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ID番号 : 08717
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 学校法人実務学園・日建千葉学園事件
争点 : 同系列の学校法人間を転籍した元教員が、不当な賃下げを理由に差額等の支払を請求した事案(元教員勝訴)
事案概要 : 建築士受験資格認定校などを経営する学校法人Y1と、同系列の学校法人Y2との間を数次にわたり転籍していた元教員Xが、就業規則に反し又は無効な不利益変更によって賃金が引き下げられたとして、引下げ前との差額の支払と、Y1らの退職強要等により精神的苦痛を被ったとして慰謝料等の支払を求めた事案である。 千葉地裁は、まず、就業規則に反して不当に賃金を減額していたとの主張については、違反はなかったとしてXの主張を斥けた。次に、就業規則の不当変更については、就業規則は実質的に周知されれば足り手続上の問題はなかったが、その内容において、旧規定の年功序列型賃金体系を変更する一応の必要は認めるものの、能力給・実績給について何らの定めも置かず、抽象的な規定を置くことで使用者の恣意的な変更・決定を可能としたことでXが被った不利益の程度が極めて大きいことを考慮すると、変更後の規定の内容に合理性はなく、変更は無効であるとして差額の支払を認めた(ただし、2年以上経過分は時効により消滅)。 最後に、Xの意に反して不当な内容の誓約書作成を強要したことは、屈辱感を与えるとともに、年収の減額と自主退職へ至ることも意図したもので、これは人格権を侵害する違法な行為として不法行為にあたり、Y1は民法715条に基づく損害賠償責任を負うと認定した(Y2の関与は否定)。
参照法条 : 民法710条
民法715条
労働基準法89条
労働基準法90条
労働基準法100条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 : 2008年5月21日
裁判所名 : 千葉地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)2074
裁判結果 : 一部認容、一部却下、一部棄却(確定)
出典 : 労働判例967号19頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
被告日建千葉学園が原告に支給した平成13年度の賃金が前年度より4万2480円少ないとしても、それが旧規定に反するものとは認められず、したがって、原告の同被告に対する賃金請求のうち、同年度分の差額として4万2480円を請求する部分は理由がない。〔中略〕
被告らは、平成14年度以降原告の賃金額(賞与を除く。)を減額する理由を欠くことになるから、平成13年度(平成12年度も同じ)と同額の金額、すなわち月額47万1400円を毎月支払うべきこととなる。なお、賞与に関しては、旧規定によっても平成13年度と同じ金額を支給すべき根拠が見出せず、被告らが各年度に実際に原告に支給した額を超える額を支給すべき法的根拠について何らの具体的主張立証がない。したがって、未払となる賃金の額は、565万6800円(47方1400円×12か月)と、各年度に被告らが支払った賞与以外の賃金額との差額と解すべきであり、具体的には、別紙2のとおりとなる。〔中略〕
平成16年3月分以前の差額賃金については時効により消滅したというべきである。〔中略〕
本件誓約書は、その作成の経緯及び内容からしても原告の意に反して作成を強制されたことが明らかである上、賞与の返還や翌年度の雇用契約の辞退という、本来原告に義務なき事項まで誓約させる不当な内容のものである。そして、被告が平成16年度に支給した原告の賞与が予定された額(年俸の15分の3)の2分の1にとどまった事実も考え合わせると、Aは、本件誓約書を原告に手書きさせることによって、原告に屈辱感を与えるとともに、併せて平成16年度における原告の年収をさらに減額させることを意図し、かつこれらを通じて原告に自主退職を余儀なくさせる状況を作り出すことも意図したものと推認される。Aのこの行為は、原告の人格権を侵害する違法な行為として不法行為に該当するというべきである。
 そのように解すると、原告に本件誓約書を作成させた機会に、Aが原告に対し、原告が屈辱的と受け止める発言をした可能性も否定できないが、原告が不法行為として主張するAや他の管理職の具体的発言については、その主張に沿う甲31のみからは、直ちにこれを認めるまでに至らない。〔中略〕
(4) 前記のとおり、Aは、被告らがグループ校のコンサルタント業務を委託している建築資料研究社の従業員であるところ、同社も被告らと同じグループに属する会社であり、上記業務を担当する部署の責任者乙山一郎は被告実務学園の理事長である乙山次郎の実兄であること(〈証拠略〉)も総合考慮すると、Aの前記行為が独断でされたとは解しがたく、Aは被告実務学園の一定の指示の下にこれを行ったと認めるのが相当である。したがって、被告実務学園は、Aの行為につき民法715条に基づく損害賠償責任を負う。
 なお、原告が当時在籍していたのは被告実務学園であるから、Aの行為は被告日建千葉学園の事業執行とは関係がなく、したがって被告日建千葉学園が同様の責任を負うことはない。
(5) 前記認定の事実及び関係各証拠から認められる諸事情を勘案すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料の額としては30万円が相当である。
5 月額47万1400円を得る地位にあることの確認請求について
 原告は、本訴において、平成20年2月分までの賃金につき、本来原告が受け取るべき金額と実際に支払われた金額との差額の支払を求めるのに加え、原告が将来において被告実務学園から月額47万1400円を受け取る地位にあることの確認も求めている。
 しかし、原告の賃金は、今後新たな法律関係の発生により変更し得るものであること、他方、本件の給付請求において、本件就業規則の変更は原告に対する拘束力を有せず、原告は月額47万1400円を受け取る権利を有することの判断がされており、これに加えて上記確認を求める必要性があるとは解されないことからすれば、上記確認の訴えは、即時確定の利益を欠く不適法なものというべきである。