全 情 報

ID番号 : 08704
事件名 : 賃金請求事件
いわゆる事件名 : 藤ビルメンテナンス事件
争点 : 廃棄物収集運搬管理会社を解雇された元従業員が、在職中の割増賃金等を請求した事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 一般廃棄物及び産業廃棄物の収集、運搬及び管理等を事業とするY会社を解雇された元従業員Xが、在職中の深夜労働を含む割増賃金を退職後に請求した事案である。 東京地裁は、まず深夜労働割増分は基本給に含まれているとのYの主張について、賃金体系上必ずしも金額が明記されてはいないものの、就業規則・賃金規程には趣旨が明記されていること、業務そのものが常に深夜にわたるものでありXも知悉していたとして、Yの主張を容れて請求を斥けた。次に時間外割増賃金については、明記した規定がなく、また従業員も知っていたともいえないことから、割増賃金分が能力給に含まれている旨の合意が成立していたとは言い難いとしてYの主張を斥け、未払分の請求を認めた(付加金は斥けた)。
参照法条 : 労働基準法36条
労働基準法37条
労働基準法38条
労働基準法38条の2
労働基準法4章
体系項目 : 賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定方法
賃金(民事)/割増賃金/固定残業給
裁判年月日 : 2008年3月21日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)27491
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(確定)
出典 : 労働判例967号35頁
労経速報2015号20頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
〔賃金(民事)-割増賃金-固定残業給〕
被告の就業規則の第16条2項及び賃金規程第6条2項には基本給に深夜労働割増賃金が含まれている旨明記されている。〔中略〕
証拠(〈証拠略〉)の賃金台帳によれば、被告において月例基本給の金額は明記されているものの、そのうちのいくらが深夜労働割増分であるのかは明らかでなく、原告が従業員として受領していた給与明細もほぼこの賃金台帳の支給項目と同様であったというのであるから、基本給の中の深夜労働割増賃金分の特定は特になされていなかったものと認められる。〔中略〕
使用者と労働者の間において、労働条件として、基本給がいくらで深夜割増賃金額がいくらという形でその都度明らかにしなければ労働契約の内容とはならないということまではいえない。
 廃棄物収集処理に従事する勤務の大部分が夜から明け方にかけての作業であることは原告自身の勤務状況からも明らかであり、必然的に深夜労働時間帯にわたるものであることを原告は知悉していたはずであること、これに本件就業規則及び同賃金規程には基本給に深夜労働割増賃金が含まれることが明記されていることを併せ考えると、労働基準法上の深夜割増賃金の規定の存在と原告において月々受け取る給与明細書における基本給の額から自己の本来的な深夜労働割増分を除いた基本給がおおよそいくらで、深夜労働した場合にそこからどれだけの割増賃金が加算されることになるのかはある程度は給与明細の原告の基本給が定額となっていることから逆算すれば推認できるものというべきである。そして、昼間に原告が勤務した場合にも被告が同じ基本給を支給していることは、月々の実際の深夜労働時間数にかかわらず被告が一律に一勤務当たり前日午後10時から翌日午前5時まで7時間分の割増賃金を支給していることも含めて、始業時刻と終業時刻の勤務時間が必ずしも一定していない勤務実態と給与計算の手間との兼ね合いで便宜的に過分な一律支給で運用していたとする被告の言い分も、従業員らに無用な誤解を生じさせる原因となっているとしたらある程度の是正なり周知徹底といった適正な対応が被告に望まれるものではあるが、あながち不合理とまではいえない。〔中略〕
実際に被告における廃棄物収集処理に当たる従業員、とりわけ原告の就業実態からは昼間の勤務は例外でおおかたの勤務が夜から朝方にかけての勤務であることは原告自身が自覚できるところであり、一律支給の取り扱いについても被告において原告の勤務日数に応じた最大限の深夜労働分を支給しているもので特に原告に不利益なものではないことからすると、被告において本来的には乙第17号証の1ないし13のような確認を原告とも交わしてあれば確実なところであるが、そうではなくとも就業規則なり賃金規程の合理的な解釈により一律な取り扱いの趣旨も汲み取れなくはないのと月々に支給されている給与の基本給金額の明示も最低限されていることから、当該基本給には深夜労働割増賃金が有効に含まれているとすることも、原告に対して違法・不当とはいえないものというべきである。〔中略〕
