全 情 報

ID番号 : 08706
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : アジサイワールド・三鷹労働基準監督署長事件
争点 : 仕出し会社営業課長のくも膜下出血による死亡について妻が遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : 葬祭の仕出し会社営業課長として勤務していた従業員Aがくも膜下出血を発症して9日後に死亡したことについて、妻が、死亡は業務に起因するものであるとして遺族補償給付及び葬祭料の支給を申請したところ、これを不支給とした労働基準監督署長Yの処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、Aが従事していた業務は、一定以上の心労を与え得るものであって、本件疾病の発症前6か月間における業務量を考慮すれば相当程度に過重な業務に就労していたと考えられ、しかも、遅くとも営業課長に昇進した後は、その死亡に至るまでの約1年間にわたってその状態が一貫して続いており、発症前おおむね6か月より前の業務においても、休日のない連続勤務が長く続いていたのであって、その間の疲労を回復するだけの休日を取ることが困難であったと認定した。その上で、相当過重な業務に従事したことにより、血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ、本件疾病を発症したと評価されるとして業務起因性を認め、Xの請求を認容した(年齢、喫煙、飲酒というリスクファクターが本件疾病発症の直接の原因であるとするYの主張に対しては、断定に足る具体的な根拠がないとして斥けた)。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2008年3月24日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(ウ)263
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 労働判例962号14頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
亡太郎の業務に関して特筆すべきは、恒常的に長時間の就労を行い、しかも、休日の取得が不十分であることである。疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因といい得る亡太郎の労働時間数をみると、本件疾病の発症前1か月間~6か月間の時間外労働時間数は、明確に認められるだけで本件推計値1によれば、1か月平均で80時間1分~90時間10分であるし、早朝の労働時間を少なく推計した本件推計値2によっても、1か月平均で68時間27分~80時間55分である。そして、これに加えて、通夜等への対応のため、午後7時30分以降も早くとも午後9時ころまで就業していた日が多く認められると推認されること及びタイムカード上は休日とされているが就業していたと認められる日が多くあることを考慮すれば、それらの労働時間数を加えると、発症前6か月間において、非常に長時間の時間外労働時間数があったことを十分に推認することができる。
 次に、亡太郎の休日の取得状況を見ると、規則的に取得できず、休日数自体が少ないばかりか、連休が少なく、しかも連続して勤務に当たる結果となっている場合が多いものである。上記認定事実によれば、亡太郎の休日はあらかじめ決まっているわけでなく不規則であり、実際に取得した休日も曜日が一律でなく不定期であるし、発症前6か月間に取得した休日の日数を見ると、年末年始やゴールデンウィークを挟んでいたのに、1か月当たりの休日は3日~5日であり、連休となったのは平成12年1月2日と同月3日、同年2月17日と同月18日、同年5月25日と同月26日の合計3回だけでいずれも2連休にとどまっている。しかも、発症前6か月間における7日間を超える連続勤務は、平成11年12月19日~平成12年1月1日の14日間、同年1月21日~同月29日の9日間、同年2月19日~同月29日の11日間、同年3月17日~同月29日の13日間、同月31日~同年4月13日の14日間、同年5月9日~同月16日の8日間、同年5月27日~同年6月7日の12日間の7回に及んでいる。また、亡太郎は、休日においても、得意先等から連絡があれば携帯電話等で対応できるようにしていた。「休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるもので」(〈証拠略〉)あるという観点からすれば、以上の亡太郎の休日の状況は、疲労を十分に回復できるだけの休日を取得できなかったことを意味するものといわなければならない。
 以上に加え、発症前6か月間という期間は、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価する期間としては一応の妥当性を有するが、疲労の蓄積を評価するに当たっては、発症前6か月より前の就労実態も付加的に評価の対象となり得る(〈証拠略〉)という観点からすれば、亡太郎の勤務状況は、亡太郎が課長に昇進した平成11年6月以降、特段の変化が認められず、約1年間同様の状況であったと認められる。この事情も付加的に評価すべきである。
 以上の検討によれば、労働時間と休日取得という面から考えると、亡太郎の業務は、非常に過重であったと認めることができる。〔中略〕
亡太郎が本件会社に入社してから死亡するまで従事していた業務は、取引先である葬儀社への営業活動等であってその業務の内容には基本的に変化はないし、本件会社では営業の担当者にノルマやペナルティーを課していないのであって、このような観点から見れば、亡太郎にとって業務の内容それ自体が特に困難であったとまでは認められない。しかし、亡太郎は、本件会社入社後約10か月後に課長に昇進して本件会社営業部の責任者的立場となったのであり、その後は、得意先のクレーム対応等、気を遣う業務に従事し、さらに、亡太郎は、本件会社から専用の自動車を貸し与えられ、熱心に営業活動を行っていたし、本件会社も当然にそれを期待していたことが認められる。それに加えて、上記判断のとおり、亡太郎が早朝に出勤していたり、通夜や告別式がある夜は、深夜まで対応し、葬儀社との関係で、極めて熱心な対応をしていたものであり、上記認定事実のとおり、営業部におけるこれらの業務が本件会社において明確に位置づけられておらず、営業担当者の態勢が必ずしも十分に整っていなかったことから、業績を上げるためには、亡太郎が上記のような勤務形態をとることを余儀なくされたと評価することが可能であり、上述のとおり時間数という形では確定し難い面はあるものの、過重な時間外労働をし、休日取得が不十分であったことは、本件会社における亡太郎の業務に内在した問題なのであって、相当に過重な労働実態は、本件会社における業務に内在する危険であると評価することができる。〔中略〕
 佐藤医師意見及び小西教授意見のいうとおり、亡太郎の就労状況は、本件疾病の発症の直前から前日において、業務に関連する突発的ないし予測困難な異常事態に遭遇した事実は認められないし、本件疾病の発症前1週間において、業務内容は、通常業務の範疇に属し、特に過重な業務に就労したとは認められない。しかしながら、上記判断のとおり、亡太郎の本件会社において従事していた業務は、一定以上の心労を与え得るものであって、本件疾病の発症前6か月間における業務量を考慮すれば、相当程度に過重な業務に就労していたと考えることができる。しかも、遅くとも亡太郎が営業課長に昇進した後は、その死亡に至るまでの約1年間にわたってその状態が一貫して続いているものと認められ、認定基準も指摘するとおり、発症前おおむね6か月より前の業務についても、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価するに当たり、付加的要因として考慮すべきであるし、上記判断のとおり、休日のない連続勤務が長く続いていたのであって、その間の疲労を回復するだけの休日を取ることが困難であったことは、業務と本件疾病の発症との関連性をより強めることができる。そうすると、亡太郎は、相当過重な業務に従事したことにより、血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ、本件疾病を発症したとの評価が可能であるといわなければならない。〔中略〕
本件疾病の発症は、亡太郎の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができ、業務起因性を認めるのが相当である。
 第4 結論
 以上によれば、亡太郎の死亡は、業務に起因すると認められるところ、亡太郎の死亡が業務に起因するものではないことを前提にして行われた本件処分は違法であり、取消を免れない。