全 情 報

ID番号 : 08720
事件名 : 追加退職金請求事件
いわゆる事件名 : モルガン・スタンレー証券事件
争点 : 懲戒解雇された元従業員が追加退職金規定に基づき追加退職金の支払等を請求した事案(元従業員敗訴)
事案概要 : 証券会社Y1(脱退被告)にプロフェッショナル社員として採用され、後に事業を承継したY2社から懲戒解雇された元従業員Xが、Y2社の追加退職金制度(SRP)に基づき、主位的に年金として、予備的に賃金及び追加退職金の支払を求めた事案である。なお、懲戒解雇については、Xが無効確認訴訟を提起したが敗訴が確定している。 東京地裁は、Xから会社への通知もなく公認会計士協会に対して訴訟を提起し、これの取下げの指示にも応じず、同訴訟について顧客に喧伝したことなど、Y2の主張するXの14件にもわたる非違行為のすべてについて認めた上で、Xには、SRP規定7条ただし書の不支給事由「会社の利益又は名声に実質的な損害を与える行為」があったとして、Xの請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法9章
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/懲戒等の際の支給制限
賃金(民事)/退職金/退職年金
裁判年月日 : 2008年6月13日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)4054
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例969号61頁
労経速報2015号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
〔賃金(民事)-退職金-退職年金〕
確かに、前訴において、原告は懲戒解雇が無効である理由として退職金も支給されないというのでは酷に過ぎるとの主張をしていたことからすれば、懲戒解雇が有効であることが確定した後に、懲戒解雇が有効であったとしてもSRPについて請求権があると主張することは矛盾する行為であることは否定できない。そして、現に前訴の一審裁判所も退職金が支給されないのでは酷であるとして懲戒解雇は無効であると判断したのであるから、前訴の一審裁判所を欺いて判決を得たとの被告の主張にも一面の真理がないではない。しかし、一審判決は確定せず、控訴審判決は懲戒解雇が有効であるとし、同判決が確定したのであるから、欺いて得たとされる判決は結果的に一時的なものにとどまったことになる。また、懲戒解雇が有効であることが確定した場合にはいかなる場合にも退職金請求権が存在しないとの法理が確定していれば、本件での原告の請求は前訴の完全な蒸し返しといい得る。しかし、退職金は賃金の後払い的性質を有するとして、たとえ懲戒解雇の場合に退職金を支給しないとの条項が存在したとしても、それが適用されるのは永年の勤続の功労を抹消しうるに足りる事情が存在する場合に限られるとして、一定割合による退職金の支給を命ずる裁判例も存在するのであり(東京高裁平成15年12月11日判決(平成14年(ネ)第6224号退職金請求控訴事件、判時1853号145頁))、この立場によれば、原告のように懲戒解雇が有効であることが確定した後に改めて退職金請求訴訟を提起することも何ら差し支えないことになる。本件は一般的な退職金ではなく被告固有の制度に基づく追加退職金の事案であること、原告が上記裁判例を意識して本件訴訟を提起したか否かは不明であること等の問題はあるが、これらの点を考慮したとしても、本件訴訟を却下することには躊躇を覚えざるを得ない。
 また、被告は、本件訴えを却下すべきではないとしても、本件請求を信義則に反するものとして棄却すべきであると主張する。しかし、既に説示したとおり本件訴えを不適法とすることができないとした理由は、本件請求を信義則に反するものとして棄却することができないことの理由にも通ずるものであるから、信義則に反するとの理由だけから本件請求を棄却することも控えることとする。被告は、原告が前訴においてはSRP規定の不支給条項が有効であることを前提とした主張をしたにもかかわらず、本件訴訟においてSRP規定の不支給条項が無効であると主張することは信義則に反すると主張するが、同主張についても同様の理由で信義則に反するとまではいえないと判断する。〔中略〕
 SRPは、これを規定するSRP規定の名称自体が「追加退職金規定」とされていることから、退職金と解するのが最も自然である。そして、SRP規定1条には、制度の趣旨として、就業規則に定められる退職金制度に「追加」されるものであることも明記されている。そして、同3条において積立方法が明記され、同7条により退職時には「積み立てられた退職金の合計額が一時金として支給される」と定められているのである。SRPが追加退職金であって年金ではないことは、これらの規定自体から明らかである。〔中略〕
SRP規定7条ただし書が公序良俗に反して無効であるとの原告の主張は、その前提において失当であるといわざるを得ず、採用することができない。〔中略〕
被告における扱いは、原告の主張するように裁量業績賞与の中からSRPが積み立てられるもののようにも見えるが、総額が年次総額報酬の中に収まるように裁量業績賞与とSRPとを按分したのだとすれば、裁量業績賞与の中にはSRPは含まれないとの被告の主張とも矛盾するものではないといえ、裁量業績賞与とSRPの関係は今一つ明確ではない。しかし、いずれにせよ、年次総額報酬のうち、裁量業績賞与は、使用者の裁量によって支給されるものであることが明らかであり、この部分については、任意的恩恵的給付と解されるから、労働の対償としての「賃金」(労基法上の「賃金」)に当らないと認めるのが相当である。そして、年次総額報酬の中に任意的恩恵的給付が含まれる以上、重要なのは、SRPが裁量業績賞与の中に含まれるか否かではなく、SRPが任意的恩恵的給付か否かである。SRPの積立額が裁量業績賞与の額を基準として定められること(SRP規定3条)に照らすと、SRPもまた任意的恩恵的給付であることが明らかであり、「賃金」には当らないことが明白である(なお、原告の主張のうち、SRPが賃金の後払い的性質を有するとの主張(予備的主張2)はSRPが賃金であるとの主張(予備的主張1)との差異が認められないから、同主張についてもここで述べたことがそのまま妥当する。)。
 したがって、SRP規定7条ただし書が無効であるとの主張及び同ただし書が適用されるのは労働者のそれまでの勤続の功労を抹消してしまうほどの背信性があった場合に限られるとの主張は、いずれもその前提において失当である。〔中略〕
原告の非違行為は、行為規範に違反して事前の報告なく協会訴訟を提起したばかりでなく、その訴訟の内容も、本件留意点が原因で自己の取り扱う金融商品の販売が不振となり、顧客との対応に苦慮したことや勤務先で賃金や昇進等における不利益を被ったとして損害賠償を求めるというものであって、私的利益を追及した訴訟であるとの印象を与えるに十分なものであり、これを取り下げるよう何度も被告から命ぜられたにもかかわらずこれにも従わず、また、その訴訟に至る過程においても会計士協会を含む第三者を揶揄するような表現で批判したり、これをやめさせようとした被告に対しても反抗的態度を続けたというのであり、極めて悪質であるといわざるを得ず、SRP規定7条ただし書の「会社の利益又は名声に実質的な損害を与える行為」に該当することが明らかである。