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ID番号 : 08733
事件名 : 労働者災害補償保険給付不支給決定処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 国・半田労基署長(北陸トラック運送)事件
争点 : 運送会社運転手の交通事故救出・復旧行為中の死亡事故について妻が遺族年金等不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : Aトラック運送会社営業所に入社して大型貨物自動車の運転に従事していた従業員Bが事故に遭遇、救出作業後引き続き行った事故車の復旧行為中に後続車に追突されたはずみで頭蓋骨骨折を負い、これにより死亡した事故について、妻が遺族年金及び葬祭料を申請したところ、労働基準監督署長Yのなした不支給処分の取消しを求めた事案である。 名古屋地裁は、事故車の同乗者から救助を要請されて行った救出行為等は、長距離自動車運転業務に従事する労働者が業務を行う上で当然なすことが予想される行為であり、本件事故は業務遂行中の災害と認めるのが相当であるとした。その上で、救出行為はいうまでもなく、本件復旧行為も救出行為に継続した行為として業務遂行中の行動と評価し得るものであり、本件事故は業務遂行中の災害と認めるのが相当であり、また業務起因性についても、本件は業務に内在する危険性が現実化したものということができ、当該運転手の業務と相当因果関係があると認めるのが相当であるとして、Xの請求を認容した。
参照法条 : 労働基準法79条
労働基準法80条
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務遂行性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務中、業務の概念
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2008年9月16日
裁判所名 : 名古屋地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19行(ウ)78
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 労働判例972号93頁
審級関係 :
評釈論文 : 夏井高人・判例地方自治309号92~94頁2008年12月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務遂行性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務中、業務の概念〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
労働者の死亡が業務上の災害によるものと認められるためには、災害が労働者の業務遂行中に(業務遂行性)、業務に起因して発生した(業務起因性)ことが必要であると解される。
  (2) 業務遂行性
  ア そこで、まず、業務遂行性について判断するに、確かに、事故車の横転は被災者Kの運送業務及び同人運転車両の運行に由来するものではなく、また、これを見過ごして通過することも不可能ではなかったことが認められ、本件救助行為等は、一見、被災者Kの運送業務からは逸脱した行為に映る。また、乙第15号証によれば、原告の同僚であるHも「走行車線を走行しておれば行き過ぎたかもしれない。」などと供述している。
  イ しかしながら、事故車の横転は、被災者Kが会社の業務としてトレーラーを運転していた道中に見掛けたものであり、同人の運行コースが外れていた様子もなく、まさに業務の最中に遭遇したものということができる。そして、被災者Kが目の当たりにした光景は、深夜、軽自動車が第2車線を塞ぐようにして横転している状況であり、しかも、女性から横転車両内に閉じ込められている同乗者の救出を求められたというのであるから、これを放置していては、人の生命に関わりかねない、一刻を争う重大な事故である可能性を疑うべき状況にあったといえ、このような事態に至って、少々時間をかけても業務に支障のない被災者Kが、本件救助行為等に着手したのも無理からぬものがある。かえって、救助を無碍に断り、通り過ぎれば、本人としても良心の呵責を覚え、社会的にも道徳的非難を浴びかねないところである。
  ウ また、運送事業者の運行管理者の講習用テキストにおいても、事故があった場合に他の運転者に協力を呼びかけ、運転者同士が相互協力し合うことを想定した記述が認められ、交通事故において救助等を求められた場合に、可能な限り協力することは自動車運転者として奨励される行為であったということができ、本件救助行為等は、自動車運転を行う労働者として、通常予想される範疇の行動と言い得るものである。
  エ そして、会社としても、上記のような状況下で、これを放置して運送業務を継続することが望ましいと認識したとは到底考え難い。現に、本件事故後に、会社において行われた事故対策の検討においても、被災者Kの車両の停止位置が問題とされたことはあったが、本件救助行為等を行うこと自体が問題視された様子はなく、また、会社のN営業所長も、本件事故後、被災者Kの死亡について労災認定がなされることを希望し、さらに、会社として、被災者Kの社葬を遺族に打診していたというのであるから、会社が被災者Kの執った行動を支持していたことは明白である。
  オ 以上の諸点に照らせば、事故車の同乗者から救助を要請されて行った本件救出行為等は、長距離の自動車運転業務に従事する労働者が、業務を行う上で当然なすことが予想される行為であり、本件事故は業務遂行中の災害と認めるのが相当である。
  カ なお、再審査請求の裁決書(甲1)によれば、被災者Kの行為を本件救出行為と本件復元行為に分け、本件救出行為は業務に付随する行為であるが、本件復旧行為は、業務に付随する行為と評価することはできず、本件復旧行為中に生じた被災者Kの死亡は業務上の災害に当たらないとしているところ、確かに、本件復旧行為は事故車内に閉じ込められた者を車外に脱出させた後であり、本件復旧行為を行うことまで事故車乗員から依頼された様子もなく、業務からの逸脱性はより強い印象を受ける。
  しかしながら、本件救出行為後といえども、本件復旧行為はその数分後、引き続いて同一場所で行われた行為であるうえ、当時の現場の状況は、事故車が第2車線を塞ぎ、未だ後続車が衝突してきて第2の惨事が起こる危険も十分にある状況にあったのであるから(現にY運転車両が衝突していることが認められる。)、事故車同乗者の救助行為を引き受けた自動車運転者としては、本件救出行為に引き続き、現場の安全確保の措置として、咄嗟に本件復旧行為を行うことも、当然、予想される行動である。なるほど、そこに居合わせた者らの安全を考えれば、直ちに退避して警察を呼ぶなどの措置を講じることが望ましい行動であったと言い得るところであり、その選択の余地はあったのではあるが、他方、現場で救助行為を引き受ける者の心理に思いを致せば、そのような方法を選択せず、本件復旧行為に及ぶことは咄嗟の行動として自然なことであり、予想されない行為ということはできず、また、自力での復旧が適切ではなかったとしても、非難されなければならない行動ということもできない。会社としても、前記1(5)、(6)の事実に照らせば、本件復旧行為が不要であったと認識していたということもできない。
  キ したがって、本件救出行為のみならず、本件復旧行為も本件救出行為に継続した行為として、業務遂行中の行動と評価し得るものであり、結局、本件事故は業務遂行中の災害と認めるのが相当である。
  (3) 業務起因性
  次いで、業務起因性について判断するに、被災者Kの業務は長距離の自動車運転であり、仕事柄、業務中に交通事故に遭遇することも想定されるところであり、かつ、事故の処理中に、後続車の追突事故に巻き込まれる可能性も予想されるものであるから(運送事業者の運行管理者の講習用テキストにおいても、事故処理中に他の車が突っ込んでくる可能性があることを前提とした記述がある。)、このような事故に遭遇する危険性は、自動車運転を内容とする業務に内在するものといえる。したがって、運送業務途中の事故処理中に後続車のY運転車両が追突してきたという本件事故も、被災者Kの業務に内在する危険性が現実化したものということができ、被災者Kの業務と相当因果関係があると認めるのが相当である。〔中略〕
  (5) 以上によれば、本件事故による被災者Kの死亡は業務上の災害と認められる。
 3 よって、本件事故による被災者Kの死亡を業務上の災害と認めなかった本件処分は違法といわざるをえず、原告の請求は理由がある。