発等をしたという意味で、形式的には権限を越えて行動した場合に該当するとはいえても、前記の事情を考慮すれば、本件制裁処分は、もともとの問題行為への関与者であるEを処分せずにこれを指摘した債権者らのみを処分するものとして不平等であり、著しく裁量を濫用したものとして無効といわざるを得ず、本件の雇止めは、解雇無効とされるような事実関係の下になされたものといわざるを得ないから、期間満了後における債権者と債務者の間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解すべきである。〔中略〕
債権者は、最近は、少ない月でも約20万円の給与所得を得ており、今後も同程度の収入を得る可能性があることが窺える。〔中略〕
債権者については、国民年金法の附則による経過措置に基づき、65歳に達しなくても国民年金が支給され得るところ、債権者が退職をした場合、国民年金の支給額は、年194万8500円であることが一応認められ、これを12で割ると、1か月16万2375円の収入が得られる可能性があることが一応認められる。
 他方、債権者は、最近は、前記3に説示したとおり少ない月でも約20万円の給与所得を得ていたほか、Y労働組合から基本活動費を別途支給されていたことが一応認められ、月16万円余の年金収入のみでは、生活に支障が生じることが窺われる。
 また、厚生年金法の適用のある従業員について、その退職、再就職の際に手続的に不備が生じることによって、年金保険料の「未納問題」が生じるなど、社会問題が発生していることは公知の事実であるから、前記のとおり解雇が一応無効なものと判断される以上は、退職という扱いがいったん生じた後、その扱いをもとに戻すまでの期間を極力短くする必要があることは明らかであって、その意味で仮の地位を定める仮処分を発令しておく必要があることは明らかである。
 したがって、債権者が労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに、1か月20万円の賃金の仮払を命ずる必要性があるというべきである(一件記録によっても、債権者が毎月さらに4354円の仮払を受けなければ生活が困窮することになるとまでは認め難い。)。
 なお、債権者が賃金仮払を命ずる仮処分命令を得た場合に、本案訴訟の進行に協力しないなど、円滑な審理の妨げになる行動を取ることが具体的に予想される場合は、例えば賃金仮払の終期を仮処分命令発令日から1年以内とすることも考えられるが、本件においては、債務者が円滑な審理に協力して来なかったことが窺えるものの、債権者にそのような審理に協力しない態度が見受けられることはなかったから、賃金仮払の終期は、本案判決確定日とすることが適当である。