全 情 報

ID番号 : 08701
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : スリムビューテイハウス事件
争点 : エステ会社のマネージャー(部長職)が、降格・減給・解雇を不当として地位確認、差額賃金等を請求した事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : エステティックサロンの経営、化粧品販売、健康食品販売等の事業を営んでいるY会社のマネージャー(部長職)として稼働していた社員Xが、Y会社から不当な降格及び減給をされた上、その後も嫌がらせ、差別行為、出向の強要、事実に基づかない人格の非難を受けた末に違法な解雇をされたとして、降格前の地位の確認、減給前の賃金及び賞与支給水準に基づく既支給額との差額賃金、解雇日以降の同水準の賃金・賞与及び慰謝料等を請求した事案である。 東京地裁は、まず降格・減給について、本件降格はXの管理職としての手法をみた上で行われており、必要性・合理性があるとしたが、降格に伴う旧支給額の4割を超える減額は過大であり、賃金体系等客観性のある基準が明らかにされてないとして、減額前の給与を認め、また2度目の降格・減額にも合理性がないとした。 さらに解雇についても、手続的にみて性急であり、解雇の有効性を的確に認めるべき事情もないとして、Xを最初の降格後の地位にあることを認め、未払賃金の支払を命じた(賞与は勤務自体がなかったとして否認し、慰謝料についても斥けた)。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法89条
民法710条
体系項目 : 解雇(民事)/解雇事由/従業員としての適性・適格性
解雇(民事)/解雇事由/勤務成績不良・勤務態度
解雇(民事)/解雇手続/解雇手続
労働契約(民事)/人事権/降格
賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 : 2008年2月29日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)21895
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例968号124頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)-解雇事由-従業員としての適性・適格性〕
〔解雇(民事)-解雇事由-勤務成績不良・勤務態度〕
〔解雇(民事)-解雇手続-解雇手続〕
〔労働契約(民事)-人事権-降格〕
〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 証拠(証人H)などからすると、これらの不満の中には、例えば豊田店のF店長の場合でも、同人の勤怠状況や身だしなみがだらしないなど原告が指摘することにも一理あるところも見受けられるが、上記認定事実及び証拠によれば、総体的には原告の部下への接し方や指導監督の手法に問題があって、各店舗の人員確保なり業務の遂行に支障を生じるあるいは生じかねない事態が生じていたことが推認される。
 このような状況から、被告が原告に対して西日本エリアマネージャーからメンズ新宿西口店への配置転換を命じ、同店のマネージャーとし、部長1級から次長1級にした本件降格処分にはそれなりの必要性と合理性が看て取れる。〔中略〕
 したがって、被告の原告に対する本件降格処分は人事権の裁量の範囲内におけるものとして有効というべきである。〔中略〕
 一般的には、使用者の人事権の発動により降格処分が発令されれば、企業の賃金体系が職位の格付けと関連づけられている場合が一般的であり、これに伴い降格後の格付けに対応した賃金支給額に減額されることになっても当該減額が客観的なもので賃金規定等就業規則の一部として労働契約の内容になっているものに従って減額後の賃金が算定されている限りにおいては、一定の合理性のあるものとして肯定できるものである。
 しかし、被告における本件降格処分に伴う本件賃金減額については、被告から会社の賃金体系の全体が明らかにされておらず、賃金規定も被告の「社規社則集」(〈証拠略〉)によれば存在すると思われるところ証拠として提出・開示されておらず、減額の客観性及び合理性が主張・立証されていない。〔中略〕
被告の給与体系が被告から明示されておらず、被告における新報酬テーブル(乙2―これは前記認定事実(4)のように原告のような年俸者へのものではなく月例賃金受給者に対するものであるという。)や乙第4号証を参照してみても、その減額基準の客観性及び合理性は明らかではなく、上記のように年俸にして450万円以上のそれまでの年俸額の4割を超える金額にわたる減額は、やや極端であり、部長1級から次長1級に降格になったことに伴う減額幅としては過大にすぎるものというべきである。
