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ID番号 : 08700
事件名 : 療養補償給付不支給決定処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 県民共済生協普及員・千葉労働基準監督署長事件
争点 : パンフレットを配布していた普及員が負った骨折等傷害の療養補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(普及員勝訴)
事案概要 : A県民共済と業務委託契約を結び、普及員として各種共済パンフレットを家庭に配布する等の業務に従事していたXが、配布のため歩行中に建設機械とガードレールとの間に腰を挟まれ、骨盤骨折及び膀胱破裂等の傷害を負った事故につき療養補償給付及び休業補償給付の申請をしたところ、Xは労働基準法9条の労働者とは認められないから不支給との労働基準監督署長Yの決定の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、まず委託業務について、普及員には具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由がなく、マニュアルや支部長により詳細かつ具体的な指示命令を受け、県民共済の業務上の指揮監督に従う関係が認められ、また、時間的場所的拘束性も相当あり、業務提供の代替性が否定されていることから、普及員が県民共済の指揮監督の下で労働していたものと推認される、とした。 さらに、普及員に支払われる報酬の実質は労務提供の対価の性格を有していると評価できること、普及員には事業者性が認められないこと等を総合して考えれば、Xを含む普及員は、県民共済という使用者との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当であって、したがって、Xは労基法9条にいう労働者に当たるというべきであるとして請求を認容した。
参照法条 : 労働基準法9条
労働基準法75条
労働基準法76条
労働者災害補償保険法13条
労働者災害補償保険法14条
体系項目 : 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/療養補償(給付)
労災補償・労災保険/労災保険の適用/労働者
労基法の基本原則(民事)/労働者/委任・請負と労働契約
裁判年月日 : 2008年2月28日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(ウ)414
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 労働判例962号24頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
〔労基法の基本原則(民事)-労働者-委任・請負と労働契約〕
労災保険法の労災保険給付の対象となる労働者の意義について、同法に規定はないものの、同法が労基法第8章「災害補償」に定める各規定の使用者の労災補償義務を補填する制度として制定されたものであることに鑑みると、労災保険法上の労働者は、労基法上の労働者と同一の者であると解するのが相当である。そして、労基法9条が、「労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用されている者で、賃金を支払われる者をいう」と定めており、これは要するに使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、労働者に当たるか否かは、雇用、請負といった法形式のいかんにかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしい者であるかどうかによって判断すべきものである。〔中略〕
 県民共済との間で「お届け業務委託契約」を締結し、普及員となった者は、県民共済によって担当地域を割り当てられ、一定のサイクルで全世帯にパンフレットを配布する業務を行うことになるのであり(前記1(6)ア)、県民共済による担当地域割当てによって、毎月の具体的な業務内容、業務量は決定される。普及員が、担当地域の決定に関与したり、県民共済との間で月々のパンフレット配布枚数を協議して決めたりするようなことはできず、パンフレット配布業務の依頼、指示に関して、普及員が県民共済と交渉をする余地はなかったと認められる。加えて、普及員は、毎月2回の銀行訪問を包括的に指示され(前記1(6)エ)、この業務についても普及員に交渉の余地はないし、加入申込書の受取りの依頼もされ(前記1(6)コ)、これを拒否することも事実上困難であったと推認される。