 そもそも、給与条件は労働者の最も重要な労働条件の一つであり、労働者が日々の勤務した労働の対価として受け取るものであることからすると、自分の給与が月々の労働時間数や作業量との関係でいくらになるのかを労働者自身が概括的にでも自覚・理解できる程度に明確かつ一義的なものでなければならないものというべきである。
 そのために、就業規則や賃金規程において使用者である会社の給与体系が予め明示され、労働契約の内容となっているのが通常である。そして、月給制の場合なら月々の給与明細等と上記賃金に関する規定とを照合してみて、当月の労働時間数、そのうちの時間外労働時間、休日労働時間、深夜労働時間との関係で労働者の賃金がいくらになるのかを同人自身が概算でも分かる程度に明示されていることが求められる。
 これを本件についてみるに、上記のような被告の就業規則や賃金規程のみからは、能力給の中で時間外割増賃金分がいくら含まれるのかが明示されていないことは明らかである。〔中略〕
 一般的には上記のような支給実態を是認できるとしても、本件においては果たしてそのような労働条件の一般的な支給実態レベルに達しているのであろうかという疑問を提起せざるを得ない。前記のように少なくとも労働者が自分が当月働いた分についてどれだけの時間外労働がなされ、それに対していくらの割増賃金が出ているのかを概算的にでも有効・適切に知ることができなければ、労使の合意に基づいた労働条件の中身としての賃金なり給与条件の合意が成立したことにはならないものというべきである。〔中略〕
 被告の新しい賃金体系については、能力給は被告の作業でいえば廃棄物の重量に応じた出来高であるところ、被告が主張するように個別の時間計算の煩瑣と手間を省いて労働者の不利益にならないよう能力給に時間外割増賃金分を機械的に含ませること自体はあながち不合理とはいえない。
 しかしながら、他方で賃金の支払は債務者である使用者による契約の履行そのものであることからすると、債権者である労働者が能力給の中に時間外労働の割増分が仕組みとしてどのように含まれているのかは最低限理解できる程度に明らかにされていなければならない。ところが、被告においては、証拠上、能力給1kgについて1.4円の内訳として時間外割増分0.8円が含まれていることを明示していないものと認定せざるを得ない。これを月々の給与支給実態から従業員が把握できる手がかりとしてみても本件就業規則及び同賃金規程の条項以外には存在しないこと、同条項にある「労働条件通知書等」による明示がないこと、被告の担当から口頭で原告ほかの従業員に説明したというが証拠上からはその説明内容及び原告の理解状況が不明であること、前記のように事後に原告が給与明細に基づき足りない分の請求があり被告が不足分を追給した経緯があるとしても、原告がこの当時どの程度被告の能力給制度を理解して不足分を要求したのか明らかではないことからすると、原告と被告との間には黙示にも合意が形成されているものとみることはできない。
 以上のところから、被告が平成14年12月以降原告に対して導入した給与制度のうち、能力給に時間外労働割増賃金分が含まれていることを被告は原告に対して有効に権利主張することはできないものというべきである。〔中略〕
 実際にも、被告は、従業員らから提出される地域別収集状況を基にして日々の各労働者の勤務状況及び能力給を支給するための出来高である廃棄物の収集重量を把握しており、そこには車両番号にはじまりコース名、搬入先、収集件数、収集のための往復回数、走行距離といった詳細とともに勤務時間も記入されていることからすると、原告を含む従業員の労働時間を可能な限り正確に把握する手段としては最も客観的かつ有効なものと考えることができる。〔中略〕
原告の実働時間は、始業時刻から終業時刻までの間から1時間の休憩時間を控除したものを計上するのが相当である〔中略〕
前記認定事実である1、(1)、ウの賃金規程3条に従い、上記各月ごとの金額は別紙時間外計算書及び同(その2)の各未払賃金計欄及びこれらに対する各賃金の支給日の各翌日からの遅延損害金につき被告は原告に支払義務があることになる。〔中略〕
 なお、原告は付加金の支払も求めているが、被告の給与体系自体が一見して明白に不合理・理不尽であるとか被告が法に反して積極的に残業代等を支払わないような対応を示している状況にはないことからすると、本件では付加金の支払いを命じる必要はないものと思料する。〔中略〕