 それゆえ、被告による本件賃金減額には合理性が認められず、原告は依然として平成17年4月以前の賃金水準による給与を請求する権利があるものといわざるを得ない。また、本来、本件降格が前記(1)のように有効であるとすると賃金がそれに従って減額となるのが一般的であるとしても、被告による減額の合理性、客観性(公平性)が基礎付けられていない以上、本件訴訟上は従来の給与水準による賃金債権が認容されるのは致し方ないものというべきである。〔中略〕
 確かに、〔中略〕原告がメンズ新宿西口店に配転後も当店のⅠ以下のスタッフとの折り合いも悪く本件降格前に問題とされた原告の部下への接し方なり監督指導の手法が改められていない状況は見受けられるものの、他方、前記認定事実(4)及び証拠(証人H)からすると、被告は同店舗の監督に仕向けているC相談役なりを通じて原告にその問題性を明確に指摘した上で、勤務なり仕事の進め方についての指導を行うべきところを、そのような指導なり指摘を的確にしないままに平成17年5月に配置転換をしただけで、原告の行動を見守る対応に終始している。
 このような被告の不十分な原告に対する指導・監督も相まって原告のメンズ店での配転が功を奏していない実情にかんがみると、被告がなした、その際の出向による配置転換は別にして、更なる降格及び減給には合理性がないものとして否定されるべきである。
 したがって、原告は、次長1級及び年収1050万円の職位と賃金の格付けにあることになる。〔中略〕
被告の当該降格及び減給の有効性には疑問があること、被告のC相談役を通じて原告に対して示された従業員からの苦情について原告が異議を書面で出していて言い分が食い違う状況にあること、原告が体調を崩して会社を出勤扱いのままで休業している状況にあり診断書も平成18年5月23日付のものを提出していること、そのような状況下で被告は原告に退職勧奨をしたもののこれに応じなかったことから本件解雇の意思表示を同年6月10日にしたものであることからすると、被告の本件解雇は上記平成18年4月11日の降格及びさらなる減給に続いてあまりにも性急にすぎるものとして原告に対する不当な対応であると評価せざるを得ない。〔中略〕
 その他、本件証拠上被告の本件解雇の有効性を的確に認めることのできる事情は見当たらない。
3 そうすると、被告の原告に対する平成17年5月以降の本件降格は有効であるものの、それに伴う本件賃金減額は無効であるから、原告が求める平成17年5月分以降の賃金差額請求には理由がある。
 そして、本件解雇は無効というべきであるから原告は被告における次長1級としての地位に依然としてあり、被告がなした平成18年4月11日の賃金減額も無効であるから、証拠(乙13)によると、原告の請求にかかる平成17年6月15日支払分(5月分)から平成18年4月15日支払分(3月分)までの月次差額賃金が12万5000円、この間の賞与についても原告が年俸制であることからすると減額前との差額分が認容されるべきであり、証拠(乙12)によると、平成16年4月、8月及び12月の賞与はいずれも70万円が支給されており、弁論の全趣旨によると平成17年8月支給分、同年12月支給分、平成18年4月支給分の3回分の各差額が29万1600円、平成18年4月、5月及び6月の各月次差額分29万1600円、本件解雇の月に当たる7月分は被告から14万4910円が支払われているところ、同月分も本件解雇がなければ従前の70万円を支給されていたとすると差額55万5090円で合計367万9690円について未払賃金債権が発生しており、証拠(乙7)からすると、原告は平成18年8月以降も有効に労務の提供ができる状況にあったと考えられることから同年9月15日以降の月例賃金70万円の請求には理由がある。その他、原告は平成18年8月以降の賞与の支払も求めているものの、原告には平成18年4月21日以降勤務実績がないことからすると、例え年俸制であってもそれまでの原告の給与の支給状況から単純に年額を12等分したわけではなく勤務実績に対するものとして支払われているものと考えられるので平成18年8月分以降の賞与の請求には理由がない。〔中略〕
本件降格が有効であること、新宿西口店への配転後の被告の嫌がらせ、差別行為あるいは人格の非難といった事実関係はいずれも証拠上認定できないこと、株式会社からだはうすへの出向辞令は必ずしも強要には当たらないこと、本件賃金減額並びに平成18年4月11日付けの降格・減給及び本件解雇は無効であるものの、原告はこれらの不利益を賃金差額の支給と解雇後の月例賃金の支給で回復を図ることができることからすると、本件における被告の違法・無効とされる上記対応について慰謝料を認める必要までは認められない。
 さらに、原告は、その他の未払い賃金等として、宿泊日当の不払い合計27万円及び交通費実費立替分である平成18年3月29日から5月25日までの1万2000円とそれらの遅延損害金を事実を主張しているところ、これらのうち前者については、被告は争うことを明らかにしないものとしてこれを自白したものと見なす。後者については被告が不知と認否しているのに対して原告が主張を基礎付ける証拠を提出するなどして立証をしないのでこれを認めることができない。