 したがって、普及員は、主要な業務であるパンフレットの配布はもとより、そのほかの業務を含めて、具体的な仕事の依頼、指示に対して諾否の自由がなかったというべきである。〔中略〕
 普及員の主要な業務であるパンフレット配布については、本件マニュアル等により詳細かつ具体的な指示、指導がされていた。すなわち、担当地域内の分割した地区ごとの配布については、サイクルが決められている上、区割りの仕方が県民共済から相当具体的に指導され、配布業務も番号順に行うよう指導されている(前記1(5)、(6)ア)のであり、計画の上で、一定の区割りについてその月には配布業務をしないこととしたりすることなどは許されていなかった。そして、普及員に対する指示の内容は、月間の業務や1日の業務について、配布する時間帯、月間の配布日数、配布する曜日の分散等詳細に決められている(前記1(6)イ)上、これにとどまらず、例えば1日の業務の流れであれば、事前準備については持ち物の確認のみならず、心の準備や健康管理の方法、配布に際してのパンフレットの持ち方から、郵便受けへの入れ方、袋小路で配る順序、身だしなみに至るまで詳細なものであり、さらに補助業務としてパンフレットに添付するおたよりの作成が指示され、その内容は作成時のコピー機使用上の注意、月別の時節柄の文頭の挨拶例に至るきわめて具体的なものであった(前記1(6)ウ)。また、配布業務をする前、業務終了後、さらに月末に詳細に定められた各種報告文書の提出が指示されていた(前記1(6)ウ、オ)。これらの指示の内容は、パンフレット等の配布を中心とする業務を委託する場合に通常注文者が行う程度の指示等にとどまるものとは到底評価できないものである。普及員は配布業務中には県民共済から指示を受けることはないが(前記1(6)ケ)、各地区をまわってパンフレットを配布する業務上当然のことであって、このことが指揮監督関係を否定する要素にはならない。〔中略〕
普及員は、パンフレットを、一定期間に一定枚数を、どの場所においても、配布さえすればよいというのではなく、月間の配布する日数、配布時間帯、配布する地域が決められていたのであって、決められた時間と場所の範囲内で自ら決定ができるにすぎず、業務に関して時間的場所的な拘束は相当にあったというべきである。しかも、普及員は、限られた範囲内で、配布を行う日や配布場所の順序を予め計画することが求められ、その計画の内容を支部長に提出し、かつ、計画どおりに業務を遂行したかどうかを当日及び月末に報告することが必要であり、何らかの理由で予定を変更した場合にも事前又は事後に報告を求められていたのであるから、普及員は、業務の時間、場所について、管理されていたといえる。
 また、日常の配布業務以外でも、契約において、「県民共済が主催する研修会、懇談会等の諸行事には、特別な欠席事由がない限り必ず出席」するよう規定され(前記1(5)〈7〉)、欠席には特別な理由を求めつつ、欠席した場合には1回につき特別報償金の5%減額が行われていた(前記1(7)イ)ものであるから、この点でも普及員は時間的場所的に拘束されていたといえる。〔中略〕
 普及員の業務を、県民共済本部の了解を得ずに第三者に委ねたり、補助者を使うことは認められておらず、現に、許可なく第三者に再委託したことにより契約を解除された普及員があった(前記1(8))。このことは、指揮監督関係を肯定する要素のひとつである。〔中略〕
県民共済は、各普及員に対して、同様の業務について同様の報酬を支払っているということができ、労務提供の対価として報酬を支払っていたのと同様の実態があったと解することができる。このように、普及員の報酬は、歩合制とはいっても、県民共済本部の指揮監督の下に普及員が一定時間労務を提供していることに対する対価としての性格を有しているというべきである。〔中略〕
原告を含む普及員の配布業務については、具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく(前記(1)ア)、普及員は、本件マニュアルや支部長により詳細かつ具体的な指示命令を受け、県民共済の業務上の指揮監督に従う関係が認められ(同イ)、時間的場所的拘束性も相当あり(同ウ)、業務提供の代替性が否定されていること(同エ)から、普及員が県民共済の指揮監督の下で労働していたものと推認される。これに、普及員に支払われる報酬の実質は、労務提供の対価の性格を有していると評価できること(前記(2)ア)、普及員には事業者性が認められないこと(前記(3)ア)等を総合して考えれば、原告を含む普及員は、県民共済という使用者との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当であって、原告は、労基法9条にいう労働者に当たるというべきである。
 したがって、原告が労基法9条の労働者でないことを理由とする本件各処分は違法なものであり、取消しを免れない。